エンドレスワンコ
AKIRA
①
私には大切なものが二つある。
一つは本。そしてもう一つはワンコ。
その一つが今、失おうとしていた。
両親と私、三人に見守られ、ワンコのキャンディーは毛布の上で痙攣するように苦しんでいた。
もうすぐ死ぬんだ。
三人は口に出さなくてもその事実は何となく気づいていた。だから、両親はボロボロと涙を流していた。
でも私は泣かなかった。
泣く必要がないとわかっていたからだ。
そう、この日の夜の出来事は翌朝にはリセットされることを知っていたから。
ペロッと寝ている私の顔をネッチョリとした長い舌が遠慮気味に舐める。
顔をしかめるとその舌が今度は責めるように顔を何度も何度も舐めてくる。私のワンコの朝恒例の行事である。仕方なく、身体を起こすと今度はその上半身に飛びついてくる。その彼女の身体を撫でながら、やはり本物であると再認識する。細長い口にアーモンド形の少し小さい目。白の胸毛に背中と脇腹の茶色い毛並み。振ると小さな風が起こる床まで垂れている尻尾。
キャンディーだ。
彼女はメスのシェットランドシープドック、通称シェルティという犬種の犬で、そこそこ人気の犬種で街中でも時々見かけることがあるが、百匹シェルティーを集めてその中に彼女を紛れ込ませても彼女を見つける自信が私にはある。
たかが、ワンコ。他の人から見てはそうだろう。私にとっては、かけがえのない、世界で一つしかいない、替えの利かない大切な存在なのである。
彼女とは私が七歳の頃からの付き合いだ。私は一人っ子で姉妹ができなかったことを両親が可哀想に思って飼ってきたのが始まりだ。私たちはその通り姉妹のように育った。いつだって一緒。一緒にいるのが当たり前だった。
しかし十七歳の時、ある日、キャンディーが急に元気を失った。動物病院に行っても治らないようなことを言われて、ショックを受けて母と一緒に帰ったのを覚えてる。二週間後、彼女と永遠のお別れをした。
はずだった。
次の日の朝、彼女は普通に私を起こしていつものようにそこにいた。両親も普段と変わらない、死ぬ前の二人に戻り、彼女が死にそうになっていた出来事だけがすっぽり消去されていた。そう、それは今日の朝と一緒。それがここ数年で何度も繰り返されている。今回で四回目だ。
初めて彼女が死んだ日の気持ちはよく覚えている。あの日も涙は出なかった。悲しいという感情よりもこれからどうすればいいかわからないというのが正直な気持ちだった。混乱していたという方が正しい。物心ついた時からずっと一緒だった妹がいなくなった世界という、経験したことのないような不安と恐怖。
良かった。
だから、蘇った時は喜びよりも安堵が先にやってきた。また一緒にいられる。
でもずっとこのままでいいのだろうか。
この不思議な現象を疑問に感じることが多くなってきた。
どうして、ワンコは何度も蘇るのか。
私もそうだが、命あるものは必ず尽きる時が来るものである。それは生き物を飼った時に覚悟しないといけないものだが、これがずっとエンドレスに続くとなればこれからどうなっていくのだろうか。
私が年老いても彼女は変わらずずっと私の前に居続ける。さらには、私が死んだら彼女はどうなるのだろうか。そんなので果たしていいのだろうか。そもそも、どうして彼女は何度も蘇ってくるのだろうか。
ベッドから起きて、リビングに向かい冷蔵庫からビーフジャーキーを取り出す。
「お座り」
彼女は私の前でお座りの姿勢をする。
「お手」
差し出した手に左足を置く。
「待て」
その足の上にジャーキーを置く。涎がツーと垂れてくる。
「よし!」
勢いよくそのジャーキーにかぶりつく。
彼女は賢い。彼女は私に対して従順だ。私はそんな彼女が大好きだ。離れたくない。
この朝を何度迎えても、その気持ちが強くなって今考えている疑問が吹っ飛んでなあなあになってしまう。
それでいいのだろうか。
ジャーキーを食べ終えておかわりをねだってお座りをして尻尾を左右に振るワンコを眺めながら軽くため息を吐く。
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