転移してストレスばかりだったから夢の国のような魔王城を作っても良いはずだ!

スーザン

第1話 魔王就任

 俺の名前は無名。気付けばこの世界に子供の姿でいて、それからずっと一人で暮らしているから名前は持ち合わせていない。故にただの無名だ。俺自身、名乗る時はこれで通しているし、周りの者達もそれで通してくれている。


 因みに、この世界に来る前の記憶はある。成人したばかりの青年男性で剣道が得意でコツコツと何かを作って完成させるゲーム、カテゴリで言えばシミュレーションゲームが好きなヤツだった。更に言うと、アイドルなんかも好きである。しかしこの世界に来るに至るまでの記憶が無い。全く以て無い。本当に気付けばここに子供の姿でいたって感じだ。本当に嫌になるぜ。


 だがもっと嫌になる事があった。それは、どうやら俺が今いる世界が魔法ありで勇者や魔王なんかもいる世界だって事だ。しかも俺は人間ではなかった。角が生えていた。どうやらこの世界では俺のような人種を魔族と呼んでいるらしいのだが、何と俺はその中でも上位種に値するらしい。それ故にこの世に五人存在する魔王の一人にスカウトされてしまった。それが原因で現在俺はその魔王の側近として働かされる始末だ。


 冒険者や勇者が魔王城に侵入したら返り討ちにし、国政の手伝いも行い、部下のケアもしなければならない。生活としては充実していると言っても良いのかもしれないが、本当に色々とあり過ぎて嫌になる。


 嫌だ嫌だと思いながら仕事をこなす日々を繰り返す事、およそ十年が過ぎたわけだが、その矢先、魔王さんより『大事な話がある』との呼び出しがあった。なので早々に持ち場である政務室を出て魔王さんの謁見の間へと足を運んだ。すると魔王さんはこう言うのであった。


「あー、何だ。第五の魔王が死んだから今日からは無名、お前が第五の魔王だ」


 ――やれやれ、全く……とんだ事になってしまったぜ。


「その申し出は大変嬉しく思います。ですが私にその大役を果たせるとは到底――」

「皆まで言わずともお前の考えは読めておる。だがこれは決定事項だ。異論反論は認めぬ!これは魔王会議で決定した事でもあるからな。もしどうしてもというのならこの我を含めた四人の魔王を説得する他ないぞ?」

「うっ……」


 この世界の者、特に魔が肩書きに付く者は基本的に頭が固い。だからこの件を覆すのは限りなく不可能に近い。とすれば俺に取れる行動というのは既に一つしかないだろう。が、果たしてこの俺に魔王という大役を務める事が出来るのか。


 生半可な覚悟ではやって行けないだろう。気を抜けば命を落とす事もある。もしかしたら野心ある側近に殺されるなんて事もあるかもしれない。そんな危険な魔王に俺がなるなんて無茶だ。無謀だ。でもこうなった以上、俺にどうにか出来るわけもないわけで、俺は冷や汗をダラダラと垂らしながら渋々こう答えるのであった。


「か、畏まりました……その大役、快く務めさせていただきます」

「無名よ、貴様が我の下に来て既に十年が経つか」

「はっ、今年で十年目になります」

「ではまずどうすべきかは分かっておるな?」

「はっ、まずは魔王城から……ですが私にはそれの建築に充てられる資金が……」


 俺はそれなりの役職には就いているし、今仕えている魔王さんが魔王になったばかりの頃からここにいるから、魔王としてのノウハウは持っているが、お金はそこまで持っていない。それは俺が孤児院の経営をしている事が関係しているのだが、それは今はどうでも良いとして、魔王さんへそれとなく相談してみる。すると魔王さんは長く伸びた白い顎髭を右手で擦りながらこう答える。


「寄付してやるからそれに関しての心配はいらぬ」


 さすが魔界一の土地持ち魔王と言うべきだろう。金だけは有り余っているようだ。


「だが心配がいらぬのは金についてのみである。土地や部下については自分で探すように!」

「そんな……」


 俺はとてつもない衝撃を受ける。それと同時に絶望に襲われる。何故か?それは俺には信用できる相手が一人も居ないからだ。友達いない。家族もいない。ぼっちな俺に部下は自分で探せと言うのは無茶振りにも程がある。


「魔王さん!私がぼっち野郎だって事はちゃんと理解してますよね!?それなのにどうしてですか!?どうしてお金は寄付出来て土地や部下は寄付出来ないんですか!?」

「部下を寄付って、まるで物のような扱いじゃな……まあ、貴様は確かにぼっちだ。でも孤児院を経営しているじゃないか。土地は置いておくとして、部下はそちらから入手するという手もあると我は思うのだが――」

「てめぇ!子供に人間と戦わせろってのか!?殺すぞゴルァ!!」


 考え無しの発言にさすがに切れた俺は、魔王の襟を両手で掴んでその肥満気味な巨体を持ち上げる。


「ちょっ、わ、我は魔王!君はその部下だよね?そうだよね?」

「うっせ!うちには五歳の女児とかもいるんだぞ!?あんたそんな餓鬼にまで働かせようと思っているのか!?そこまで鬼畜だったとは思わなかったよ!!」

「ま、まあ、落ち着きなさい!分かった、分かったから!それでは近日中に一人だけ我の側近を貴様の下へやる!だから落ち着くのだ!」

「……ちっ、しゃあねえなぁ」


 俺を宥める為に両手を前に出す魔王さんを玉座に下ろし、踵を返す。そしてさすがにやり過ぎたと思ったので軽く謝罪の言葉を入れる事にした。


「あと、無礼な事してすみませんでした」

「君、本当に孤児院の事となると必死だね」

「まあ、あそこは私にとってはかけがえのない場所なので」

「そうか、では本日より貴様には魔王となってもらうぞ。これからの貴様の発展、期待している」

「はっ、今までお世話になりました!」


 魔王さんに一礼して俺は謁見の間を出る。そして大扉が閉まり切ると、大きく溜息を吐いて背を丸くする。


「うそん、この俺が今日から魔王だって……?馬鹿言っちゃいけないよ。ほんと、何の陰謀なのこれ?」


 そうブツブツと呟きながら一歩踏み出すと、ドンッと何者かと強めに正面衝突してしまった。俺は後ろに二歩退き、相手はその後、更に「ふぎゃっ!?」と叫びながら尻餅を突いた。


「ご、ごめん!大丈夫!?」


 慌てて相手に右手を差し伸べる。


「い、いえ!こちらこそごめんなさい!大丈夫ですか!?」


 すると相手もそう言いながらこちらの手を掴んで立ち上がった。


 そして顔を上げて目が合うと、俺は小首を傾げて、相手はまるでやらかしたと言わんばかりの罰の悪そうな表情を浮かべる。


 相手は一度も会った事の無い相手だった。外見は女っぽいが胸が無いので男の娘という人種だろう。サラサラの髪は銀髪で肩まで伸びていて瞳の色は赤い。身長は百五十センチぐらいで体形は女みたいにひょろっとしている。で、何故か服装は黒いタキシードを着ている。


 ――奴隷……にしては服装が綺麗だ。侵入した冒険者……にしては装備が揃っていない。魔王さんの客か?いや、でもそれだったらまずこちらに連絡が来ているはずだよな?俺、魔王の秘書もしてるし。うーん……じゃあ何だ?


 そう思っていると――


「あなたが本日より第五の魔王となった無名様ですか?」


 と、訊ねられた。なので俺はコクリと頷いて答える。すると相手はこう言うのであった。


「あの!僕を側近として雇ってください!!」


 これが、このモチベーションが上がらないと何もしない魔王である俺と、何もかもが足りない従者、サリア・バーソロミューとの出会いの瞬間であった。この日の事を俺は後世にこう語り続ける。この時から既に俺にとっての癒しは不足していた、と――








 ――側近として雇えだって?コイツはいきなり何を言っているのだろうか。そもそも見ず知らずのコイツを俺が雇うとでも本気で思っているのか?いや、思っているから言っているんだろうなあ……でもはっきり言おう。不可能だ。だってそうだろう。もしコイツが俺の命を狙う何者かだったらと思うと雇えるわけがない。な・の・で!


 一度咳を払い、場を仕切り直す。

 そして少女を右手人差し指でビシッと指差して訊ねる。


「君はどこの誰なんだい?」

「す、すみませんでした!名乗るのが遅れてしまって……僕の名前はサリア・バーソロミュー。こういう成りこそしてはいますが一応十八歳の成人女性です!」


 サリアとやらは、一度深く頭を下げると、顔を上げ、胸に右手を当てて答える。

 因みに、この世界では、魔族は男女問わず十八歳から成人である。


「ほう、十八歳か……って、女!?」


 サリアの胸を見て、腰を見て、尻を見て、そこから腰、胸へと視線を戻す。


 ――女……女か……ふむ、女?いや、でも自らそう言うのだからそうなのだろう。


「無名様、今とても失礼な事考えてませんか?」

「はっはっはっ、まさか!この私がそんな事を考えるわけがないだろう?何を言っているのかね君は!はっはっはっ!」

「では、無名様が今口にした『そんな事』とはどんな事でしょうか?」


 もう一度胸を見た後に、尻を見る。

 そんな俺をジトーっと睨むサリア。どうやら考えはお見通しのようだ。


「まあ、それはどうでも良いではないか!はっはっはっ!はぁーっはっはっはっ!」


 と、誤魔化す俺を更にジト目を向けるサリア。何とも居たたまれない。


「それで、話を戻すとしよう。私の下で働きたいとの事だがその理由は?」


 そう言ってサリアの背中を右手で押しながら政務室へと歩き始める。この謁見の間の大扉前にいつまでもいるわけにはいかないからというのもあるが、最もの理由はサリアが訳ありに見えたからだ。


 この魔王城の管理を行っているのは何を隠そう俺なのだが、その俺がサリアについて何も知らなかった。という事はサリアが俺に会う為だけにこの魔王城に忍び込んだという可能性がある。それを危惧したからこそのこの場所移動だ。因みに、事情が判明したら十中八九の確率でサリアをここから追い出すつもりである。


「僕、一度だけ無名様に命を助けられた事があるんです」

「私が?君を?」


 ――はて、そんな事をした覚えは無いのだが……


「それはどういった経緯でだい?」

「今から三年程前の話ですが僕は当時、孤児でした。それでとある日、生きる為に盗みを働いたのですがその時不運にも治安部の人達に捕まって、それでお仕置きとして凌辱されそうになったんです……ですがその時、ギリギリのタイミングで無名様が助けに入ってくれて……」


 ――俺がそんな事を?記憶には……あるような無いような……同じような場面には何度も出くわしている。その度に被害者が子供だった場合は助けて来た。三年前って事はサリアも子供だった事になるし、その時に助けられたという事なら救世主が俺であった可能性も大いにあるわけで……うーむ、となれば一応サリアは信用に足るのか?


「……もしその話が本当だったとして、それだけでこの私の下で働きたいと言うのかい君は?」

「はい。あの時、僕にとってはあなたが神のような存在に見えました。今でもそうです。それだけじゃあ理由としては不足してますでしょうか……?」


 ――神って、そんな大仰な。インプリンティングかよって突っ込みを入れたくなるぞ。でも今それをしたら怒られそうだから言えるわけがないよな。にしても、どうしようか……ぶっちゃけ俺には現状、下部に出来る程の信用に足る存在が近くに一人もいない。でもサリアならその一人にギリギリ入れても大丈夫のような気もする。しかしコイツが本当の事を言っていない可能性もあるわけで……でもなあ。


 右後ろを歩くサリアを限りなく横目で見ると、彼女は不安げにこちらを見上げていた。まるで俺に拒絶されるのを恐れているかのように小さく震えてもいる。そんな彼女を切り捨てるのはきっと簡単だ。でも俺の今の立場、つまり側近を早めに沢山見付けないといけない事を考えると、彼女を仲間に引き入れるのが得策だろう。それならもう答えは決まっているようなものだ。でも一つだけ確認しておく事があるはずだ。それは今後の魔王としての仕事にも関わって来るだろうから聞いておくとしよう。


「念の為聞いておこう。君はもし私の下で働く事になったとして、果たして何が出来るんだい?」

「戦闘はからっきしです。しかし炊事、洗濯、身の回りのお世話等なら余裕で出来ると思います!というかやってみせます!お、お望みとあらばし、下の世話も……その……キャッ!」


 と、恥じらう乙女を俺は白い目で見る。何せセリアの成りが成りなのだ。女としては相応しくないこの貧相過ぎる体付き。欲情出来るわけがない。とすれば結論は既に出たようなもの。彼女を俺の下で働かせるわけにはいかない。しかし信用に値しないというわけでなはいし、下部を早々にかき集めたいだけあってどうしても『却下する』の一声を掛けきれない。ならばここは妥協せざるを得ないだろう。


「……分かった。では君にはこれから使用期間として私の下で働いてもらう」

「という事はつまり……僕の体が目当てなんですね!?」


 ――何故そうなる?馬鹿なのかコイツは。てかその成りで体目当てとか、んなわけないでしょうが。


「あー、はいはい。その通りだ。だから一先ず私は自室へ戻り支度を整える。なので君は……」

「早速夜伽ですね!?」

「ていっ!」

「あうっ!?」


 とち狂った事を口走るサリアの頭頂部に強めのチョップを食らわせる。すると彼女は両手で頭頂部を押えて涙目でこちらをジトーっと睨んだ。


「今のは私は悪くないからな」

「無名様、それを世間一般では逆ギレと言うんですよ」


 ――言わねえよ!


 そう突っ込みそうになったが、何とか堪える事に成功した。なので一度心底呆れたように溜息を吐いてみせて、こう返す事にする。


「それは悪うござんした。それで、君にはこれから私の下で働いてもらう事になるわけだが、一つだけ理解しておいて欲しい事がある」

「理解しておいて欲しい事……ですか?」

「うむ、まずなのだが、私はこれから普通の物とは大きく違った魔王城を作成したいと思っている」

「例えばどういった感じに違った魔王城になるのでしょうか?」


 全く想像出来ないのだろう。それ故にサリアは大きく首を傾げて訊ねる。そんな彼女に俺は自慢げに、それでいて鼻高々にこう告げるのであった。


「エンターテインメントが豊富な魔王城にする!例えば、アイドル有り!アミューズメント有り!そして癒し有り!そう言った魔王城をだね……君、何だその目は?」


 途中でサリアが微妙な表情と感情の無い目でこちらを見ている事に気付いたので訊ねる。するとサリアは長い溜息を吐いたかと思えば、現実的な返答をする。


「いえ、ただそれは不可能かと思いましたので。第一、それでは魔王城じゃなくなるではありませんか。それではまるで……まるで、そう!遊園地ですよ!無名様は遊園地でも造るおつもりなのですか!?」

「そのとおり!具体的に言うのであればテーマパークだけどな!」



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