深夜の密談

扉の前で数回深呼吸をしたのち、シャノンは意を決してノックをした。


「はい」


応えと共に、中から現れた銀髪緑眼の男に、一瞬たじろぐ。白いシャツの胸元をくつろげリラックスしたその姿に、男が宰相だと思い出すのに時間がかかった。


「あの、」

「シャノン!」


口を開きかけたシャノンを遮るように、室内から名前を呼ばれ視線を移すと、宰相の取り次ぎを待たずに自ら姿を現したメリルがいた。


「陛下、中でお待ちくださいと言ったでしょう」

「こんな時間なんだから、誰もいないし別にいいだろう。それにみんな疲れてるから、早く済ませた方がいい。シャノン、さぁ中に入って」

「は、はい」


飽きれて嘆息するメリオットの顔色を窺いながら、緊張した面持ちで室内に入室する。部屋の中央にあるソファを勧められて、遠慮がちに腰かけたシャノンの前に、メリルも座る。メリオットに飲み物を出すように命じて、メリルは静かに身を乗り出した。


「こんな遅くに呼び出してすまない」

「いいえ、あの大丈夫です」

「それで、ええと、まず、何から話そうかな……」

「まずは、国王陛下が男装をする理由からお話したらいかがですか?」


悩んだように口をつぐんだメリルに、メリオットが助け舟を出す。


「……うん、そうだな。そうしよう」


決心したように頷くと、メリルはこの国にまつわる重大な秘密を語り始めた。



「結論から言うととても簡単なんだが、この国には私以外に後継ぎがいないんだ」

「それだけでは説明不足かと思いますので私が補足致しますと、先王は正妻との間にメリル様と言う一人娘を授かりましたが、男児にしか王位継承権が与えられないこの国では、それでは不要な争いが起きてしまうとお考えになり、幼き頃よりメリル様を男児としてお育てになってまいりました」


一息でそう説明し終えると、メリオットは自分の口舌に満足したようにほくそ笑む。そして、その美しい銀髪をかきあげ、誇るような顔つきでシャノンを見た。


「ご理解頂けましたでしょうか?」

「ええ、とても。わかりやすい説明をどうもありがとうございます」

「メリオット。シャノンが怯えてる」

「なんとまぁ。しかし陛下にお任せしていたら、いつまで経っても話が終わりそうにありませんでしたので」

「だからと言って、全部お前のペースで話を進めるな」


言い争いを始めた二人を戸惑って見ていたシャノンだったが、二人の間に漂う親密さに、次第にあらぬ疑いを抱き始める。


「お二人は……その、とっても仲が良いんですね…?」

「………!?ちょっと待て。違う、違うぞ!メリオット!お前のせいで変な勘違いをされただろう!!」

「それ、私のせいですか?」


心外だと言わんばかりに鼻を鳴らしたメリオットに、メリルが吠える。


「誤解だ、シャノン!こいつとは、その、ただの異母兄妹で……!そのついでに、宰相の任も務めてもらってるだけなんだ」

「私の母が先王の妾でしてね」


力強く否定するメリルとは正反対に、冷めた表情でそう付け加えたメリオットは、二人の前にティーカップを差し出した。


「精神を落ち着けるカモミールでございます」

「大体、お前がそんなふしだらな格好をしているからだな……」

「ふしだらとは何です」

「だって、そうだろう。夜中に、そんなくつろいだ格好で王の私室にいたら、誰でも関係を疑う」

「そんなよこしまな妄想を抱く人間は、元々心が汚れているんです」

「す、すみません……」


おっと、とわざとらしく口元に手を当てたメリオットは、恥じ入るように俯いたシャノンに悪戯っぽく微笑んだ。


「と言う訳でして、私と陛下はご想像するような関係ではないのでご安心ください」

「……はい、大変失礼致しました」

「メリオット、意地が悪いぞ」


非難がましく指摘をされるもどこ吹く風と言った感じで、メリオットは優雅な所作で自分の紅茶に口をつける。


「それでは、本題に戻りましょうか」


何食わぬ顔で話を戻した彼のペースに、完全に乗せられていることに気が付いたシャノンだったが、口パクで必死に何かを訴えるメリルにこれはデフォなのだと悟った。


『気をつけろ。こいつは、口がうまい』……かな?なるほど、口達者な宰相を持つと主人も大変そうだ。



「え、と……この秘密を知っているのは、宰相様だけなんですよね?」

「厳密には、“この城で”と言う事になります。昔はもっと協力者がいたんですが、今はもうみんな高齢のため隠居してます」

「あとは、私……ですか?」

「そうですね。陛下は当事者なので、実質私とあなたの2人だけが知っている事になります」

「シャノン、そんなに重く受け止めなくても平気だぞ」


改めて事の重大さを理解し、みるみる色を失っていくシャノンに、メリルは慌てて取り繕うように言った。


「別に、シャノンに特別な事をしてもらいたいわけじゃないんだ。ただ私の妃になってくれればいい」

「それ、なかなか重大ですよ。メリル様」


思わず冷静に突っ込みを入れたメリオットだったが、やはりここは日頃実務処理を担当する宰相としての血(?)が騒いだのか。軽く咳払いをすると、再びそのよく回る舌を滑らかに動かし始めた。


「今回のお見合いも、その“共犯者”を見つけ出すのが目的でした」

「共犯者?」

「やはり、私だけで陛下の秘密を保持していくのに限界がありますからね。現に、先日も国王陛下ともあろうお方が全裸で城内を走り回ると言う珍事が起きましたし」

「あ、あれは……!」

「とにかく、私以外にもう一人陛下をお側で支る存在が欲しかったのです。私も四六時中張り付いているわけにいきませんし、何より仮にも異性なので着替えや入浴の場には居合わせられませんので」

「その条件を満たしているのが……妃?」

「そうです。それに、妃という存在を娶れば、外面的にも陛下が男であるという信憑性を高められます」


納得する以外のない理由に、シャノンは頷いて理解を示した。


「まぁ、もちろんこんなに早く妃候補が見つかる事になるとは思っていませんでしたが」

「それは本当に、私の不注意のせいで……特にシャノンは驚かせてばかりだな」

「まぁ、過ぎたことを言っても仕方ありません。本当はお見合い相手一人一人をもっとよく見極めたかったのですが……これも天の思し召しと言う事に致しましょう」


最後の方は若干投げやり気味にそう締めくくったメリオットだったが、そろそろと遠慮がちに手を挙げたシャノンに、興味深そうに一瞥をくれた。


「一つ、聞いてもいいですか?もし私が妃の立場に収まるとして、その……女、同士なわけですし、今後それこそまた後継ぎとか子供とかそう言った問題はどうするんですか?」

「シャノン様……なんと、飲み込みが早くていらっしゃる!その上、状況把握と考察能力にも優れていますね。妃候補としての資格アリでございます!」

「あ、ありがとうございます……」


大げさに称賛され恐縮するも、その後に続けられた言葉にシャノンは我が耳を疑った。


「ですが、その問題にはすでに一つの打開案がございまして。私とお妃様が子を作り、陛下の子とするか。もしくは、陛下と私が直接子作りをするかの二択がございます」

「………はい?」

「お妃様となられるお方には、こちらの事情に巻き込んでしまう引け目がございますので、秘密さえ保守して頂ければ、恋愛などは自由にして欲しいというのがメリル様のご希望です」

「………」

「ですので、子供に関しても、シャノン様のご希望に添う形にします。私と陛下は近い血縁関係なので、血統を維持するという点においてはメリットもあると考えています。もちろん、シャノン様さえOKならば、私は喜んで抱きますが」

「メリオットやめろ。シャノンが混乱してる」


たまらずメリルが口を挟んだが、飛び込んできた情報があまりにも衝撃的だったため、シャノンの頭は完全に機能を停止させていた。


(俺と…なんだって……?)


思わず銀髪緑眼の宰相に抱かれているところを想像し、シャノンは全身の毛穴を粟立たせた。


「シャノン、こいつの言う事は真に受けなくていい。それにメリオット!私はまだその件について賛同してないぞ」

「ですが、これが一番堅実で現実的な方法だと思うんですがね」

「どこがだ!お前は女なら誰でもいいのか!?」

「失敬な。これでも、身分の高い女性としか関係を持たないと言う矜持があります」


謎のポリシーまで持ち出してきた宰相に、いよいよ本気で逃げ出すべきかどうか迷うシャノンだったが、念のために自分に他の選択肢か残されているのか聞いてみた。


「ちなみに、私に拒否権は……」

「ありません」

「ですよね……」


わかっていた事とは言え、即答され少し落ち込む。それに、もし自分がこの場から逃げ出せば、とばっちりを食らうのはメリルだ。そう考え、動けない自分にもシャノンは何故か判然としなかった。


「安心しろ。シャノンの貞操は私が守ってやる」

「いささか観点がズレてるとは思いますが、まぁ今のところはそれでいいでしょう。ともかく、明日はお見合い最終日です。陛下とシャノン様の仲を周りに印象づけてください。こう言うのは、自然の流れで王妃まで持っていくのが一番の安全策です」


押し切る形でそう言うと、本日の仕事は終了したとばかりに紅茶をすするメリオット。いまだ事態からひとり取り残されたままのシャノンは、先程から一口も口をつけていない冷めきった紅茶を前に、思いつめた表情で俯いていた。



ーーこれは、完全に本当の性別をカミングアウトするタイミングを逃した。


今更だが、ここまでノープランで来てしまった自分を悔いる。どうする?今からバラすか?いやいや、今更そんな流れではない。しかし、そんな事を言っていたら、本当にこのまま妃にまつりあげられてしまうかもしれないし、その後には、無節操な宰相による貞操の危機も待ち構えている。

二段、三段構えの罠に、最早詐欺レベルに近いと思いながらも、自分のことをすっかり女だと思い込んでいるメリルに恥をかかせずに真実を打ち明ける方法がわからず、シャノンは思考のループに陥った。



「シャノン……本当にすまない。突然なことで困惑するのも当然だ。こんな言葉が慰めになるかわからないが……仮にも私は女だし、女同士理解し合えることもあるんじゃないかと思う。この先、お互いに助け合っていけば、きっと全てのことは上手くいく」

「………陛下……」

「それに……こんな事を言うのはとても恥ずかしいんだが…私はずっと同性の友達が欲しかった。だから、念願が叶ったようでとても嬉しい。シャノンは嫌か?」

「………いや……では……」

「そうか!……ありがとう、シャノン。これからも末長くよろしく」


シャノンの返答に心の底からホッとしたように、はにかんで手を差し伸べてきたメリルに、シャノンは全ての抵抗力を失った。


「はい……よろしくお願い致します」


促されるままその手を握り返し、自分の手のひらにすっぽりと収まるその小さな手に、彼女の側にいるために、もう少しだけこの小さな嘘を守り続けたいと思ったのも、また一つの事実だった。




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