謁見


「ーー次の者、前へ!」

衛兵の高らかな宣言と共に、樫の木で出来た巨大扉が開かれる。軋む音を立てて開かれた扉の先には、高い吹き抜けと磨き上げられた白い床のだだっ広いホール。天井のガラス窓から差し込む陽の光が、ホールの中央に据え置かれた玉座を照らし出している。



「マグリット領から参りました。アドルフにございます」

「シャノンでございます」


ひざまずき頭を垂れる父の横で、シャノンもドレスの裾をつまみ床に膝を落とす。目の前には国王陛下と思わしき人物が腰かけているが、その顔を仰ぎ見ることは不敬となる。シャノンは内で暴れ回る好奇の虫を必死に抑え込んだ。


昨年、新しく玉座についたばかりの新国王は、弱冠16歳の少年と聞く。自分と同い年のそんな少年に、果たして一国の主が務まるものかと、期待半分疑い半分をシャノンは抱いていた。

あわよくば、一目でもその姿を垣間見ようと隙を窺うが、なかなかタイミングが掴めない。下手をすれば不敬罪に問われかねないので、うかつに顔もあげられない。



「今日はよく参った。滞在中、何か不都合な事があれば遠慮なく申し出よ」

「はい、お気遣いありがとうございます。この度はお招き頂きましたこと、娘のシャノン共々身に余る光栄です」


誰が娘だ。なんて野暮なツッコミは心の中に留め置いて、シャノンは初めて聞く国王の声に意外な印象を抱いた。


(とてもきれいな声だ……)


思っていたよりも高く、涼やかで、少しあどけなさが残る声。その玉を転がすような声音にシャノンの好奇心はより一層刺激された。




すると、国王の背後に控えていた銀髪の男が、さりげない動作でそっと耳打ちする。


「陛下、他にもっと気の利いた言葉はかけられないのですか?」

「何がだ」

「例えば、“私も会うのをずっと楽しみにしていた”…とか」


宰相たる男のその言葉に、彼ーーもとい、彼女は険のある視線を向けた。


「私におべっかを言えと?」

「そうではありません。せっかくお越し頂いたご令嬢方の顔も見ずに返すなんて、すげないではありませんか」

「人数が多いから、さっさと済ませろと言ったのはお前ではないか」

「だからと言って、冷たくあしらえとは言っておりません。メリル様は言葉を額面通りに受け取りすぎです」


涼しい顔でそううそぶくと、未だ頭を垂れたままの二人に向かって宰相は軽く顎をしゃくる。

喉元まで出かかった反論を無理やり飲み込むと、メリルは小さく深呼吸して二人に向き直った。


「面を上げよ」


その言葉に従い、二人は顔を上げた。

ブルーサファイアとはしばみ色の瞳がかち合った。


それが、男装の国王陛下メリルと、女装の公爵家六男坊シャノンの出会いだった。




「今日は…楽しみに…だな…」


顔を上げさせたまでは良かったが、その後に続くうまい言葉を見つけ出せずにいるメリルに痺れを切らした宰相が、代わりに口を開く。


「陛下も、今日というこの日を心待ちにしていました」

「………」


息をするように美辞麗句を吐ける背後の男に内心うすら寒さを覚えながらも、メリルは鷹揚に頷いてみせた。この場は、宰相たるメリオットに委ねた方がよさそうだ。


そう判断して、自分はとりあえず二人を観察する事に徹する。

マグリット侯たる中年紳士は、髪に白いものが目立ち始め、若りし頃はさぞモテたであろう精悍な顔つきに年輪を刻みつつも、年相応の落ち着きと色気を携えている。

その隣にいるシャノン嬢は、猫のようなアーモンドアイに、ふわふわと柔らかそうな明るい栗色の髪、薄紅が引かれたその唇にはそこはかとないミステリアスな雰囲気が漂っていた。


思わず、ゴクリと生唾を飲み込む。



「メリル様、もうよろしいですか?」

「あ……ああ」


耳元でメリオットに囁かれ、ハッと意識が現実に引き戻された。その様子を怪訝に思ったのか、耳に唇を寄せたままメリオットが苦言を呈した。


「ぼんやりしないで下さいよ」

「わ、わかってる」

「今日は朝からどうしたんですか。うっかり裸で城の中を走り回ったり……」

「あ、あれは…っ、新人の侍女が私の着替えを全部持って行ったりするから……」

「それについては、俺の監督不行き届きな面もあるので後でしっかり謝罪します。それと侍女頭にも教育を行き届かせるよう改めてしつけます。ところで、彼女たちはもう下がらせても?」


言いたい事だけを早口でまくし立てたメリオットを恨めしく思いながらも、メリルは無言で頷いた。


「ーーでは、詳しい日程はまた後程お伝え致します」


宰相のにこやかな宣言と共に、やって来た時と同様、樫の木の巨大扉が開かれる。

衛兵に促されて扉の方に歩を進めながらも、シャノンは後ろ髪を引かれてつい振り返った。


「こら」


父親が咎めるように彼の腕を小突いたが、その目は玉座の上に釘付けだった。


くすんだ赤みのある黄色い瞳、 薄桃をはいた真珠色の髪の毛、陶磁器を思わせるようなその白い肌は昔慈しんだビスクドールの人形のようで、彼の心を惹きつけてやまなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る