第50話 戦車

 かつて私は、戦車でした。

 今は赤さびた枠だけになり、サイゴン郊外の林に放置されています。観光客がやってきて、こんな私を嬉しそうに撮っていきます。

 え、サイゴンはもうないのですか、南ベトナムの首都だったのですが、そうですか。


 私のような旧式は、とっくに引退していますが、今になって大陸北部で活躍していると聞き驚きました。

 一方的に隣国に攻め込んだ国が、武器が足りなくなって、旧式まで駆り出されたようです。

 彼らは最新鋭の武器によって、ほとんど破壊されました。乗っていたのは少数民族の兵士ばかりだと聞きます。

 既に戦死者が七万とも八万ともいわれるのに、侵略者の国で厭戦気分が広がらないのは、そのためでしょうか。公表された戦死者数はいっこうに増えないし、周囲でも戦死者の話を聞かないわけですから。少数民族が声を上げたところで中央に届くはずもなく、すべて黙殺です。

 戦車の中で死んでいった兵士は行方不明とされるのでしょう。それならば弔慰金は払わないでよいシステムです。


 私に乗っていた若い兵士は、火だるまになって死んでいきました。

 あまりに恐ろしくて私は思考停止、その後のことも考えたくありません。はるか北方から聞こえてくる話にも胸をえぐられそうです。

 救いがあるとすれば、私の記憶がだんだんぼやけてきていること。

 次第に辛い記憶は遠のき、いつかは形を保てなくなり、私は大地に帰るのでしょう。

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