第15話 デート
『奏くんのお嫁さんにして貰えますように』
照れくさかったのか綾恵さんはこそこそと書いていたが、僕はその短冊を覗き見してしまった。可愛すぎて思わず頬が緩んでしまう。行動も可愛いし丸文字も可愛い。
「…………え、奏君っ!? 戻っていたなら早く声かけてくださいよっ。ストーカーみたいじゃないですか、もうっ!」
「あはは、ごめん、ごめん。まぁ綾恵さんにストーカー呼ばわりされたくないけど」
学校帰りの商店街デート。僕が会計を済ませて戻ると、綾恵さんが七夕の笹飾りを見上げて遠い目をしていたので、後ろからこっそり観察していたのだ。
「まったく。奏君はイジワルなんですから。大ちゅき。でも、何のお買い物だったんですか?」
「うん? あー、えーと、あれ、舞から頼まれてたものだから。君を付き合わせるのもどうかと思って」
「へー。でもずっと付いてきているのだから自分で買いに行けばいいのに、白ギャルさん」
「マジかよ……」
気付かなかった。ストーカーのストーカーのストーカーをするな。
――この二週間、僕と綾恵さんは約束通り普通の恋人らしく過ごしていた。土日は水族館に行ったりピクニックに行ったり。放課後は綾恵さんの部屋で勉強したり、ダラダラと過ごしたり。その間、僕たちは何度も何度もキスをした。自分にとってどんなキスが気持ちいいのか、相手がどういうキスを求めているのか、お互いによく分かってきた。結構、様にもなってきたと思う。でも、キス以上のことはしていない。ていうかできない。こんな超ウルトラスーパー青春ラブコメでは僕のおちんちんは反応してくれないのだ。
それでも綾恵さんは僕を急かそうとはしないでいてくれている。僕も焦ったりしていない。今この瞬間を二人で楽しめている。
どこに行っても時折綾恵さんの視線が別の方向を向いていることがあるのが気になるが……まぁ、舞がついてきていないか警戒でもしているのだろう。実際大抵つけてきてるし。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい♪」
「いやぁ、でもすごかったね」
「ですねっ! びゅーんっていってカキーンっていってズバーって!」
「は? 何それ? メス猫ってそんなにバカだったの? はぁ……あんたらと野球見てもつまんないわー、全然野球のこと知んないんだもん」
星空の下、綾恵さんと並んで歩く。こうやって彼女を家まで送っていけるというのは男冥利に尽きる。
本日のデートのメインイベントは野球観戦だった。といっても地元の独立リーグの試合である。綾恵さんの財力を考えれば、ドームやスタジアムにプロ野球やJリーグの試合を見に行くこともできた。でも基本的にデートは僕の貯金に合わせて行われている。それが普通の高校生の付き合い方だし、綾恵さんに僕の分のお金を払わせてしまうのなんて絶対に嫌だ。それに、豪勢なデートコースじゃなくても充分すぎるほど楽しいのだ。ルールなんてよくわからなくても、初スポーツ観戦のワクワクドキドキを二人で共有できたことがこれ以上ないほど幸せなのだから。
とはいえ、やっぱりお金もいろいろと必要だしな……夏休みはアルバイトでもしよう。
「マジさー、平凡な外野フライとかでキャーキャーゆーのやめてよね、恥ずかしいから。てか奏、野球くらいテレビでなら昔見たことあんじゃん。わたしと。わたしと二人っきりで。小さいころ野球ごっことかもしたじゃん。わたしと。わたしと二人っきりで。水族館はないけど、家で二人で金魚とか飼ってたしー、動物園には家族で行ったことあるしー、ピクニックはないけど、家の庭でバーベキューとか毎年してるしー。はぁ……ほんっと奏って昔からわたしにべったりだよねー。奏の初めてって全部わたしじゃん。ほんっと呆れる」
ちなみに何故か舞がずっとついてきていて何故か一人でほんっと呆れている。ほんっと意味わからん。
そのせいで、僕は未だにこれを取り出せないでいる――いや、違うか。舞を言い訳にしてるだけだな。本当のところは、単純に僕の勇気が足りていないだけだ。
「では奏君、寂しいですけれど、今日はお別れですね……本当はお部屋までご一緒したかったのですが、このマンションは動物禁止なので。エントランスまでで結構です。お見送りありがとうございました。また明日。ちゅーっ」
「あ、いや、綾恵さん……」
「おいっ!! ちゅーっ、じゃねーだろ! 人の夫に何やってんだこの淫乱メス猫!」
「ちゅう。奏君、ちゅう。お嫁さんと旦那っぴのちゅう」
「いや、綾恵さん、今はその、違くて」
「奏……! ほら、聞いたでしょ、メス猫! 奏はあんたみたいなヤリマンとはキスしたくないって! 不純だもん、不純! 奏は普通の男の子なんだから、わたしと普通に恋愛して普通にキスして普通に結婚して普通に子ども作って普通に幸せな家庭を築くの!」
「普通じゃない白ギャルは放っておいて、ちゅーっ。奏君、早くっ。もーっ、焦らすなんてイジワルですっ。ちゅーっ」
綾恵さんが目をつぶって唇を突き出してくる。だから僕も、舞が体にしがみついて揺さぶってくるのも無視して、軽く身をかがめ、
「奏君、ちゅー……え?」
「綾恵さん。迷惑じゃなかったら、受け取ってほしい」
綾恵さんの首に、ネックレスを掛けた。
「あははははっ! メス猫、首輪かけられてるーっ! 全然恋人として見られてないじゃーん!」
「え、あ……! これ、あのお店で私が可愛いなって思ったやつ……え、どうして……」
「うん。綾恵さんがそういう目で見てたから……ホントは今日いっしょにプレゼント選んでもらおうと思ってたんだけど、綾恵さん遠慮しちゃいそうだし、何か思いつきでサプライズっぽくしちゃった……。ほら、今日で付き合い始めて一か月だからさ。あはは」
「…………っ! ……ぁ…………ごめんなさいっ、嬉しすぎて……っ、言葉が……っ」
綾恵さんが両手で口を押えて目を潤ませる。その目は夜空で輝く織姫よりも、胸元で光るピンクゴールドのクローバーよりも、ずっとずっと綺麗に見えて。
「八年前の一か月記念は君にショックだけ与えちゃったみたいだからさ」まぁ僕は付き合ってるなんて知らなかったんだけど。「よかった、喜んでくれて」
「はい……! 喜んでくれると思いますっ! うふふっ♪ 一生大事にしますねっ!」
改めて、僕たちは唇を合わせた。
「あはは! あははは! 奏、ウケるぅー! 首輪とかさすがに可哀そーじゃん、この子自分のこと奏の彼女だと勘違いしてんだからさー! ねぇ、わたしら結婚したら、こいつペットにしてあげてもいいかもねー! 絶対家には入れないけど! あは! あははは! あははははははははははははは
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