優しさ
リディアと宗方を取り込んだ悪魔は、急速に身体が波を打ち始め、もう一回り身体を大きくしていった。
「ああ・・・」
キールは叫ぶ気力も失い、その目に光が消えかかっていた。
「・・・何だこれ・・」
キールは、叫ぶことも、悪魔に攻撃することも、逃げることもせず、ただ立ち尽くしていた。
悪魔は、身体の変化が終えると、その感触を確かめるかの如く、手のひらを握っては開くのを数回繰り返すと、キールの方をジロリと向き、その足で地面をえぐりながらキールを蹴り飛ばした。
「・・・・・」
それでもキールは声を上げることはなく、遠くへ飛ばされていった。
ドチャッ・・・
ラーファは音に気づきうずめていた顔を持ち上げた。
「ひいっ・・・・社長?・・社長!」
人間の身体が飛ばされてきたことに、一瞬驚きはしたが、キールだということに気づくと、すぐさま駆け寄り、身体を揺らした。
「・・・・ラーファ・・・逃げてくれ・・・どこか遠くに・・」
まだ再生しきっていない身体で、キールは抑揚なく小さな声で呟いた。
「社長も・・社長も一緒に!」
ラーファはキールの身体を持ち上げながら、背負い、引きずってでも一緒に逃げようとした。
「いいんだ・・・このまま、死なせてくれ」
背中からキールの哀しさと寂しさがこもった言葉が聞こえた。
「でも!」
ついラーファは、声を荒げてしまった。
「いいんだ・・」
キールは、背負われることを拒んだ
「!!・・・・・くっ」
ラーファは、いつもと様子が違うキールに一言言おうと思い、振り返り、キールを見た。見てしまった。キールのまっすぐこちらを見つめる瞳には、光が灯っていなかった。
ラーファは、キールから顔を背け、一心不乱に走り出した。
「・・・・・ありがとう・・優しいな・・」
キールの呟きを、しっかりとラファーの耳は拾い上げていた。
「・・・優しいだけじゃ・・優しいだけじゃ誰も救えない!!・・・」
何度も言われたその褒め言葉は、ラーファの中では呪いのように蝕んでいた。走りながらラーファの目には涙が浮かび、胸は苦しくなっていった。
「世界樹よ・・精霊よ!これまでずっと信仰してきたじゃないか!何でもするから!・・私に、私に力を、みんなを取り戻す力を与えなさいよ!!」
がむしゃらに思いのたけを叫んだ。この世の不条理を嘆きながら。
いつまでそうして走っていただろうか。数十分、数分、数秒、どれくらいかも分からないほどラーファの思考はぐちゃぐちゃになっていた。
あなたが残っていてくれて助かりました。あなたの優しさはこの上なき強さです。恩を返しに来ました。
「え・・」
遠いような近いような、聞覚えのある声がラーファの頭の中に響いた。
キラン
王城の辺りが一瞬眩いほどの光に覆われ、その光は、やがて収束し、ラーファめがけて一直線に飛んできた。
ラーファは思わずその飛行物が自分にぶつかりそうになり、目を瞑った。
突風がラーファの髪を一通りなびかせ終えると目を開けた。
「これは・・鍵?」
目の前に、仄かに光を放つ木製の鍵のような形をした杖が浮かんでいた。
それを手に取ると、輝きは次第に小さくなっていき、最終的に消えていった。そんな光と反比例するかのように、ラーファの身体が輝きだした。
「ありがとうございます・・・これでみんなを、取り戻せる!」
ラーファは自分の中に広がる魔力を感じながら、精霊に感謝し、踵を返し、悪魔の方へ走り出した。先ほどとは違い胸を張りながら。
「はあ・・はあ・・これで、元に戻せる・・」
ラーファは、頭に浮かんだ言葉とイメージを抱きながら、悪魔の背中を睨み付けた。
「ふぅ・・・・」
軽く息を吐きながら、目を閉じ集中し始めた。
すると、より一層ラーファの輝きは強まり、悪魔もその輝きに気づいた。
「「精霊の扉を開き、時空を飲み込め!・・・・
開かれた瞳は力強く輝き、空を覆うほどの巨大な魔方陣が形成された。
「・・・!!」
悪魔も直感からか、即座にラーファに攻撃を仕掛けた。
悪魔の腕が、ラーファに迫り、あと少しで触れるその瞬間、悪魔の腕は止まらなかった。しかし、動いたのは前にではなく、後ろにだった。
悪魔は、何が起きているのかさえ分かっていないだろう。
なにせ、悪魔の身体は、時間が巻き戻っているのだから。
流石の悪魔といえども、未来の思考は引き継げない。
ただただ、巻き戻っていく悪魔の身体。
すると、悪魔の身体から何かが飛び出した。
「うおっ」
「おっと」
墜落すると思われたそれは、空中で身を翻し、綺麗に着地した。
リディアと宗方であった。
2人が出てきたのを契機に、だんだんとしぼむ悪魔の身体からに呼応するように人が飛び出し、何かに守られているかのようにふわりと、地面に着地していった。
「なんだあれ?」
「あなたがやっているのですか・・」
リディアが不思議そうにその光景を眺め、宗方は全身から光を放つ、エルフの少女を眺めた。
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