何もしない

「そんな人もいるんですね」


ラーファは、驚いていた。これまで見てきた人間とキールではその常識が違ったのだ。




冒険者であれば名誉を、商人であれば利益を、貴族であれば権威を。一度手にしたものを簡単に手放し別の誰かに託すなど見たことが無かった。






なぜ、そんな事が出来るのだろうか。これがグランツ殿の言っていた別の強さというものなのだろうか。






ラーファのキールを見る目が少し変わったこの会話であるが、ただ成り行きで大きく成長してしまった会社はキールがいなくても回るし、もともと働く意欲の無いキールが辞めたがるのも当然である。また貯金もちゃんとしてあるからというのが本当の理由であるが、それを知るものは、未だこの世界にはいない。






「よし!終わり!・・・次は読書って、買いに行かなきゃ」


キールは椅子から立つと、身体を伸ばしながら辺りを見渡し、全ての本を読み終えてしまったことに気がついた。




「街に出かけよう」


「はい!」




キールは本屋に来ると、ラーファに読みたい本を持ってくるように言った。ラーファは戸惑いながらも1冊の魔法書をを持って来た。




「これを読んでみたいです」


ラーファはそのままキールに渡した。




キールは、ラーファの持って来た魔法書をみて笑った。




「やっぱり、魔法が好きなんだね」


流石エルフと言わんばかりにそう言うと、自分の持っていた本と一緒にカウンターに渡し、購入した。




「何の本買ったんですか?」


ラーファが購入手続きをしているキールに質問をした。




「ん?普通の小説だよ?たまたま面白そうな本を見つけてね」


キールは振り返り、笑って手続きが終えた本を見せびらかした。




「学問書とかでは無いんですね・・・」


ラーファが、意外という顔をするとまたもキールは笑った。




「そんなんじゃないよ。ただ俺は楽しみたいだけだよ」




「なるほど・・・」


キールの笑顔を見て本心からいっていることだと気づいたラーファは店を出るキールの後ろを遅れてついて行った。






店を出たキール一行は、街で食事をとることにした。




屋台で買った唐揚げやタコスのようなものを食べ、会社に戻った。




それから2人は社長室にこもり、買った本を読んでいた。時折、エリーナが社長室に仕事の確認に来るとその度キールが確認する。それ以外に何かすることもなかった。






いつの間にか時間が経ち、ラーファは魔法書を読み終えると、窓の外が暗くなっていることに気づき、キールの方を見た。




キールは本を開いたまま寝落ちしていた。




「ふああぁぁ・・・あれ、もうこんな時間か。今日は帰ろうか」


あくびをしながらキールは帰りの支度をしだした。




「え、もう帰るのですか?今日一日何もしていませんが」




「今日は何もしなくて良いんだよ。そんな日があっても良いんだよ」


キールの場合毎日が何もしない日であった。






1日目は、ゆっくりと過ごしなにもしなかった。




2日目は、昨日の経験を活かしラーファは昼前に会社へ来た。するとすぐにキールも出社した。いつものルーティーンをこなすと、2日目は、昨日買った本の続きを読んでいた。ラーファはキールにどこか行く場合は自分に伝えるようにお願いし、地下の練習場に行き、昨日見た魔法書の実践練習をしていた。




なぜ、配達会社の地下に練習所があるのかと、たまたまいたユリに尋ねると、ユリをはじめとした武闘派の多くの要望により作ってもらったとか。地下に作るのは、それなりに費用がかかると思うが、キールは部下のお願いを断ることはほとんど無いらしい。




しばらく練習をしていると、ユリがこちらを見ていることに気がつき、何事かと尋ねると魔法について聞きたいことがあるらしい。




「どうしたら、魔力量と威力が上がるの?」


ユリは覚醒してから、しばらく魔法の練習をしていたが、最近伸び悩んでいるらしい。




「そもそもの魔力回路の強化が必要かも知れませんね。魔法をうたずに、身体の中で魔力をぐるぐると循環させるイメージでやってみると良いかもしれません」




「なるほどな!やっぱ本職に聞くのがいいな!ありがとう!」


ユリは無邪気な子どものように嬉しそうに感謝した。




「ところで、キール殿の強さとは何だと思いますか?」


ラーファも気になっていることを聞いた。




「んー、力の強さはわからないけど社長が傷ついてる所なんて見たことないかも。ずば抜けた予知にも近い先見能力は言わずもがなでしょ?あとは・・・カリスマ性とか?私含めて社長だからついて行こうと思ってる人は多いと思うよ」




「カリスマ性、ですか・・」


ラーファは意外に思っていた。なぜなら自分の初見のイメージは頼りなさそうだったからだ。


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