ユリ

涼しい風が吹いたような、まとわりついていた嫌な汗が引いていった。


冒険者たちは冷静さを取り戻し、悪魔は先ほどとは対照的に顔を強張らせていた。


「なんだ?急に攻撃が当たるようになったぞ」


冒険者たちは気づかない。先ほどまでの記憶は無くなったりしていない。考える力を薄れさせ、異常な行動が最適解だと信じて疑わなかった。そして今も、そのことを信じていた。これが悪魔の恐ろしいところであった。


「またですか・・・、また、クソ精霊どもに邪魔されるのか・・・、そんなことあってはならない!!」


悪魔は怒りに満ちた顔を浮かべ、藍色の灰を手のひらからこぼし、やがて風に舞い辺り、

視界を遮るほど、あたり一面に広がった。


「先ほどまでは、興がのり、手加減していましたが、ここからは本気でいかせてもらいますよ」


冒険者たちは先ほどまでとは違いむせかえるような空気に緊張を強めた。


「もう無駄よ」


ユリは一人静かに悪魔をまっすぐに見つめながら言い放った。

先ほどとは違い、その目はしっかりと悪魔を捉えていた。


「私の光は、聖属性の光、こと直接的な攻撃を持たないお前のような悪魔に対しては、強大な力を持つ。闇が濃ければ濃いほど、その中の光の明るさは強くなる。お前がどれだけ本気を出しても、同等以上の力を引き出すだけよ」


「ならば、お前から殺すまでだ!!」


悪魔が勢いよく空中を蹴り、まっすぐにユリの元へ向かった。


「みえみえなのよ」


悪魔はどこからともなくナイフを取り出し、ユリの喉元へ吸い込まれるようにナイフを振るった。


ユリは軽く後ろへ跳ぶことでその攻撃を回避しようとした。


「バカが!理性を失わせるこの私が、怒りでごときで理性を失うわけがないだろう!ハハハ死ね!!!」


悪魔はユリが回避行動をしようと重心をずらした瞬間、背後に回り込みナイフを背中に向けて突き出した。


しかし、届かない。僅か数センチでその刃はユリへは至らなかった。


「だから、みえみえなのよ」


ユリの持っていた槍が、悪魔の身体を貫き、地面へと突き刺さっていた。



ユリは回避行動と共にその穂先を自分の背後に向けていたのだ。


「なぜだ・・聖属性に目覚めるやつは、いつも愚かなほどに単純なヤツだ・・」


「あら、ただのかよわい女だと思った?だったらこんな所にいないわよ。過去の先輩方がどんな人かは知らないけれども、ここに居る私は一応、冒険者ランクで言えばS級よ」


『槍仙のユリ』王都の冒険者で知らない人は居ないといわれる者たちの一人。こと槍使いからの尊敬はすさまじい、槍のスキルを持たず、亜人属のような身体的な特徴も、魔法を使い、槍との二刀流でもない。ただその技術において、槍を使いこなし、強さを得た。


その強さは何処で得たのか、誰に師事したのか。天才なのか、はたまた想像を絶する努力をしたのか。それは世間には知られていない。しかしその強さの在り方が、尊敬される所以であった。


「クソが・・私の今世もこれにて終幕ですか。不便なものですね生ける者はこれしきのことで死んでしまう」


「うけうりだけど、終わりがあるから美しい、うちの社長が言ってたわ」


「理解できないですね・・・」


それが、藍の悪魔『快楽の悪魔』最後の言葉であった。


「私らも理解できないよ、あの人の考えは。ただその心は常に私たちのことを見てくれている。だからあの人について行くのさ」



「よっしゃあ!勝ったぞ!今日は宴だぁ!!!」

「「「「うおおおおおおおおおお」」」」


冒険者の一人が勝鬨をあげ、追従する雄叫びはあたりの木々を揺らす程であった。



ユリはひとりホワイトホーンラビットの角の欠片を見つめ、我が社長の行動に改めて驚かされていた。



社長を驚かせてやろうと秘密にしていた精霊の守人の加護は知られていて、聖属性に目覚めるためにホワイトホーンラビットの角を持たせ、聖属性を感じることで、コツをつかんだように一気に覚醒した。


聖属性は一般人には感じ取ることが出来ない。それこそ教会の祭司レベルでもなければ、ユリ自体感じ取ったのは今回が初めてなのであった。


「社長、今回の件どこからどこまでがあんたの計算なの?」


ユリはそう呟いた。



それから数時間後


「社長、先ほど報告書を書いたのですが、ユリさんが聖属性に目覚めることは分かっていたのですか?」


なんのことだろう。全然話の概要がつかめないんだけどな・・


「しかも、あのタイミングで目覚めるかどうかも分かっていないのに」


??

危なかったのかな、とりあえず無事なら良いんだけど


「それに今回の件で、『勇者ウルカナと虹の悪魔』のお伽噺は過去に起きた出来事かもしれないという情報が入りましたが、それは本当なのでしょうか」


!!!

その話は俺も知ってるぞ、昔読み聞かせしてもらったなぁ

「それ(『勇者ウルカナと虹の悪魔』のお伽噺)ね、懐かしいなー。ずっと前に聞いたんだ」


「やはり(過去に起きた出来事かもしれないという情報を)知っていたのですね」


となると、社長はこの一連の騒動に対してずっと前から想定していたことになりますね。私も一度詳しく調べてみる必要がありそうです。




こうして、すれ違いにより、また一段とキールの評価は大きくなっていった。

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