第30話 君を見つけに

 


「それで? 迎えにってことはこの状況をどうにかできそうな案があるってこと?」


 ひとしきり反応を楽しんだ後、レグは話を元に戻した。

 表情は変わらないが、瞳はいたって真剣だった。


「……ええ。ピヒヨの力を借りればね」


 精霊について学ぶ中で、危険性のあるものはその存在と共にある程度の対処法も学んでいた。

 結論を言うならば闇の精霊に対する退治方法はない。彼らは心の隙に巣食う実体を持たない個体なので物理的にどうこうするということが不可能なのだ。

 その為、取れる手段は現状「追い払う」しかない。

 目をつけられずにいるにはどうすればいいか、また取り憑かれてしまった場合どのようにして対処するかだ。


「闇の精霊にとって重要なのは宿主の心が弱っていること。強い意志の前では彼らは何もできない。だからセシルが気をしっかり持つことができれば自ずと離れていくはずなの。その為にはまずセシルの意識を取り戻す必要があるわ」

「その方法は? どうやって意識を取り戻す」

「セシルの意識は今闇の精霊に囚われて心の奥の奥に追いやられてる状態です。だからまで迎えに行きます。ピヒヨの力でセシルの意識の中に入って、セシルの心に直接呼びかけて意識を取り戻す。これが今出来る一番の方法です」


 説明をしながら私は鼓動が早くなるのを感じていた。

 やはり、止められるだろうか。

 現状これ以外の手立てがないとはいえ、あまりにも現実離れしすぎている方法だ。

 正直何が起こるか見当もつかないし、セシルの心の中がどんな場所なのかは入ってみなければ分からない。危険ではないという保証もない。

 止められるかもしれない。

 だが、仮にそうなったとしても、何を言われても止まるつもりはない。いざとなったら強行突破してでも行くつもりだ。


「っはああぁあぁぁーーーー……」

「ぶふっ、本当にジオの言った通りになったねー」

「笑い事じゃないわ!」

「え、……あの……??」


 しかしそんな私の考えは、あからさまなほどにわざとらしい長々としたため息によってかき消された。


「アヴィ、その方法ってさ、城にあった本に書かれてたやつだろう?」

「ええ、そうよ」

「その本なら僕たちも見つけたよ。だから急いで戻ってきたんじゃないか。何があるか分かんないのに一人でそんな危ないことさせられないって慌てちゃってさー。ジオが」

「おいっ‼」

「あっはっはっはっはっ!」


 ウェルジオはとうとう真っ赤になってレグに掴みかかった。

 レグはやたら楽しそうだが私はといえば引いたはずの熱がぶり返してきてそれどころじゃない。

 それもお見通しだったんですか……。

 なんかもう恥ずかしいって言葉だけじゃ済まないんだけど。いっそ誰か私の姿を消してくれよ。


「安心しろ、止めるつもりはない」

「え」


 驚いて顔を見上げればウェルジオは諦めたような、呆れたような表情で私を見ていた。


「そんなことをしたところで強行突破されるのがオチだろうからな」


 ギクリと体が震えた。

 それもデスカー……。

 ここまで来るともはや、彼は読心術の使い手だったのではなかろうかとさえ思えてくるんだが……?


「……止めはしない。ただし、僕も一緒に行く」

「は⁉」

「おい鳥。一人増えるが問題はないか?」

「ピッチュ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 私を置いて話を進めないで。ピヒヨも素直に頷かない!


「悪いがそれがこの場を見逃す条件だ」

「何があるか分からないのですよ⁉」

「なおさらだ。いくらその鳥が一緒だと言っても君自身は身を守る術など持っていないだろう」

「それは、そう、ですけど……」


 駄目だ。彼の中ではすでに一緒に行くことが決定してる。私が何を言っても止まってくれる気配すらない。


「いいじゃん、一緒に行ってもらいなよアヴィ」

「レグまで……」

「ジオの言うことはもっともだよ。それに送り出す側としても君一人で行かせるよりずっと安心だ。ジオの実力は君も知ってるだろう? 彼は頼りになるよ」


 ね、と同意を求めるように微笑まれて私は言葉に詰まった。


 彼の実力は国王も認めるほどだし、将軍である父も彼の実力には一目置いている。

 そんな彼がそばにいてくれるというのは非常に心強くもある。

 何より、わずかながらも不安を感じていたはずの心が、彼が一緒に来てくれると知った途端に安心を覚えてしまっているのも事実だった。


 …………迷っている暇はない。


「……分かりました。ウェルジオ様、お願いします」

「ああ」


 私の言葉に彼は力強く頷いた。




「ではウェルジオ様。失礼ですが、手を」

「手?」

「ピヒヨの力を行き渡らせる為に私たちは繋がっている状態である必要があります。なので手を繋いでおいてください」

「わーよかったねジオ。思わぬラッキー展開〜いっだ‼」

「やかましいっ!」


 殴られた頭をこすりながらひどい暴力だー、不敬罪だーとぶーぶー言ってるレグに状況を考えろと冷たく言い放つ。お顔が赤いようですが大丈夫ですか?


 毎度のことながらウェルジオもレグの扱いが大概雑だ。

 これでいざという時は体を張ってても守ろうとするのだから男ってよく分からない。

 レグはウェルジオのことを親友と呼ぶが、親友というよりはむしろ悪友といったほうがしっくりくるような気もする。


「ほら」

「はい。……じゃあピヒヨ。今度こそお願い」

「ピ!」


 伸ばされた手をしっかりと握り、もう片方の手で寝台の上に投げ出されているセシルの手を握った。

 私の声に頷いたピヒヨがパタパタと飛んでセシルの額の上に着地する。


 次の瞬間、目がくらんでしまうほどの朱い光がピヒヨの体から溢れ、その眩しさに思わず目を閉じ……、私はそのまま意識を失った――――。




 ***




 パタリと糸が切れるように寝台に崩折れる二人の体を見て、レグは一人、無音となった部屋の中で小さくつぶやいた。


「……気をつけて……」


 一人になった途端、彼の紫色の瞳が苦しそうに歪む。


 本当は。


 本当は、自分も行きたかった。二人と一緒に。

 セシルの持つ歪みに、レグはだいぶ前から気づいていた。

 けれどそれを指摘することはしなかった。セシル自身がそれを望んでいないと分かっていたからだ。

 何か理由があるなら、それを無理につつくことはすまいと思って傍観していた。


 その結果がこれだ。


 セシルの心が闇の精霊に囚われたと聞いてどれだけ自分を責めただろう。

 もっと早く彼女の心の内を聞いていれば、こんなことにはならなかったんじゃないのか。

 あの二人を、大切な友人たちを、未知の場所に送り出すなんてことをせずに済んだんじゃないのか。


「俺がもっと、ちゃんとしてれば……」


 こんな思い、二度としたくなかったのに。


 思い出すのは去年の冬。

 真っ白な雪の上に横たわる、己を庇って血に濡れたウェルジオの姿。


 自分がついて行ったところで、できることなどないだろう。

 それどころかウェルジオの負担を増やすことになりかねない。

 彼にはアヴィリアを守ることだけに専念してほしい。

 だからレグは、ここで待つと決めた。


 セシルを連れて、三人で。彼らが無事に戻ってくることを信じて。




「どうか、二人をお守りください……。――――――――――……兄さんっ」



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