第56話 全ては共に在る未来の為に



「……なあ、ジオルド。私は、間違っていると思うか?」

「いいや。私が君の立場でも同じことをしただろうさ……」


 ロイスの心に渦巻く疑念。

 私は本当にあの子を護れているのだろうか。縛り付けて、自由に羽ばたくはずの翼を折っているだけじゃないのか。


 今回の契約であの二人を繋ぐ糸は完全なものになった。ピヒヨが飽きてしまえば、それで簡単に切れてしまうような細い糸だったのに。

 これからは違う。ピヒヨはアヴィリアこそを己の唯一と定め、二人を繋いでいる糸はどちらかが死ぬまで、もう決して消えることはない……。


 その事実が、ロイスには恐ろしくてたまらない。何度振り払っても、その恐怖は絶えず湧き出てきて吹雪のように吹き荒れ、この心を冷やしていく。


「怯えるなロイス……。アヴィリア嬢は芯の通った子だ。君が恐れるようなことにはなるまいよ」


 深くうなだれたロイスの肩を慰めるようにポンポンと叩く。それだけしかできないことが口惜しいが、少しでも心が軽くなることを願って。


「まだ不安なら……、そうだな。社会的な繋がりだけでなく個人的な繋がりも強くするというのはどうだ? 恋人なんかいいかもしれん。私も君も、若い頃は妻の存在に随分支えられたものだ。恋人はいいぞ。日々の活力だ。私が言うのもなんだがうちの息子なんかは特におすすめだ」


 はっはっはっ。

 暗い気分がちょっとでも晴れればいいとわざと軽い調子で話した。この親バカならきっといつものように「断る」とざっくり一刀両断してくるだろうと思って。


「…………」


 しかし返答は無言だった。これは以外。

 初めての反応にジオルドも思わず「おや?」と、訝しんで俯く顔を覗き込んだ。


「………………アヴィリアが望むのなら、考えないこともない」


 これはまた、珍しい言葉が返ってきたものだ……。と言いたいところだが。


「ロイス、そういうセリフはもっとそれらしい顔をして言ったらどうだ」


 鏡を見ろ。君の家にいる山賊顔負けの前国王現庭師のお方もびっくりの歪みっぷりだ。

 そんなジオルドの言葉にロイスは不快感を隠しもせず「ちぃっ!」と盛大な舌打ちで応える。見事に表情と言葉が一致していない。


「やれやれ。ようやく少しは子離れできたのかと感心したのに。結局それかお前という奴は……」

「ふんっ。余計なお世話だ。ならお前はセシル様の周りをうろつく男が現れても心穏やかに過ごせるんだろうな?」

「馬鹿言うな。そのときこそ我が家の権力がものを言う」


 しょうのない奴だとでも言いたげにため息を吐きながら頭をグリグリと撫で回していたジオルドは瞬時に表情を消すとその目に明らかな殺意を灯した。

 どの口が私を責めているのか。舌の根も乾かぬうちに力で黙らせる宣言とは。間違ってもこいつにだけは言われたくないと思うロイスは絶対間違ってない。

 これではセシルの恋人になる男も大変だ。なんせ王家につぐ権力を持つ筆頭公爵家だ。目をつけられたが最後次の日には国から姿を消している、なんてことにもなりかねんぞ。


(しかしそれを回避できるような家柄となれば、それこそ王家くらいなものだが……)


 確かに公爵家令嬢の嫁ぎ先としては妥当だ、妥当だが。それはつまり必然的にお相手はリオン殿下ということになる訳でして…………。


 いやいやいや、ないないない。


 ロイスは頭を思い切り振って脳裏に浮かんだ思考をすぐさま遥か彼方へとふっ飛ばした。

 あの二人が夫婦になるとか、そんなそんな。かたや行動力の塊のような愉快犯。かたや口より先に拳で語る武闘派令嬢だぞ。そんな二人が未来の国王と王妃……? そんなそんな、ないないない。ないないない。


 軽い気持ちで考えた内容のあまりの恐ろしさに寒気を感じて先ほどまでとは違う意味でぶるり震えた。めったなことを考えるもんじゃない。


 しかし彼は気づいてしまう。目の前にいる親友も同じく青い顔でぶるぶると震えていることに。

 察した。こいつ同じこと考えたな、と。

 心なしか胃の調子までおかしくなってきたような気がして、二人同時に懐の胃薬に手を伸ばす。

 何とも言えない微妙な空気が二人の間に流れていった。


 すると刹那、外から聞こえてくる騒がしい声がその空気を勢いよくぶち壊す。


「だからごめんってばぁーーーーっ!」

「待ちなさいこのバカ男! それで済むと思ってんの!? こんっっな大事なこと今まで黙ってたなんて! おかげで色々めちゃくちゃじゃないのよおぉぉぉぉっ!!」

「なんのこと!? いだ、いだいっ!」

「セシル落ち着いて! 相手一応王子様だから、ちょ、グーはマズい! さすがにマズいから!?」


 驚いて窓から外を見下ろせば、白く染まった冷たい冬の庭をものともせず、みっつの影が元気に走り回っているではないか。


「完っ全に想定外だったわ! そりゃストーリー通りに進まないわけよね! こんなのが堂々と動き回ってたなんて!!」

「こんなの!? 今こんなのって言った!? 俺王子様なのに!?」

「あんたなんかこんなので十分よ!」

「ひどい! アヴィ、妹ちゃんが虐めてくるよぉ〜」

「あっこら、しがみつくんじゃないわよ羨ま馴れ馴れしいわねっ!」

「わぁお。さすが妹ちゃん。こんなときでも本音はしっかり滲みでてるね」

「セシルっ、ほんとにマズいからっ!!」

「〜〜っうるっさいぞお前ら! ちょっとは静かに休ませてくれ!!」

「ひぇっ、すみませんっ!!」

「お兄様のほうがうっさいわよ」

「ジオー、病み上がりなんだから安静にしてなきゃダメだよー」

「誰のせいだと……っ!」

「すみませんほんとすみませんっ!」


 キンと冷えた空気の中、子供特有の高い声はそりゃもう響いた。あの様子では用意していた客間からずーっとあの調子で騒いでいたんだろう。これは屋敷中に知れ渡っている。

 ワイワイギャーギャーと凄く賑やか。

 部屋の片隅でウジウジ悩んでいるこちらが、いっそバカらしく思えてくるくらいに。


「……ふっ」

「ははっ、ははは」


 思わず視線を合わせて、ロイスとジオルドは同時に吹き出した。笑い声は徐々に大きくなり、次第に腹を抱えるほどになって最後には脱力してソファーに沈んだ。


 なんだってこうも揃いも揃って一癖も二癖もある子たちばかりなのか。

 唐突で無鉄砲で。大人はそれに振り回されてばかり。明るく元気なあの声に、存在に。掻き回されてばかり。

 本当に子供というのは厄介な生き物だ。さっきまであんなに感じていた不安さえ、その元気な声ひとつであっさりと消し去ってしまう。


 あの子たちの声を聞くだけで。楽しそうに笑いあっている姿を見るだけで、不安などいくらでも振り払ってしまえる。


 まったく情けない。これではどっちが護られているのかわからないじゃないか。


「…………私があの子を見守る日々は、あとどれくらい残っているだろうな……」

「ずっとだろう。親にとって子供はどこまで行っても結局子供だ。手を伸ばさずにはいられないさ」

「はは、違いない」

「だが子供のほうは違うぞ。とくに娘はな。いつか必ずこの手を離れていく」

「……ああ、そうだな」


 たとえどれだけ頑丈で居心地の良い鳥籠を作ったとしても、必ず羽ばたいていくときは来る。



 いつか。

 いつか、あの子にも出来るのだろう。己の唯一と想う者が。

 どんなときも共にあり、背負うものを分かち合いながら一緒に悩んで、笑って、幸せを感じ合う。そんな、心を寄り添わせる相手が。

 ただ一人の特別の隣で、美しく輝く日が。

 安心して翼を休めることのできる、生涯の止まり木を見つけるときが。


「情けないが、泣かない自信がないな」

「安心しろ私もだ」


 視線を合わせて再び笑い合う。この親友とはそんな想いまで分かち合うことになるのだな。


 ならば、せめてそれまでは。その日が来るまでは。このまま護り続けていてもいいだろうか。

 大切な大切な宝石を、託すことになる誰かが現れる日まで。


 その日までは、まだ。籠の鍵はこの手の中に収めていても……。




「まぁ少なくとも私より弱い男は認るつもりはないがなっ」

「待て。王国騎士団将軍より上の男がそうそういるか?」


 端から認めるつもりないだろうそれは。


「何を甘っちょろいことを。今のアヴィリアには私よりもよほど厄介な番犬精霊がついているんだぞ? 私一人を黙らせられないようでどうする」


 そういやそうだった……。

 宝石を手に入れるための防壁のあまりの分厚さにジオルドは思わず頭を抱えた。

 近い将来、その壁の前で絶望するだろう愛する息子が本気で不憫でならない。


 とりあえず、何があっても死ぬことだけはしないように改めて鍛えなおそう、と密かに心に誓うジオルドだった。








―――――――――――



これにて第二章完結になります!


一章中盤あたりから話の方向性が決まり、あれが書きたい、これが書きたいという場面の構造がずっと頭の中にありました。

ピヒヨの正体とかウェルジオの自覚とかレグとか(笑)

なんとか形にできたという感じでいっぱいです。

ストーリーとしては次の第三章で最終章の予定なのですが……、



これで終わりだというのが頭にあるからなのか、なかなか構想がまとまりません(・・;)

どうしよう……。

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