第48話 朱い鳥の奇跡
突然、頭の中に響いた幼い子供の声。
聞き覚えのないはずのその声は、何故かとても耳に馴染んで、不思議と安心感があった。
まばゆい光が突如視界を覆う。
まるで炎のように朱い、けれど決して熱いとは感じない、不思議な暖かい光。そのあまりの眩しさに私は思わず目を閉じる。
そうして再び開いたそのときには……、腕の中にいつもの小さな小鳥の姿はなかった。
ばさりと風を切る羽音をひとつ。
ふわりと揺れる長い尾をなびかせて、私の身長よりも大きな朱い鳥が、目の前に悠然とたたずんでいた。
「……は、」
思いもよらぬ光景に脳の生理は追いつかず、口を開けて呆けたままの私の頬に、朱い鳥がすり、と頭をすり寄せた。
その仕草に既視感を感じる。
「…………ピヒヨ、なの……?」
「ピィ――」
応えるように一声鳴いて頷いてみせる姿は、まさに自分の知っている小さな小鳥の姿そのもの。
そして朱い鳥――――ピヒヨはふわりと飛び上がると、そのままベッドで横たわるウェルジオの枕元に静かに降り立った。
その様を見ても、状況についていけない私たちには何も言えずに呆気にとられていることしかできない。
そんな周囲の様子など気にもせずに、ピヒヨは目を閉じたままのウェルジオの頬に一度頭をすり寄せると、傷口に顔を寄せて――――――ポタリとひとつ、涙を落とした。
そこからの出来事を、何と言えば良いのだろう。
水面を漂うような柔らかな光が、波紋のように揺らめいてウェルジオの身体を優しく包み込む。
全身に染み渡るように漂うその光は、吸い込まれるようにウェルジオの身体の中に入って行き、……やがて消えていった。
ほんの数分、もしかしたら数秒にも満たない時間のなか、誰もが呼吸を忘れ、ただただその光景に魅入っていた。
それはまさに、奇跡としか言い表せないものだった。
「今のは……」
一体何だったのかと、誰かが言葉を放つよりも先に。
「…………、ぅ」
消え入りそうな微かな呻き声が、ウェルジオの唇から漏れた。
聞き間違いかと思ってしまいそうなほどに小さな声だったけれど、確かに全員の耳に届いた。
白かった面差しに朱が差している。今にも途切れてしまいそうだった小さな呼吸音は、いつのまにか大きく、長くなっていて。
沢山の瞳が見つめるなか、ふるりと揺れた瞼の下からのぞいたアイスブルーの瞳には、確かな輝きが宿っていた…………。
「――――――――ッレグ!! 無事だったのか!? どこも怪我なんてしてないだろうなっ!?」
くわっと目を見開くと、ほんの少し前まで瀕死の状態だったとは思えないほどの俊敏な動きで身体を起こしたウェルジオはレグの肩を掴むと思いっきり前後にぶんぶんと揺さぶった。
想像だにしなかった予想の斜め上を行くその光景に全員思わず思考が停止。あまりの状況に流れていた涙さえ引っ込んだ。さらに加えるのなら全員の目がもれなく点になっている。
「……? なんで僕はここにいるんだ? 父上、ヴィコット伯爵までご一緒で……。一体どうしたのです?」
しばらくの間レグを揺さぶっていたウェルジオは、そこが森ではなく父が治める自領の屋敷だということに気づくと、その違和感に首を傾げて問いかける。
その呑気な姿にようやく停止していた思考の硬直が解けた。
「〜〜〜〜っばかあああぁぁああぁぁぁっ!! 無事じゃなかったのはジオのほうなんだよおおぉぉーーーーっ!!」
「うわああぁーーーーんっ!! おにいさまのばかあぁぁ! ぶわあぁかああぁーーーーっ!!」
「いだだだだだだだだぁっ!?」
血のにじむ包帯が巻かれた上半身に、一度引っ込んだはずの涙を滝のように流しながらレグとセシルが思いっきり飛びついた。
加減も何もない全身全霊の突撃のおかげでウェルジオの口からは痛ましいほどの悲鳴が上がる。
慌てた公爵様とお父様が二人を引き剥がさなかったら、いつまでもそうして力の限り抱きしめていたに違いない。
気持ちはわかる。あれだけの状況だったのに、そんな呑気な言葉返されたら、そりゃあプチっときちゃうよね。
でも怪我をしていたのは確かなんだから、もっと気を使ってやんなさいよ。せっかく目を覚ましたのに、またベッドの上にうずくまってしまったじゃないの。相変わらずこの二人に振り回される人ね……。
(…………あれ。何だろう、この状況)
だって、さっきまでみんなお通夜みたいな顔してたのに。
絶望を奏でるような涙声が部屋中を満たしていたのに。
いつの間にか。いつものように、セシルとレグが場を引っ掻き回して。いつものように、その余波がウェルジオに降りかかって。いつものように、お父様と公爵様が頭を抱えて。
いつの間にか、こんなにも。いつも通りの騒がしさが戻っている。
絶望の音も悲痛な声もない。
いつもと同じ。幸せで、賑やかで、ちょっとだけ困っちゃうような。けれどそれさえも楽しいと思ってしまうような、そんな日常の世界が。
「っ、ふふ……」
たまらないほど、泣きたくなるほどに嬉しくて、眩しい。
いつもと同じ
その事実に心の底から安堵して、私は思わず笑った。
「……なんだ、また泣いてたのか」
そんな私に気づいた彼が訝しげに声をかけてくる。
「え……」
「目が赤い」
上から目線で放たれる強気な言葉が如何にも彼らしい。
いつだったかも同じことを言われたなと、ふと思う。もう二度と、聞くことはできないかもしれないと思ってしまったその声。
…………なのに、なんでだろう。
嬉しいはずなのに、喜ばしいことのはずなのに。
投げかけられたその言葉は、あまりにも変わらなすぎて、いつも通りで。
嬉しいはずなのに。
なのに。なんでだろう。
何かが頭の中でプチリと切れた気がした。
「――――……っ、誰のせいだと思ってるんですかっ!!」
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