第43話 それは全てに染まる色
ティーポットの中でじっくり蒸らしたローズマリーティーを静かにカップに注ぐ。
その中にすりおろした生姜を少しとティースプーン一杯ぶんの蜂蜜を入れてクルクルとかき回す。
「ふぅ……、あったまるわぁ」
「ぴふー」
寒い冬にはコレが一番。
生姜と蜂蜜はハーブティーとの相性も抜群。体を温める効果もあって、冬には最適なハーブティーの楽しみ方。
「静かねぇ……」
「ピッチュ……」
二人……否、一人と一匹の声が静まり返った室内に響く。
扉の向こうからは使用人たちがパタパタと働く音がかすかに聞こえるが、それもごく小さな生活音。
ウェルジオ率いる討伐隊が森に向かって出発してすぐ、新年は自領で迎えるんだと言ってセシルも王都を立っていった。
ウェルジオが向かった森はバードルディ領に近いということもあるし、なんだかんだセシルも彼が心配なんだと思う。
さらに驚くことに、討伐隊にはレグも同行しているらしい。
『いやだって熊肉とかめったにありつけないよ? これを黙って見逃す手はないでしょ! たとえ火の中水の中草の中森の中あの子のスカートの中! 新鮮な熊肉ゲットしてくるから帰ったら熊鍋パーティーしようねっ!』
というのが出発前の奴の証言である。
確かに熊肉とかお目にかかったことないし、興味あるっちゃあるけど。さすがに生肉のお土産は遠慮した。そもそも熊肉とかどう調理すればいいか知らないし。
というか最後。実際にやったら世間的にアウトだぞ。おまわりさんコイツです。
「こんなに静かなティータイム、なんだかすごく久しぶりだわ……」
そしてこの二人が同時にいなくなったことで、ここ数日私の周りは極端に静かになった。
それがちょっと寂しい。
あいも変わらず私が友人と呼べる人物はセシルとレグの二人だけなので、この二人がいないと私は途端にぼっちである。イッツロンリー。別に泣いてなんかないやい。
「……私、こんなに寂しがり屋だったっけ……?」
“前”は、一人の時間を心から楽しんでいたように思う。
のんびりまったり、自由に過ごす時間が好きだった気がするのに。いつから変わってしまったのか。
それもこれも、我が家にちょくちょく訪れる賑やかな友人二人のせいだわ。
すっかりその賑やかな空気が私の日常になってしまった。
窓の外を見上げれば、白い雪が再びちらつき始めた。
この景色が、自分はけして嫌いではなかった。冬独特のシン、とした空気を感じながら、暖かい部屋の中で温かい飲み物を傾けつつ、窓の外の白い景色を眺めるのはとても好きだった。
なのに、どうしてか今は。
全てを覆い尽くすほどの白に、無性に心細さを感じてしまっている。
「ウェルジオ様は、ご無事かしら……」
彼のことが気になった。
視界の端で、ひらりはらりと雪が降る。
それはまるで舞うように――――――、散るように。
緑の木々も、灰色の地面も、人の残す足跡さえも。全てを真っ白に染めあげて。
そんな白い世界で、彼が今も剣を振っているのかと思うと、何故だか胸が締め付けられる思いがするのだ。
「……ダメだわ。思考が完全にマイナス……。これもぼっちでいるせいかしら……」
「ぴ!? ピー、ピピィーーっ!!」
「ああ! ごめんごめん。そうよね、ピヒヨがいるもんね。一人じゃないわよね」
「ぴ!」
忘れないでよとでも言うように、バタバタと存在を一生懸命主張する小鳥の小さな頭を苦笑しながら指の先で撫でた。
ふわふわもふもふした感触に、強張っていた心も緩やかにとけて行くような気がする。
素晴らしきかなアニマルセラピー。
(不安になることなんてないわ。お父様もお母様も、国の兵士は優秀だって言ってたし。セシルだって、無事に帰還することを疑ってもいなかったもの)
「ウェルジオ様も、レグも、早く帰って……元気な顔を見せてくれるといいわね」
「……ぴ」
「あらあら」
二人の名前を聞いた途端、わかりやすく表情を歪めるピヒヨ。
「アヴィが好きだから、近づく男にヤキモチ焼いてるのよ」と、いつだかセシルが笑いながら言ったときは、まさかそんなと笑いとばしたものだけど。
二人の名前にだけピンポイントで反応するところを見ると、あながち間違いではないのかもと、そんなことを考えてまた笑ってしまった。
ぶすくれた薄桃色の頬を撫でるように指で突きながら、もう一度視線を窓の外に向ける。
二人が帰ってくる頃には、この雪も止んでいればいいなと、思いながら。
ひらりはらりと、雪が降る。
まるで舞うように、散るように。
――――――地上のすべてを、空気すらも、白く染め上げて。
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