第28話 バードルディ公爵からの手紙
「お嬢様、お嬢様宛に手紙が届いております」
「私に? どなたから?」
「バードルディ公爵からです」
「え"」
***
『やあ、アヴィリア嬢。久しぶりだね、息災かな?
遅くなったが、お店の開店おめでとう。うまくいっているようで何よりだ。』
公爵様から私宛に直々のお手紙なんて一体何事かと、失礼ながら少々身構えてしまったが、内容は無難な挨拶から始まっていた。
『先日いただいたお手製のブレンドティーは実に美味しかった。
お店で買えないのが残念だよ。』
「……あ、良かった! 気に入ってもらえたのね」
少し前、私はバードルディ公爵宛にカモミールを使った手製のブレンドティーを送った。
紅茶の葉をベースにカモミールと少々のミントを加えて作ったそれは、すっかりカモミールティーを愛用してくれているお父様用に作ったものだったんだけど。
それを知ったバードルディ公爵も欲しがっていたと言う話を聞いたものだから、ハーブの件で色々とお世話になったこともあり、先日感謝の意も込めて送らせていただいたのだ。
ベースが紅茶だから、もちろんそのまま飲んでも美味しいし、蜂蜜を和えても、ミルクを和えても美味しくいただける。
これなら色々アレンジができて楽しめると思ったのよね。
喜んでくれたようで何よりだわ。
『私は今、視察を兼ねて息子とともに自領の方に戻ってきているのだが、バードルディ領は海があるからね、この季節は暑いがとても快適に過ごしているよ。
穏やかな波の音を聞いていると、疲れも吹っ飛ぶ気がするよ……。
この視察にはセシルも誘ったんだが、ローダリア様との稽古がありますからと見事に振られてしまってね……。
年頃の娘らしく海辺で遊んでほしかったんだが……、うまくいかないものだね。
そんな時は君にもらったカモミールのブレンドティーをいただいているよ。
これを飲んでいると疲れた心に染み渡るようで、実に助かっている。』
おおっと……、何やら不穏になってきたぞ…………?
手紙の文面からも、公爵を襲うストレスが滲み出ている気がする……。
すっかり武闘派令嬢になりつつあるセシルを、なんとか元に戻そうと公爵はあの手この手でセシルの気をそらそうとしている。
それには息子のウェルジオも手を貸しているようだが、残念ながら今のところ何の効果も見られていない……。
そんな二人は少し前から自領の視察へと出かけていて、屋敷を留守にしているのだが、視察のお供をブッチした当のセシルは「いつも何かと理由をつけて邪魔する二人がいない今のうちこそ、鍛えて鍛えて鍛えまくるチャンスなのよ!」と、ここぞとばかりにお母様のもとにやってきては、鍛錬に明け暮れる日々を続けている。そして、そんなセシルの姿に見事に刺激されたお母様も現役時代を思い出して訓練を始め、それに比例するようにお父様が胃を痛める回数が増えるという、とんでもない流れを生み出している。
一番の被害者はうちの父ではないだろうか……。
『ときにアヴィリア嬢。
今回、君に手紙を出した理由だが、実は視察の最中、領内で香りの強いある花を見かけたんだがね。
残念なことに私は花に詳しくないもので、何という名前なのかも分からなかったんだが、もしや君の好きな部類なのではないかと思い、こうして連絡を取っている次第だ。
手紙に添えて送るよ。
君の喜ぶものであると良いのだが……。』
「花?」
「お嬢様、手紙と一緒にこちらが……」
テラがそっと差し出す一輪の花。
一般的な花とは違い、ひらりとした花弁はないが、鮮やかな紫色が束のように連なり、少し離れていてもわかるくらいに柔らかく爽やかな香りをまとわせている。
「ラベンダーだわ!」
その花を、もちろん私は知っていた。
ハーブとしてはもとより、インテリアの材料としてもよく使われる。
夏の初め頃には旬を迎えるその花は、高い安眠効果と消臭効果を持つもので、前世では毎年大量に積んで大量のポプリとサシェを作ったものだ。
それをクローゼットの中や枕の下に忍ばせて使う。
(そうだわサシェ! お店の新商品にどうかしら! 薔薇と一緒に2種類作って……)
クローゼットの中に入れて使えば、消臭効果とともに衣類にかすかな香りをまとわせることもできる。ささやかながら香水のマネごとだ。うん、いいかもしれない。
『もしも君のお眼鏡に叶うものであったならば遠慮なく言いなさい。
お茶のお礼に、是非送らせてくれ。
――――――ジオルド・バードルディ』
まじですか公爵様。
正直またお父様に頼んでみるしかないかと思っていたので、この申し出は素直にありがたい。
「テラ! すぐにレターセットを持ってきて、急いで公爵様に返事を書くわ!」
「かしこまりました」
久々に手札が増えそうだ。
ラベンダーは鎮静効果、安眠効果にとても優れていて、心身をリラックスさせるハーブとしては代表格。
使い道もいろいろあるから、お店の新商品としても十分に使える。
(ハーブティーは当然作るとして……、ポプリ、サシェ……。男性だとあまり需要ないかしら……。なら、安眠グッズとか? アイピローなら作れそうだし、二人が使ってても問題な……)
………………。
(何故かしら……。さっきから主な使い道の先が、お父様と公爵様しか思い浮かばないわ……)
それは彼らが光きらめくストレスの星の住人だからでしょうか……。
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