第20話 そういえば忘れてました

 


 レグの言葉に悩んでいると、その声で彼の存在を認識したお父様が目を見開いて驚きの声を上げた。


「ちょ、はぁ!? なんでここに!?」

「お邪魔してます」

「何で娘の部屋にっ!?」

「お邪魔してるからです」

「そうじゃないっ、10人の見張りたちは? 選りすぐりの奴らを集めたと聞いたのに!?」

「今頃必死こいてもふもふたちを追いかけ回してることでしょう」

「あれほど……、あれっほど! 大人しくしてろと言われてるのに……っ!?」


 がくがくと揺さぶられてもレグはいたってどこ吹く風。


「……お父様、レグを知ってるんですか?」

「ああ、まぁ……」

「わしの孫じゃからな、何度も会っとる」


 それはつまり彼の斜め上にぶっ飛んだ性格も熟知している、と。

 なるほど理解した。


「私、ルーじぃに孫がいるなんて初めて知ったわ」

「そうじゃったかな? 元々は体の弱い子で、外に出ることもなかったからのぅ」


 今では見間違えるほどたくましくなったと感慨深そうに頷くルーじぃだが、それに比例するように被害者が生まれていることはいいんだろうか……。


「アヴィリアの体調も良さそうだし、名残惜しいけど、俺はそろそろ帰るよ。伯爵の胃が痛み出したみたいだ」

「それはありがたいわ。最近ダメージを受けてばかりなの」


 背後でうずくまる父の姿に心労の度合いが伺える。カモミールティーを催促してくる頻度が徐々に増えつつあるのが娘はとても心配です。


「君との話はとても楽しかったよ、……また来てもいいかな?」

「こちらこそ……。いつでもいらして」


 関わりが今後も続くのならこちらとしても嬉しい限り。

 多少アグレッシブなところはあれど、彼と過ごす時間は私にとっても楽しいものだ。

 彼の前でだけ、私は『咲良』に戻れる。


 けどこの言い回しは、そんな内情を知らない者からすればちょっとよろしくなかった。


「ちょ、待ちなさいアヴィリア。何かな? その意味ありげな会話は……!?」

「ほほう、さすが我が孫」

「言ってる場合ですか! 異性を頻繁に屋敷に招くなんて……っ」


 途端に慌てだすお父様と、何やら楽しそうにニヤニヤ笑うルーじぃ。

 父の言葉にそれもそうだと納得していると、天然クラッシャー・レグによる爆弾が投下される。


「俺は彼女にプロポーズした身なので、むしろ堂々と会いに来ても大丈夫なのでは?」

「は?」


 ビシリと空気に亀裂が入るような音が聞こえた。


「あ、忘れてた」

「は!?」


 そういえば会ってすぐそんなこと言われたっけ。その後立て続けに続いたまさかの事態にすっかり忘れてたわ。


「うわ、酷いね。一世一代のプロポーズをあっさり忘れてくれちゃうんだ」

「そうは言うけど、どうせコロッケ食べたいとか、から揚げ食べたいとか、そういう理由でしょ?」

「だってうちの料理人はそんな頻繁に作ってくれないんだ。油ものばっかりはダメだって言ってさー」

「それはその料理人が正しいわよ」

「待て待て待てっ!! パパを置いて普通に会話を進めるんじゃありませんっ!」


 お父様の顔は真っ青を通り越して既に土気色。


「アヴィリア、早まっちゃいけないよ。世界にはもっと素敵で常識的でまともな男が沢山いるんだからね? 悪いことは言わないから、こいつだけはやめなさい。ね?」


 本人と祖父がいる前でよく言えるわね……。肩を掴む手が痛いわパパン、目がマジよ。


「そんなんじゃないわお父様。レグはただ私の作ったものを食べたいって言ってるだけよ」

「でもほら。遠い国の言葉には「胃袋を掴む」なんてのもあるくらいだし。そこから始まる関係ってのも悪くないんじゃないかなー?」

「――――――――〜〜っ!?」


 そこ、余計なこと言うな。お父様の顔がムンクみたいになったじゃない。

 日本のことわざをいいように使うんじゃありません。


 まあ、たしかに。私は今十二歳だし、貴族の令嬢としては婚約者がいてもおかしくない年頃ね。

 将来を約束した仲だって言うなら、別に二人で会っていてもおかしいところは何もないだろうけど……、それ絶対とってつけた理由でしょ?


「というわけで伯爵。お嬢さんと料理セットで僕にください!(キリッ)」

「おととい来やがれっ、バカガキがああぁぁーーーーっ!!」


 天を突くような大声が屋敷中に響いた。



 渾身の力で部屋から蹴り出されたレグは、ルーじぃによって回収され、そのままヴィコット邸を後にした。

 首の後ろを捕まれて運ばれながらも「また来るよー」とのんきに手を振る姿は実にたくましい。あれは近いうちに隙を見てまた来ると思う。


 厨房から大量の塩を持ってきたお父様が玄関先にどさどさ振りまいていたが、仮にレグが悪霊の類であったとしても多分やつはケロリとしてるに違いない……。

 というかそれ、土が死ぬからやめてほしい。


 父と孫、両方の性格を理解しているルーじぃは、始終やれやれといった顔をしていた。


 それにしても首の後ろを掴まれて運ばれていくレグの姿は、悪さをしてしょっぴかれる猫みたいでちょっぴり可愛らしかった。




 ……なんてことをうっかり口にしてしまった私は、またいらん心配をしたお父様に外見詐欺云々常識的な人間とは云々と長々と語られる羽目になってしまいました。


 父にここまで言わせるって……。やつは本当に何をやらかしたんだろうか。


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