第30話 だってファンタジーだから
「ペパーミントでしょう……、レモンバームにローズマリー、
夏の最中。世の令嬢たちがお屋敷の中で優雅に暮らしているであろう時期に、私はあいも変わらず空調の効いた温室にこもってハーブの世話に勤しんでいた。
きらめく宝石や華美なドレスではなく土に植えられた葉っぱを眺めて過ごす日々です。
(手札としてはまだまだ全然だけど、始めたばかりでこれだけ揃えば上々よね)
摘みたてのカモミールの香りを嗅ぎながら私はほうと息を吐いた。うん、いい匂い。
「思った通り、あの森には行って正解だったわね……」
先日、父は仕事の休みを利用して約束通り森に連れて行ってくれた。自分はもとより沢山の従者を引き連れて。
その光景はただの森歩きとは思えないほどの仰々しさだった。森に着くまでの街中ではやたら人の視線が痛かった。とはいえ行きたいとわがままを言ったのは私なんだから文句は言えないし……。
しかし、多くの人手があったおかげでハーブをたくさん持ち帰ることができたのは有り難かった。新しいハーブを見つけても持ち帰れなかったら何の意味もないしね。そう言う意味では結果的に人数がいて助かったとも言える。
「こればっかりは彼らのおかげよね……」
「ぴっ!? ピィーっ! ピピーーーーっ!」
「ああ、ごめんごめん。ちゃんと分かってるわよ。あなたも手伝ってくれたものね、ピヒヨ」
「ピィ!」
まるで「忘れないでよ!」とでも言うように鳴いたあと、私の周りを小さな羽根でパタパタと飛び回っていた桃色の小鳥は慣れた様子で私の肩の上にちょこんと座った。
ふわふわの体毛とぽてっとした丸い体躯。後部から伸びる長い尾羽は所々黄色や緑がかっている部分があり、光の当たり具合によっては虹色に輝いているようにも見えてとても綺麗だ。
小さな頭を指の先で撫でれば、気持ち良さそうに自ら頭をこすりつけてきた。その姿が前世、家で飼っていた猫のそれと重なって思わず口元が緩む。
(和む……)
ところでこの小鳥さんだが。実はセシルの誕生日の日にバードルディ邸の庭で猫から助けたあの小鳥さんだったりする。
なんでこの子が今もここにいるのかといえば、手当てをしたあとも何故か私のそばから一向に離れようとしなかった為だ。そのせいで仕方なく屋敷まで連れ帰ることになってしまった。
そしてそのまま居座ってしまったという……。
何度か外に出て空に離したこともあったんだけど、数回飛び廻ったあとはくるりとリターンして結局戻ってきてしまう。
「あなたお家に帰らなくていいの……?」
「ピ!(コクリ)」
「…………お母さん心配するんじゃないの?」
「ピッチュ(ふるふる)」
「………………名前はピヒヨとかどうかな?」
「ピピピィーーーーっ!! (パタパタ)」
「………………………………」
――――会話が成立している、だと……!?
あれ? 今私の目の前にいるのはただの小鳥じゃなかったの? 実は小鳥の姿をした別の何かなの? それともこの世界の鳥はみんなこうなの!? そうなのファンタジー!?
その時全身を走り抜けた衝撃と言ったら雷に打たれたなんて生易しい表現じゃとても収まりきれないものでございましたよ。ファンタジー恐るべし。
閑話休題。
とまあそんな経緯を得て、何故か人の言葉を理解することができるやたら頭のいい小鳥さんはそれ以来ずっと私と一緒で、今では私の肩か頭の上がこの子の定位置になってしまっている。
猫から助けたことで恩人認定でもされたのかしらね?
そして、せっかく元気になったのだからと、先日の森歩きにもこの子を連れて行ったのだが……。
そこでまさかのミラクルが起きた。
「まさか探していたハーブを君が見つけてくれるとは思わなかったわ……」
「ピッピィ!」
えっへんと言わんばかりにふんぞり返る小鳥の姿に、私はほんの数日前のことを思い出して、頭痛のする頭を押さえた。
***
「アヴィリア、君が探しているのは匂いの強い野草……ということでいいのかな?」
「草だけではありませんわお父様。ものによっては花を咲かせるものもありますし、薔薇のように花自体が使えるものもあります」
「…………以外に範囲が広いですね」
一緒に来ていた従者たちの肩が見るからに下がった。前後左右緑に囲まれた森の中では、この条件は確かに果てしないものね。
(でも、ハーブのことをよく知らないこの世界の人たちには他に説明のしようがないし……)
うむむ、と悩んでいたら、それまで私の頭の上で大人しくしていたはずのピヒヨが突然羽を広げて飛び上がった。
「ぴぴぃ!」
「ピヒヨ!? 待って、どこ行くの!」
一直線に何処かを目指して飛んでいく小さな小鳥の姿は油断しているとすぐに森の景色に溶け込んでしまう。
私は慌ててその後を追った。
そうしてどれほど進んだ頃だろうか。ピヒヨが降り立ったのは真っ白な花びらを揺らす小さな花の元だった。
「ピッピ! ピッピィーー!」
“こっちこっち”とでも言うように、楽しそうにくるくると飛び回る。
…………そう。真っ白な花を咲かせる、カモミールの、花の上、で。
「ピッフー」
その光景に私思わずお口があんぐり。
そんな飼い主の心情も知らず一仕事終えた感満載の小鳥はどんなもんだいとばかりにふんぞり返る。
「……………………ふっ」
アヴィリア・ヴィコット十一歳。
前世の記憶を取り戻して早一年が経ちますが。時折垣間見えるこのファンタジーさには慣れたつもりでいたようでまだまだ詰めが甘かったようであります。
私ったらあまりのことに思考回路がショート寸前☆
ああ、ファンタジー。本当になんて恐ろしいんでしょう。現代人の常識感をあっさりと超えてくれやがるわ。
ふふ。だけど私は知ってるの。こんな時とっても役に立つ素敵な魔法の言葉があることを。こういう時はね、その魔法の言葉を心の中でそっと唱えればいいのよ……。
(ここは異世界、ここは異世界、ここは異世界、ここは異世界、ここは異世界…………っ!!)
とっても便利なこの言葉は唱えるだけであら不思議。理解不能な出来事も不可思議な現象も「まあ、ありかな?」と思わせてしまう素敵な追加効果を持っている。だってファンタジーだからね。
理屈で考えてはいけない。
それがこの異世界で心穏やかに過ごす一番の秘訣なんだって、一年の間に私はしっかり学んだのよ。
だってファンタジーだからねッ!!(二回目)
***
「ピー、ピィ?」
「ん? これはね、薔薇の花びらよ。これから水分を飛ばしてカラカラに乾燥させるの」
「ピィッ!」
沢山の薔薇の花びらを並べたザルを風通しの良い日陰に並べていく。その隣には同じように乾燥待ちのローズマリーが逆さに吊るされて並んでいた。
これらは全てハーブティー用に使用するものだが、行き先はすでに決まっている。
高い美容効果を持つ薔薇と同じように、老化を防ぐ作用を持つローズマリーもまた、若返りのハーブとして古くから女性の間で愛用されてきた。
母ローダリアの最近のお気に入りとなっているこれらの品々は、母の口コミにより私の知らぬ間に貴族の婦人仲間に着々と広がってしまっていて、自分にも売ってほしいという注文が後を絶たない。
しかしこれに関しては問題がひとつある。
ローズマリーはともかく、薔薇の花には限りがあるのだ。
ハーブティーに使用することができそうな薔薇は、現状ルーじぃが育てている薔薇だけ。そのため毎回彼にお願いして薔薇の花を分けてもらっているのだが、観賞用に植えられている薔薇をこれからも頂戴するというわけにはいかないだろう。
(何か対策を考えないと……、やっぱり自分用にこの温室で薔薇も育てるべき? 今年は無理でも、来年からはそれで使えるようになるかしらね……?)
「ぴぴぴー?」
うんうん唸っている私の肩で同じようにピヒヨが首をかしげた。
(……和む)
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