第11話 あなたは私の……



「…………暑」


 空に昇る太陽がどんどん熱を帯び、少し動くたびに身体に汗がにじむ。

 アースガルドは夏を迎え、おかげで最近は厨房で火を使うのもだいぶきつくなってきた。


「お嬢様、変わりましょうか?」

「大丈夫よ、もう終わるわ」


 コトコトと煮詰めている鍋の中身から熱い熱が立ち込めて肌を刺激する。


 この世界で過ごす二度目の夏。

 記憶を取り戻してもう一年近くが経つのね、早いものだわ。


「よし、後は熱いうちに瓶に入れて、空気が抜けたら完成!」


 ところで突然話は変わりますが。

 実は夏といえば、アヴィリアにとっては欠かせない大事なイベントがあるのです。


 私の大切な無二の親友。セシル・バードルディの誕生日が。


 親友の誕生日に張り切らないわけがありません。なんせ言うまでもないかもしれないけど今まではいっっさい、なんっっにも。渡してないからね。

 セシルはちゃんと毎年くれたのに! まったくアヴィリアってば罰あたりな。


 そんな自分に見切りをつけずにいてくれた親友には本当に感謝しか感じない。アヴィリアはいっぺん本気で彼女を褒め称えて崇め奉るべきだと思うよ。


 そんなわけで、実はセシルへの誕生日プレゼントはこれが初めてなのだ。力も入るってものよね。

 かといってヘタなものは渡せないし、でもせっかくなら私ならではの物を贈りたいとも思う。


 そしてあれやこれやと頭を悩ませて決めた一品は……。


「いかがですか?お母様」


 母の手が口元に運んだティーカップをはなし、味わうように、その白い喉元が動いたのを見計らってから私は問いかけた。

 気分はすっかり試験結果を言い渡される前の学生のそれだ。

 ドキドキドキ。胸の前で握りしめた手のひらに知らず力がこもる。


「とても美味しいわアヴィリア。それにとても素敵よ」

「ありがとうございます!」

「ふふふ、これならセシル様もきっと気に入って下さるわ」


 小さなガラスの小瓶に詰められた、鮮やかな色合いのそれは、私お手製の『薔薇のジャム』。

 お母様に飲んでもらったのは、それを使ったロシアンティー。



 ほんの数日前、プレゼントをどうしようかと考えているときに、ふと目に留まったのは、我が家の庭に咲いていた見事な薔薇の花。


 庭に咲く花の中でも一際目につくその花は、母ローダリアの一番好きな花で、ルーじぃの愛情と手間をかけて大切に育てられ、毎年綺麗な花を咲かせてくれる。

 なんといっても凄いのは農薬等を一切使っていないという所だ。


 それに思い至った時に、桜の塩漬けと同じように前世で作った薔薇のジャムの事を思い出した。


(薔薇は目の前の花を使えるし……、他の材料も問題なさそうだし……)


 こうして、私の心は決まった。

 お母様のお墨付きも無事もらえたことだし。セシルも気に入ってくれるといいんだけど……。


「喜んでくれるといいわね」

「はい!」


 春にあった私の誕生日には、セシルは自分と色違いの寝巻をプレゼントしてくれた。

 友達と何かをお揃いにするなんて久々すぎて、気恥ずかしい気もしたけれど、それでも嬉しかった。


『これで寝ているときもアヴィとお揃い……おそろい、オソロイ……。ふふ、ふふふふふふふ……』


 でも最近たまにセシルが何を言ってるのか理解できない時があるんだけど……。

 最初は私も何かお揃いのものを返そうかとも思ったけど、二番煎じな気がしたのであっさり断念。

 セシルはそれでも喜んでくれると思うけど、私が納得できない。

 私はセシルが思っている以上にセシルが大事だし、何より本当に感謝している。



 セシルは元々『アヴィリア・ヴィコット』の友人だったから。


 セシルが友人として過ごしてきたのは今のアヴィリアじゃない。

 性格も口調も雰囲気も。記憶を取り戻したことで全てががらりと変わってしまった。

 にもかかわらず、セシルの態度はまったく以前と変わらない。

 今のアヴィリアを普通に受け入れてくれた。

 それが何よりもうれしかったなんて、きっとセシルは知らないだろうな……。


 セシルがアヴィリアの友人で良かった、なんて思うのは不謹慎かもしれないけど。

 私はこの巡りあわせにとても感謝している。


 そんな友人が、この世に生を受けた日。

 生半可な贈り物なんてできるわけないじゃない。

 本当なら、贈り物なんてものには収まりきらないくらい、私の伝えたい『おめでとう』は大きいのだから。



 きっと、セシルが思ってくれる以上に。

 私はセシルが大好きだから。


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