第二話 青波ストーカー事件簿
2-1 思春期的【すっごいモノ】の正体
― 学園長の言葉によって波乱の幕開けとなった高校生活…。そんな彼らの青春は、その約一ヶ月後、少し汗ばむ陽気となった五月中旬より始まる…!
「これどうよ、すっごくね。」
席が前の男子、
あ、うんすっごいねーこれ。
だろだろ、すっごいよな。
こ、れ、は…すごい…ですね。
何がすげーんだよ・・・。
生唾をゴクリと飲み込んだ俺だったが、女子、特に早見に見つかると、この先数百年は馬鹿にされそうだと思って、極力視界にいれないようにしていた。
― 思春期!
それは何事においても、またなにがなんでもいかがわしい方向に考えが至ってしまう、男子なら誰もが通る道だ。…いや俺そういうの興味ないから、…俺友達といる方が楽しいから、…女子怖いわ、などと虚勢を張る男子も皆等しくこの時期を経験し、その全く理解できない好奇心と世間体とのせめぎ合いに悩まされるのだ。そして本作の主人公坂上も、主人公とは言えど、そんな平凡な男子のうちの一人であることに変わりはない…!
そしてそんな時期、正体不明の本を数人の男子が囲み、すっごいわーなどと口々にこぼしていれば、そう勘ぐってしまうのは必然!
そう、これは戦いなのである。己自身との、世間体をかけた、一世一代の大勝負の火ぶたが今、切って落とされたっ!
― と、このように熱く登場する私は、青春が好きなしがないただのナレーターだ、以後お見知りおきを。
優―、お前見ないのこれ、すっげーぞー。
うっせー、興味ない。
坂上君は、こういうのに興味はないのですか?
あーまあ、程々かなー。
この人は、一番後ろに座っている
「とかとか言っちゃって、、優君も、本当は見たいんだろう…?」
小洗はしゃくれた顔と、鉄砲の形にした両手の人差し指を俺に向ける。その様は、太古の昔に流行ったポーズに似ていた。
いつこういうのに興味を持つか、それは、今でしょ。
そう、それだっ!
え、なんの話?
今驚いて声を挙げたのは、
そんなアンモナイトがいたくらいの時代の流行語を思い出していたことに、俺は少し顔が熱くなった。ごめんこっちの話、と言ってごまかすと、西園寺君はこっちへ明るい笑みを浮かべてくれた。
このように先ほどからくだらない問答を繰り返す俺を含めたこの四人は、入学した頃から席が近く、個人差はあるものの、比較的よく話すようになった人たちだった。俺はそんな人たちが話していたこの恐らく非常にくだらない話について、一縷の望みをかけて、小洗へわかりきった質問をさもわかっていないかのように投げかけてみることにした。
「てか、今こそってどういう意味だよ。」
そんなの当然だろう、という顔をしながら小洗が答える。
「いや思春期、というか、そういうのが気になるお年頃、というか、やっぱり今の俺達こそこういったものを見て、知識を深めておかなければならないんじゃなかろうか。」
…いや、やっぱりそういうのじゃねーか。てか、その口調なんだよ。
うんうん、と頷く皆を見て、俺の薄い希望は儚く散っていった。西園寺君、君もか、、、。
項垂れる俺を見て、蘇我君が声をかける。
「坂上君、普段は小洗君の意見などしょうもないものばかりですが、今回は彼の言う通りですよ。」
… この講釈ムッツリ野郎め。
苦笑いを浮かべる小洗をよそに、蘇我は続ける。
「こういうことは、確かに人には言いづらい問題かもしれません。しかし現代の私たちには、それに対する知識を深めるため、早いうちからこうして情報を共有し、その対策をとっておく必要があるのです。そうでなければいざというとき、人間として成長することができなくなってしまいます。そんなときにこの本はうってつけなのです。さあ君も早くこちらへ。私たちの世界に、はやくおいでなさい。」
… いや、こえーよ!てか卒業にどんだけ思い入れあんだよこいつ!
ソウダゾォ、蘇我君の言う通りだ、早くコッチへオイデー…。
ウンウン、この本はカラフルな図解で、それはもういろいろなことが事細かく説明されているんだ。さあ、君も早くこっちの世界へ。
先ほどまでの友人たち三人は、すでに欲望に支配された亡者と化していた。よろよろと近づいてくるそんなゾンビたちに、そして壁に四方を囲まれた俺は、逃げ場を失った。
「さあ、さあ!観念してはやくこっちに。」
もうダメだ。そう思って目を閉じようとした瞬間、俺の目に、小洗の机の上にある例の本が目に入った。表紙にはこう刻まれている。
――― 現代で維持すべきアイデンティと自己肯定感。自殺をしないためには。
・・・。
「アイデンティ?ジココウテイカン?ジサツ?」
俺の口から、実に間抜けでカタコトな文章がこぼれ落ちた気がした。
一瞬の間のあと、すっかり人間に戻った三人が話し始める。
「やはり思春期にこういったことは考えがちですから、今のうちから対策しておかなければたとえ高校生であろうとも、厳しい世の中生きていけません。」
眼鏡をクイッと上げながら、蘇我が語る。
「そうだね、僕もたまにそういうこと考えちゃうときがあるなー。」
うんうんわかる、というように頷きながら言葉を発するのは西園寺君。
「そうそう、なんで生きてるんだろうか、自分にはなにがあるんだろうか、そういったことを今のうちから見つけておかないと、、、ってあれ。」
小洗てめぇ!!!
俺は羞恥心と動揺と期待の行き場を探し、それを怒りとして小洗に向けた。
「なにをそんな怒ってるんだよ、あ、もしかして、ヘンなこと想像しちゃってた?」
こいつ、わかってやってたな、純粋な二人を巻き込んで。
「おめーの根性を叩き直してやる。」
先程まで自分が追い詰められていたはずの壁に、今度は小洗が追い詰められる。
「まあまあ軽い冗談だって、な?」
小洗の静止を無視し、俺は彼の腰に手をやると、指先に力を込めた。
「俺たちの友情は、こんなことを乗り越えられないほど柔いモノじゃないよな、そう、今までわけあった時間を考えれば…。」
・・・いや、一か月だわ。
俺は一心不乱に指を動かし、小洗を一気に擽った。そうこれが一番効く技なのだ。
「ちょ、待て、おい、ほんとっ、、、死ぬってーーー」
彼の悲鳴は、教室に虚しく響いた。
しかしその悲鳴は、すぐに鳴りやむことになった。
小洗をくすぐる俺の肩を誰かが叩く。後ろからは、良く知っているシャンプーの香りがした。振り返る視線には、風で靡いた茶髪のポニーテールが映る。
「ねぇ坂上、放課後、ちょっと時間ある?」
― ところで私も騙されました。小洗てめぇ!!!
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