ガンロード GPS

琴鳴

プロローグ

 おれは棺桶のなかで、ゆっくりと数を数えはじめる。カウントと心臓の鼓動がシンクロするまでの間――呼吸を整えながら。

 コクピットは、水中のように閉塞している。なにしろ狭くて息苦しい。レバーや機器のカバーが、なんにもしなくても脇腹に当たる。視界は前方に開けた小さな窓から得られるだけだ。車高が低いから、地面に這いつくばっているような気分になる。周囲の映像を切り取るスコープがなくては、自分のケツがどうなっているさえわからない。

 人員配置はいつもの通り。おれは車長兼砲手。あいつはおれの右隣でもろもろのサポートだ。もっとも、近頃はあいつが戦闘にかかずらうことはほとんどない。その必要があるほどの相手とはしばらく当たっていない。

 幸運の女神という比喩が果たして正しいかどうか――少なくとも出会った当時のあいつは、おれにとっては、クソ生意気な女に過ぎなかった。ことあるごとに衝突し、いがみあい、それでもけっきょく組むことになった。そのへんの経緯はよく憶えていない。たぶん若気の至りというやつだろう――おたがいに。

 だが、実際のところ、あいつと組んでからのおれはツキまくった。おれたちはいつの間にかトーナメントの上位進出の常連となり、受け取る賞金の額もみるみるあがった。

 金回りがよくなれば、マシンにも手をかけられる。素性のいい発掘パーツで固め、コピーものではないチップをのっけた火器管制システムを備えた、オールドファッションな戦車を作りあげることができた。なにしろ、女とちがって、戦車は古いものほど良いのだから。

 女神がついて、マシンがよくなれば、当然チャンスはめぐってくる。

 おれはそれをモノにした。

 ガンロード。長大な砲をたばさみ鋼鉄の馬を駆る、地上の暴力の行使者。地べたに縛りつけられた人類に、唯一残されたパワーゲームの主人公。

 おれはそれになった。べつになりたいわけじゃなかったが、あいつがなれというからなったんだ。そうすれば、なにかが手に入ると思ったんだ。

 だが――

 おっと、考え事のしすぎで、試合開始の合図を聞き逃すところだった。

 お勤めの時間だ。これがすめば、棺桶から出て、また王様の生活にもどることができる。それが楽しいかどうかはともかく、いまのおれにはそれ以外戻る場所がない。

 今回の挑戦者は無名の新人だ。どうってことはない。おれたちの王座は磐石だ。なにしろ、マシンがいけてる。パイロットも最高だ。そして、ちょっと気難しいがA級女神さまのサポートつきと来ている。負ける要素はひとつもない。

 おれはチョチョイのチョイと戦車をコントロールする。砂塵が周囲に舞い上がり、おれたちの姿を消し去る。地面に浮かびあがり、すいっと移動する。しょうもない新作戦車にはおよびもつかない機動性能。おれはたちまち相手のバックに張りついた。

 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 驚いたことに、おれが放った全弾がかわされた。とんでもない反応速度だ。まるで、こっちの攻撃をすべて見切っているような――

「無駄よ」

 あいつが隣のシートでポツリと言う。声を聞いたのは久しぶりだ。近ごろは住むところも別だしな。まあ、おれが本宅(うち)に帰っていないせいなのだが――

「向こうの女神が仕掛けてくるわ」

 言うなり、おれから戦車のコントロールを奪い取る。べつに横からしゃしゃり出て操向レバーを握りしめたのではない。別のやりかたで、戦車の操作系に介入したのだ。

 次の瞬間、戦車が急加速する。おれは息を詰めた。まともな人間なら失神しかねない猛烈なGだ。これだけはわかっていても慣れることができない。

 左右の履帯と空気舵(エア・ラダー)を精妙にドライブすることでしか実現しえない複雑な回避運動。レバーやペダルを通じておこなえる挙動とは次元のちがう、まさにダンス――女神の舞踊だ。

 その神業をもってして――至近弾が爆発する。恐るべき精度の射撃だ。おれはスコープを走らせて、相手の位置を確認しようとする。それが困難なほどの高機動。つまり、相手の女神も全権を掌握している――ということか。

 だが、おれはガンロードだ。この街の支配者だ。勝手はさせられない。

「おいっ、ふざけるな! コントロールを戻せ! おまえはサポートしてればいいんだ!」

 いくら女神が相手でも、そう引けをとる気はしない。相手の動きもしばらく見てればすぐに読めるようになる。間違いなく戦車の性能はこちらが上だ。しかも相手は連戦を経ている。装甲板に弾痕が数多く残っている。ボロボロだ。勝てる。

 だが、あいつはおれの言葉を無視する。なおも戦車をアクロバティックに操りつづける。くそう、二日酔いなんだぞ、おれはぁ。

「相手、強いわ。情報戦で六割以上のシェアが取れない。押し返されてる」

 あいつが無表情に言う。正直、おれは仰天する。情報戦であいつが圧倒できない?

 といいつつ、おれには情報戦ってものがよくわかっていない。軌道上の軍事衛星の支配権を巡る戦いらしいのだが、それはおれたちの目には見えない。あいつの言葉を借りれば、立体の盤の中で打つチェスのようなものらしい。もっと近いのは「イ・ゴ」というゲームらしいのだが、おれはそれがどんなものか知らない。

 ともかくも、それに勝ったほうが、バトルフィールドにおけるさまざまな情報――気象、地形、そして偶然さえ――を掌握できるのだ。

 女神の強さとは、情報戦における強さと同義なのだ。

 少なくともここ数年は、あいつが敵の女神に遅れをとるところを見たことがない。常に一分以内に圧倒し、制圧し、屈服させていた。そうなるとあとは据えものを斬るのと変わらない。

 それがA級(アンシェント)女神(ゴッデス)の力だ。この地上に十人といない、真なる女神の力。

 だが、それに匹敵するパフォーマンスを見せるこの相手は――

「冗談じゃねえ! そんなヤバイ相手だとは聞いてないぞ!?」

 それが最初からわかっていたら、打つ手はいくらでもあった。バトルフィールドでおこなうことだけが戦いではない。戦車乗りのなかには、ガンロードの座よりも手っ取り早くカネを求める者だっている。そうでなくても、調べればなにかと弱点が見つかるものだ。そこを突けば、意外にかんたんに「勝利」は買うことはできる。

「あなたが知ろうとしなかっただけ。トーナメント表すら見ようとしなかったじゃない」

 あいつが言う。おれに視線を向けることもしない。頭に血がのぼる。

「あてつけか!? おれをわざと負けさせて、またあの貧乏暮らしに戻ろうというのか!?」

 パーツひとつ手に入れるために危険な賭け試合を転戦するような。食べるものにも苦労し、せまい戦車のコクピットを寝床にするような。

「わたしは――あのころのほうが幸せだった」

 あいつがつぶやくように言った。おれのほうに首をめぐらせる。紅玉のような瞳がおれを射抜く。人にはない――ありえない虹彩。

 おれは言葉に詰まった。

 その間も戦闘は続いている。至近弾をかわしながら、おれたちの戦車は高速移動を続けている。どうやら膠着状態に入りつつあるらしい。

 ――と。相手の戦車に動きがあった。上部ハッチが開き、女が這い出す。向こうの女神だ。すっぽりかぶった黒いフードから長い金髪がこぼれ出し、爆風にちぎれんばかりになびいている。

 金髪の女神は車上に立った。腕を高くさしのべる。なんという危険な――至近弾ひとつで、爆風に吹き飛ばされ、弾の破片に貫かれるだろう。

「いけない!」

 あいつが切迫した声をあげた。急速に戦車がターンする。

 次の瞬間、轟音がコクピットを揺るがし、とてつもない衝撃が車体を軋ませた。まるで、雷の直撃を食らったような。

「衛星兵器の封印まで解くとは――あの子」

 あいつが爪をかんだ。とうに治ったはずの癖――初めて会った頃の癖。

「自分の身体をアンテナにして、戦術衛星とのリンク係数を高めたのね」

 おれたちの頭の上を巡る軍事衛星のなかには、大容量のレーザー砲を積んでいるものまであるのだ。大気でかなり減衰するとはいえ、並の戦車の装甲くらい軽く貫いてしまう。

 だが、あいつはそれをも防ぐ。大気に干渉し、レーザーの軌跡をねじ曲げることができる。それにしても、相手がレーザーを発射するタイミングを予測し、ルートを割り出さねばならない。撃たれてからでは遅いのだ。

「速い――また、取られた」

 あいつがつぶやく。額に黒髪が貼りついている。いつもの仕草で髪をかきあげる。しかし、あいつが戦闘中にこんなに汗をかくなんて、今まで見たことない。

「だめ――弾かれる。衛星とのアクセスレベルが上がらない――シェア、逆転された」

 軍事衛星の支配率で劣勢に立ったらしい。

 こちらの砲撃はまったく当たらず、相手の至近弾ばかりが増えている。さらに、隙を見せればまったくの死角からの砲撃が空から降ってくる。

 それから逃れるためには、休みなく踊りつづける――それしかない。

 すぐに駆動音に異音が混ざりはじめる。限界を超えた動きに履帯も、サスペンションも、駆動系自体が――なによりおれが――耐えられなくなっていた。

「い……いい加減にしろっ!」

 おれはシートに縛りつけられた状態で声をあげた。情けないが、昨日の酒が鼻の奥までこみ上げている。

「なんとかしろよ! おまえ、A級だろ!?」

 今までずっと勝利の女神だった女に、おれは声を叩きつけた。それには応えず、あいつはコンソールの一点を見つめていた。そこには、黄ばんだ新聞の切り抜きが貼りつけてある。

 あいつはシートベルトを外しにかかる。断続的な加速と減速、方向転換が行われている最中にである。

「おいっ! どうする気だ!?」

「相手と互角の条件をつくる。それしかないわ」

 言いつつ、シートの上に立つ。低い天井には乗降用のハッチがある。その開閉レバーに手を伸ばす。

「バカか!? 外に出た瞬間に吹き飛ばされるぞ!」

「大丈夫。周囲の空気をコントロールするから。それより、ちょっとの間、がまんしてて。そうとう派手にやらないと勝ち目なさそうだから」

「お、おいっ! やめろ!」

 あいつはハッチを開けた。風の音が凄い。爆音もすぐ間近で聞こえる。あいつは腕を伸ばし、ハッチの縁に指をかけた。

「待てよ――待てったら――!」

 おれはあいつの身体をつかもうとした。その寸前、車体のコントロールが失われ、とんでもない方向に走りだす。あいつの介入が途絶えたのだ。おれはあわててレバーを握り、ペダルに体重を乗せた。

 その間に、あいつはハッチをくぐって車上にあがっていた。顔だけを覗かせる。

「ごめんね」

 あいつが言った。出会った頃と――同じ表情と口調で。

「フォースくん、ごめん。あと、よろしく」

 ハッチが閉まる。おれは無茶を承知でベルトを外して立ちあがり、開閉レバーをつかんだ。動かない。外からロックされている。あいつの仕業だ。あいつは戦車の電子回路を掌握している。

 莫迦野郎。

 おれはわめいた。

 あいつは車上に立っているのだろう。敵の戦車の上で、黒いローブの女神がそうしているように。

 対爆コンクリートで護られた観客席の熱狂が手に取るようにわかる。客どもは大喜びだろう。女神同士の、剥き身の一騎討ちが見られるのだから。

 おれは――でも――どうすればいいんだ。

 あいつが勝つことを、祈ることしかできないのか。

 この、棺桶のなかで、一人きり。

 おれは声をあげていた。

 こんなつもりじゃなかった。

 こんなふうになりたかったわけじゃない。

 ガンロードになるよりもずっと大事なことがあったはずだ。

 二人でできることが他にもあったはずだ。

 だが、ガンロードになることを求めたのはおまえだ。

 でないと一緒にいられないと言った。

 だから、おれは――

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