笑顔の君 2

 ふたりの人物がいたとする。持っている才能も同程度、見た目も性格も、頭の出来も同程度。それでもふたりが同じ人生を送ることはない。ひとりは晴れがましい表舞台へ、ひとりは誰の視界にも入らぬ奈落へ。

 身近なところでは、同じ冗談を言っても、うける人とうけない人がいたりする。TVなどをみれば、面白いのに無名のままの漫才師、歌がうまいのに評価されない歌手、可愛いのに認知されないアイドル、などという人たちがひしめきあっている。

 その差は、運なのかもしれないし、要領の良い悪いの問題かもしれない。または、その人の持つ、魅力とか愛嬌とか華とか、そういう感覚的なものなのかもしれない。

 人の一生とは、そのような不可解な、

「なにか」

に決定づけられてしまうものなのだろうか。

 だとすれば、人は努力などしないほうがよい。するだけ無駄である。という結論に落着してしまう。

 ね、ここまでむくわれない人生を送っていると、心が冷えてしまうのもしかたないとわかっていただけるでしょう?

 なんだかんだと御託をならべてみても、結局のところ、すべては影に生きる私の嫉妬なのかもしれない。光輝く世界に生きる人に対する羨望なのかもしれない。


 あ、今度は男性二人組。

 私の本の見本品を手にもとらずに、なにかささやきあっている。

 そして、ふたりで同時に失笑。

 そして、さようなら。


 趣味とはいえ、私は真面目に創作している。たとえ趣味であっても真剣である。真剣である以上、他人からのリアクションを期待する。これを期待の勝手な押しつけだの、過度な欲求だのと受け取られるのは、心外である。不本意である。

 だからといって、無理矢理に私の作品に接してもらうのも心苦しい。少しだけでも作品にふれてもらい、面白いのつまらないのと批評してくれるだけでいいのだ。

 それで作者の自尊心は、多少なりともみたされるのだ。

 私の期待などその程度なのだ。それでも人に期待することがいけないことなのだろうか。その程度の期待を迷惑がられるほど、今の世の中は人情がないのだろうか。真剣に創作活動をしているのになかなか見いだされず落ちこんでいる人にたいして、自分の思いどおりにならないからふてくされているだけだ、などとそしるのは、冒涜ぼうとくなのだ。

 デジタルデータを通して接するネット界の住民に、人としての思いやりを期待するのが、そもそもの間違いなのだろうか。

 そもそも、良い物を作れば売れる、という幻想をすてなくてはならない。腕前はもちろんのことだが、需要を見極め、宣伝して人に知ってもらい、目立ち、脚光を浴びねばならない。

 でなければ、歌がうまいのに売れない歌手がいるわけがない。声がいいのに売れない声優がいるわけがない。


 お、さっきの汗っかきのお兄さん。

 また私のブースを一瞥。

 今度はなぜか、直後に左右を見回す。

 人の視線を気にせねばならないような内容の書物ではないぞ。

 でも、やっぱり立ち去ってしまった。

 ちょっと期待してしまったじゃあないか。


 わたしは他人を愛さない。他人を愛さない者は他人から愛されない。


 頭脳が明晰である人は学を積む。手先が器用な人は細工師になる。運動が得意な人はスポーツで身を立てる。人は人それぞれの才能によって生きる。そうして世間は成っている。だが、自分の才能と自分の望む人生と世間のあいだに齟齬そごをきたすことがある。齟齬をきたすと不幸が生まれる。

 私は声だけでなく、絵が得意だ。

 将来的には絵を描いて生きていきたい。

 だが世間はそれを良しとしないのだ。または絵が得意と思うは自分のだけで、ほんとうは絵がうまくないのかもしれない。または月並みなのかもしれない。


 私は人を愛さぬ。人も私を愛さぬ。

 私が人を愛さぬから人も私を愛さぬのか、人が私を愛してくれぬから私も人を愛さぬのか。

 ともあれ、人を愛していない私が、人から愛されることを望むのは、大いなる矛盾なのかもしれない。さりとて、私を、――私の作品を、愛してくれる人がいさえすれば、私も人を愛せるようになるかもしれない。

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