不完全と嘯くエトランゼ

しょうた

1 ここは異世界

 普通に働き、普通の生活をし、普通に生きている。

 この普通しかない日常から抜け出す方法はないか、たまにそういうことを考える。

 

 俺は天津緑あまつ みどり、地方の小さな会社で働いている。 そこそこな生活はできていて、給料に不満もない、だけど刺激が少なすぎて平和ボケしているようだ。

 でも俺は思う、平和ボケできるってことはいいことなのかな・・・・・・って。


 俺は今日もいつもと同じように会社へ足を運ぶ。 

 新しい自分探しへの旅をしたい、海外旅行をしてみたい。 そんなことばかりを考えながら。

 やりたいことはいろいろあるけれど、実際はそう思い通りにはいかないと分かっている。

 そんな時突如俺の体に、いや、目に異変が起きた・・・・・・


「なんの光だ・・・・・・?」


 視界全体から光が覆い尽くす、いくら待っても光は消えない。 

 気づけば俺はとても長い時間眠っているような、ふわふわした気分に包まれていた。

 すると目の前にぼんやりと、髪の長い女性のような影が浮かんできた。


――あなたは選ばれた。 ◼️◼️で生きる資格を与えましょう。 あなたならば彼らを導くことができる、そんな世界。 全ての欠けらが集まる時、第一の試練◼️◼️名物、世界迷宮アルゴンドーラへの挑戦権が手に入れられる。 そこを目指しなさい。


 脳に直接語りかけるような気持ち悪い感覚だった。 ところどころノイズのせいで聴こえないし、一体あれはなんだったのだろう。


「い・・・・・・ぉーいおいおいおいおい」


 薄らとだが、意識が戻ってきた。 目を覚ますと最初に視界に映りこんだのは人のような、でもゴツゴツとした頭のようなもの。 きっと俺のことを助けてくれたのだろう。 感謝をしたいけれど生憎今は声が出せない・・・・・・


「大丈夫か? にいちゃん」 


 はっきりと影や光を捉えられるようになると、そこには籠を背負った小さなおじさんが俺の顔を覗き込むようにじっと立っている。

 おじさんは心配し、また眠らないように俺の頬を叩いてくれて・・・・・・って!


「痛いわ! 何回も何回も頬ぶってよぉ・・・・・・ちょっとは加減してくれよ、でもありがとうおじさん」


 あ、声出た。

 叩かれた右頬は触れるだけで電気が走ったように痛む。


「なんだぁ、素直じゃないのぉ。 ところで、にいちゃん急に空から降ってきてぇ、ワシすっごいびっくりしたんじゃぞ」


「そ、空から・・・・・・」


 手を勢いよく開いたと思えば上下に振る。 本当に忙しいおじさんだ。

 森に響き渡るほどの大きな声は、母音の発音がすごい簡潔でキリッとしている。


「あぁ、空から。 うーんと空高くからの」


 きっとあの光が関係してる、爆発か何かに巻き込まれて吹っ飛ばされたんだ


 俺はすぐ近くにある池の方へ走った。 急いで水面を見ると、映り込んだのは傷一つない自分の顔だった。


「あれ・・・・・・なんともない」


 こんな森の中まで飛ばされるほどの爆風、怪我しない方がおかしい、いや怪我しないなんてありえない!  

 ほんの一瞬だが、何もかもがおかしい、そう感じた。

 

「何が何だかわけわかんねぇえ!」


 まずここはどこなのか、会社へ向かってたはずなのに見覚えのない場所にいる。 

 そして、何か光が見えたと思えばそれは中々消えず、気がつけば森の中で目を覚まし変なおじさんと出会って・・・・・・

 俺は俺自身の体に不可解なことが起きすぎたせいか、うまく脳が働かない。

 鼓動がどんどん早くなっていく。


 考え事をしすぎたせいか、俺のお腹からは荒れ狂ういかづちの如く、ぐぅ〜という音が森に鳴り響き渡る。


「がっはっはっは、にいちゃんちょっと待ってろ」


 独特な笑い声は森の木々を薙ぎ倒すように響き渡る。 


 俺のお腹はすでに空っぽのようだ。 胃が悲鳴をあげている。

 するとおじさんはさっきまで俺がいた池の方へ勢いよく走っていった。

 そうだ、おじさんが居ない間あたりの散策をしよう。 

 俺は少し冒険気分で散策に出かけた。


「あらーこの辺木しかないわ」


 見渡せどあたりには緑の葉の繁った木々、太い木が重なって向こう側は見えない。 

 結局なにも見当たらず、散策を止めて元いた場所へ戻ろうと思い振り返ると・・・・・・

 俺は何かを足で踏んだ。 それを払おうと足の裏を除くと。

「うっわきもっ!!」


 ブヨブヨとした透明なゲル状のもの・・・・・・地面から糸を引いて靴に張り付いていた。 

 足元に落ちてあった木の枝でそれを払い、急いで元いた場所へ戻る。


 既におじさんは戻ってきていて、その両手にはいっぱいの魚を抱えている。


「ほらみろ、グエが大量に釣れたぞ!」


「グ、グエって言うんですかそれ」 


 聞き覚えのない魚の名前に動揺しているのか、鼓動が早くなるのが分かった。


「にいちゃんなーんも知らねんだなぁ。 グエってのはこいつらの総称だ、個体名はマカラ。 串刺して塩焼きにするとこりゃまた絶品なんだ、うーんと食べていきな!」


 すると、おじさんは手慣れた様子でグエの下処理を済ませ、次々と串に刺していく。 

 全て刺し終わったら、グエを焚き木の周り、地面に刺して並べ、腰元に吊るしてある袋から塩を取りだし、振りかけて焼きはじめた。


「この地域ではグエって呼ぶのか?」


「そらそうじゃ、世界中どこ行ってもグエって呼ぶぞ」


 グエは魚の総称でマカラが個体名、そして何よりグエが世界共通語だということ。 

 俺はそれを聞いた時引っかかった。 俺は今まで、このグエが世界共通語だとは聞いたことがない。 俺は今本当にどこにいるんだと。

 そんなことを考えているうちに、グエは香ばしい匂いを風にのせ、香りは鼻の奥を刺激する。


「ほいにいちゃん、食いな」


 右手に串焼きのグエ、左手に皮袋の水筒を持ち、俺の方へ両手を伸ばす。 


「ありがとう、いただきます」


――ハムッ、アムアムッ


「う、うまいっ!」


 ただの塩焼きだけれど味が凝縮されてて、溢れんばかりの脂がすごくジューシー、さらに舌の上でほろほろと崩れる白身。 

 気づけば俺は、次から次へとグエを口へ運んでいた。


「にいちゃんよっぽど腹減ってたんだなぁ、まだまだある! 沢山食ってけーがはははは」


 ほんとにいい人だな・・・・・・少し涙が出そうになったよ。

 あ、そうだ連絡先を聞いておこう。


「おじさん、スマホとかガラケーって持ってる? 連絡先聞いておきたいんだけど。 それとGPS機能が搭載されてるだろうからここがどこか確認したい」


「すまほ? がらけに、じーぺぇす? 聞いたことねーな」


 右手を顎に当てわかりやすく戸惑っている。 


「スマートフォンや、ガラパゴスケータイって呼ばれるものなんだけど」


「すま・・・・・・がらぱごす? 新しいモンスターの名前か? それとも新兵器の名前か、詳しく!」


 凄くワクワクしているようだ、さっきの曇った表情から一気に雲が消え、更には太陽のような笑顔でワクワクしている。 

 おじさんは兵器とか機械が好きなのかな。

 ちがうちがう! そんなことはいいんだ。


「おじさん、少しおかしなこと聞いてもいい?」


「おぉ、ワシがわかることならの」


 おじさんはその場にあぐらをかいて座り込み、両手を両膝につく。

 俺は、今1番気になっていることを聞こうと思う。 まだちゃんと馴染めてないこの状況で聞くのは早いと思うけれど、俺は何も知らないってことが怖い。 

 考えるのはそれからだ。


「今俺がいるこの場所って・・・・・・どこなんだ? 地名とか、どこの近くなのか」


「ほーんと、おかしなこと聞くなぁにいちゃん。 ここはハリア王国ってとこじゃ。 王都から東に1つ、山を越えたとこ、と言えばいいかの」


 俺が聞いたとはいえ、「と言えばいいかの」と言われてもやっぱりわからん・・・・・・聞いたことのない国名、やっぱりここは日本じゃなかった。

 当然俺はここが日本のどこかだと思ってた。 でも違った・・・・・・これは少し、今まで考えないようにしていた結果になりそうだ。


「あっりゃーにいちゃん怪我してるみたいじゃな、近くにうちの村がある、ついて来てくれ」


 足先を見ると確かに靴に血が滲んでいる。 考えすぎで怪我なんて全く気が付かなかった。 

 とりあえず、言う通りおじさんの村へ行こう。 それで少しは心に余裕ができるだろう。


「あぁ、よろしく頼む」


 スマホやガラケーを知らない、全世界に長く普及しているケータイ。 それを知らないということはやはり。


「ところで、おじさんの服装・・・・・・」


「なんじゃー?」


 そこで俺はあることを思い出した。

 昔友人に見せてもらったファンタジーゲーム、そのゲームに登場する村人が着ているような服装と、おじさんの着ている服装がよく似ていることに。


「もしかしてここって別の世界・・・・・・なんてな」


 これが俺の、考えもしなかった可能性というものだ。 友人はよく転生という言葉を口にしていた。 

 転生とは何か、それは俺もよく知っている。 日本では話題沸騰中だったからな。


「別の世界・・・・・・なーにを言ってるんじゃ」


 おじさんは片眉を上げ大きく首を傾げる。 話と話の間に妙な沈黙が生まれ、ただただ時が流れていく。

 

 んー、なんだか気まずいな。


「今って何年だ」


「今は確か、320年じゃったかの」


「――512年よ」


 おじさんの後ろから、被さるように女の子の声が聞こえる。

 そして200年も自分の生きる時代を間違えたこと、認知症にも程があるだろ・・・・・・と思った。


「だ、誰じゃワシの後ろに立つのは!」


 おじさんは体を震わしつつも胴の前で両手を構え、勢いよく振り返る。

 振り返ってすぐ、構えたはずの両手は体の横でぶらぶらと揺れていた。


「おぉ! ワシの麗しく愛しい初孫マリンちゃんじゃ!」


「おじいちゃんその人は?」


 影に隠れて見えなかったお孫さんが、おじさんの横を通り顔を見せた。


「おぉ、そうじゃった。 このにいちゃんは、にいちゃんは・・・・・・にいちゃんそういえば名前聞いてなかったの」


 っあ・・・・・・あぁそうだった、こんなに親しくしてもらってたのに俺は何も教えてなかった。


「俺は天津 緑あまつ みどり、君のおじいさんにさっき助けられたんだ、よろしくマリンちゃん」


 マリンちゃんはこれでもかというほどにじっと俺の顔を見つめる。 


「・・・・・・」


 しばらく経ってもまだ見つめている、俺の顔に穴が空きそうだ。

 何をそんなに見ているのだろう、顔になにかついてるのか?


「マ、マリンちゃんどうしたの?」


「あなたこの国の人じゃないようね、どこから来たの?」


 驚いた。 たったこの数十秒で、俺が感じていた緊張や不安を解いてしまった。


「あ、あぁ、俺は日本ってとこから来たんだ」


「日本・・・・・・聞いたことないわね、一応言っておくと、ここはゲルド大陸の西に位置するハリアって王国よ、知ってる?」


「いや、分からない」


 やはり大陸の名前も聞いたことが無い。 さらに今が512年だということ。 

 ここはどこか別の世界という確信に1歩近づいた。


「はっ! みどり聞いて! いまから私は、少しだけ・・・・・・いや、凄くびっくりするだろうけど落ち着いて聞いて」


 呼吸が少し辛い。 確信に近づきそうだと思った。 だから俺は覚悟を決め、息を飲んだ。

 俺の顔を見たマリンちゃんは口を開いた。


「ここは、あなたからすると異世界と呼ばれる完全に別次元の世界なのかもしれないわ」


「・・・・・・異世界」


「信じられないかもしれないけれど、10年に一度、数人ほど異世界と呼ばれる数ある世界の中から優秀な人材を招き入れることがあるの。 召喚と呼ばれるものよ。 もしかしたらあなた、異世界から招かれたのかもしれないわ!」


 マリンは俺に近寄り小声でそう言う。

 漫画やアニメの世界ではごく普通のことだけれど、俺は最初から転生などといった夢物語のようなことを選択肢から省いていた。 

 しかし今起こっているのは、選択肢から省いた異世界転生というまさに夢のような・・・・・・現実。

 とうとう感情が仕事をしなくなってしまったか。 表情も上手く出せない。

 

「俺がいた世界は全くの別物で、ここは異世界・・・・・・?」


「えぇ、そうなるわ」


「にいちゃん異世界人なのか!?」


「そ、うみたい」


 俺は・・・・・・この世界にワクワクしているのか? 胸が高鳴ってやまない。 

 神様というものが存在するのなら、いやきっといると信じよう。


 神様、俺をこの世界に呼んでくれてありがとう。

 あの時俺を選んでくれたのは神様なのだろう? そうだとすれば、神様は俺の救世主。 きっと俺はこの世界で成功してみせる。


「えへへ」


 俺の頬は緩みが治らない程にあれやこれと、妄想を膨らませていく。


 ありえないと勝手に思っていた異世界、ゲームに登場する魔族なんて者がいるかもしれないし、魔法やスキル、特殊能力だって・・・・・・期待してもいいよな、ここは異世界なんだから!


「おいにいちゃん、なんか顔がキモイぞ」


 そしてもう1つ、俺は多分凄い。 選ばれし者なのだから。

 でもなぜ自分が選ばれたんだろう。 選ばれたことは素直に嬉しい、このことを聞くのはやめよう。


「あ、今の話を聞いたところだと、10年くらい前にもこの世界に人が召喚されたってこと?」


 するとおじさんが何かを思い出したようにパッと顔を上げる。


「確か昔そんなことがあったなぁ。 詳しくは覚えとらんが、とんでもなく強い奴らが現れたとか、現れなかったとか」


「どっちだよ」


「私今から買い出しへ王都に行くところだったの、私と一緒に行く? みどり」


「あぁそうだな、一応見ておきたいし」


 即答した。 断る理由なんてない、情報収集なども兼ねて、王都というところを知っておきたいし。


「ならワシも行くぞー」


「おじいちゃんは仕事があるでしょ、だからだめよ」


「マリンちゃん厳しいのぉ、そこも可愛いいんじゃけどな」


 こうして俺とマリンちゃんは王都へ向かうこととなった。

 と、その前に怪我の手当をしてからだな。

 

 俺たちは一度、おじさんの村、家へ向かう。



 そして村へ着くと、まず村の家々が目に入る。

 村はやはりファンタジーゲームで見るような木材で組み立てられたような家ばかり。

 おじさんの家はそれほど大きいわけでもなく、かといって小さい訳でもない、辛い生活をしているわけでは無さそうだ、少し安心した。


 マリンちゃんが、俺の怪我を手当してくれた。

 よく分からないけど、葉などをすり潰したものをなにかの液体とまぜ綺麗な布に染み込ませた。

 それを怪我の部分からズレないように、器用に巻き付けてくれた。


「マリンちゃんすごいな」


「みどり、出かける前にひとつだけ忠告よ!」


「ん! なんだ?」


 

 急に大声を出すもんだから、俺の体はビクッと反応する。 

 まるで人と思えないような恐怖、マリンちゃんからそんな雰囲気が滲み出ていた・・・・・・ような気がした。


――な、なんだ今の・・・・・・気のせいか

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