IZA −イザ−

高山 祥

第1話 些事

 目の前に、

「紅い箱」と「蒼い箱」が置かれている。

どちらかを選んで手に取る時、

貴方は何を元に判断を下し、その箱を選ぶのだろうか。


 私は時折り考える。

箱を手に取り選んだのは、

果たして「私」、なのだろうか。

その箱を選んだ「私」は何者であるのだろうか。




 「自分」という存在、霧島瑞稀__きりしま みずき__という人間を見つめた時、

まず一番初めに思った事は「空っぽ」であった。


 会社の廊下を歩いている時、同僚と仕事の打ち合わせをしている時、フェニックス通りにある行きつけのカフェに向かう途中でさえ、そんな考えが頭を過ぎる。

 ……孤独なのか、と問われるとそれは少し違う気もする。

 友人は少ない方だが、信頼の置ける人間ばかりだ。会社の同僚も上司も、まともな人ばかりで恵まれていると思う。勿論、彼らに対して不満に思うことなど何一つ無い。

 しかし、友人と談笑をしていても、同僚と馬鹿騒ぎをしていても、どこか「遠い」のだ。

 この感覚を例えるのなら、「まるでスクリーンに映る誰かの物語を観ているかのように感じる。」が一番近い言葉であろう。

 酷い話だがこの世界が時折、とてつもなく滑稽な茶番劇に見えて仕方がないのだ。

友人や家族にこの事を話したら、間違いなくお決まりのセラピストが居るケアセンターに拉致されるに違いないだろう。


 行きつけのこじんまりとしたカフェは、いつも通りの混み具合であった。

ありふれた日常では珍しく、この店では生きた人間のウエイトレスが座席まで案内をしてくれるのだ。俺にとっては数少ない息継ぎポイントである。

 こっそりと耳を澄ます。

黒いヒールが木目のある床をコツコツと歩き、控えめに音を立てる。

その瞬間。その音が耳に入る僅かな、僅かな時間が堪らなく好きなのだ。

「げ、お前むっつり?」

 この話を聞いた同僚の苦い声が頭に響いた。

遅れてここに来るあいつには、俺の感じる景色の良さを一生理解する事はないであろう。バスの中で隙あらば、スマートフォンでエロ雑誌を読むようなあいつには。

「こちらの席へお座りください」

ウエイトレスの鈴を転がしたような声に我に帰る。息継ぎポイントが終了した合図。

「ありがとうございます」

軽く会釈をして席に着き、カッターシャツの袖を捲った。スーツをかっちり着込むにしては今日は暑すぎる。もうすぐ初夏の音が聞こえてくる季節になるのだろう。ふう、とひと息を着いてから置かれた水を飲む。

 そして、机の上にある「タブレット端末」に思いっきり顰めっ面を向けてやった。

 


そう。「こいつ」が俺に話しかけた瞬間から、この世界の茶番劇が始まる。




「いらっしゃいませ。認証コードを確認致します。認証端末をかざして下さい」

白を基調とした薄型のタブレット端末から、穏やかな、しかしながら平坦な女性の声が聞こえた。

 液晶には青色の線で縁取られた四角い枠が表示される。

手首にはめていたウエラブル端末型の時計を枠に向けてかざした。



 ーーー世界中の誰しもが持ち歩く、この秘密の時計を。



「認証端末、イーズウォッチを検出しました。」

平坦な声が響く。

液晶に2秒程「個人管理番号(マイナンバー)」が小さく表示された。

「認証コードを確認しました。霧島瑞稀様。ヘルスチェックの結果、亜鉛と鉄分の不足が目立ちますので、本日のランチメニューはCセットをご用意致します。

今回はセットドリンクを表示のメニューから選ぶことが可能です。タップ又は音声にて選択をしてください。

また、療養の状態により別のメニューを選択する場合は、別選択のボタンをタップしてください」

 液晶画面に鮮やかな野菜と牛肉を使ったCセットランチの写真が表示され、その下にセットドリンクが浮かび上がった。

迷わずにいつも頼むアイスカフェオレをタップする。液晶画面の表示が切り替わった。

「ご注文を承りました。よろしければ、確定ボタンをタップ又は音声を使用して確定処理をして下さい」

「確定で」

 人に聞かせられないようなぶっきらぼうな声色であったと思う。ウエイトレスにそんなことをしたら今頃、厨房で罵詈雑言を吐かれているに違いない。



Keyword:://【ES watch -イーズウォッチ- 】

時計型ウエラブル端末。愛称はイズ。

人工知能【イザ】がインストールされており、公共施設を利用する際の身分証明の役割や金銭支払いの役割も担う。

通話機能はないが、簡易のメール送信は可能。手持ちのスマートフォンやタブレット端末との連携ができる。

さらに心拍数などの測定も可能であり、ヘルスチェック機能も搭載されている。レストランの予約から健康管理まで音声一つで様々なサポートをしてくれる。

今や世界中の多くの人が必ず手首につける、個人情報という宝物が詰まった秘密の時計。:://



 椅子の背もたれに深くもたれ、大きなガラス窓から空を見上げる。

他国のように大きな争いもなく、この国は穏やかな時が流れている、ように思う。

 令和も後半に差し掛かった日本は、令和三年に起きた新型ウイルスの流行と追い討ちをかけるように起きた関東大震災という大厄災を乗り越えて、新しくIT発展国として復興を遂げていた。

 首都と呼ばれる場所は東京から京都に変わり、関西の人口は大幅に増えた。

 一時的に機能停止をした日本を立て直すのにどれほどの時間と労力が掛かったのかは想像を絶する。誰しもが日本という国に対して絶望視していた。

 しかし現在、日本はイーズウォッチ製作に関する技術と部品を世界各国に売ることによって多額の金を儲けており、経済は災害前よりも格段に豊かになった。

 輸入大国日本は、世界で爆発的に普及したイーズウォッチの技術と部品を輸出する国へと徐々に形を変えていっていた。


「よ!順調か?」

 回顧を遮るかのように目の前の椅子に荒々しい気配が座った。

目線を遣ると、同期の#海堂柊人__かいどうしゅうと__#が満面の笑みでこちらを見ていた。

 活発で爽やかな風貌の、所謂イケメン。少々お調子者が玉に瑕だがあっけらかんとした性格で誰からも好かれている。

「たまにイラつく」気がついたら思ったことをそのまま口にしていた。

「は?何?何?なんかあったの?」

 あからさまに動揺した柊人を小さく鼻で笑ってやった。

「イケメンだなって思って」

「は?俺?」

「そう」

 はじめは面食らった顔をしていた柊人だが、即座に頭を抱えて天を見上げた。

「さすが俺!なんて罪深い生き物!!!」「さっさと注文しろよ」

 被せるようにそう言ってやると渋々茶番を止めた。

「…へーい」

 柊人は白を基調とした薄型のタブレット端末に手首にはめていたウエラブル端末型の時計、イーズウォッチを枠に向けてかざした。

先程と一言一句全く同じ台詞を吐く、穏やかな、しかしながら平坦な女性の声が聞こえる。また同じように液晶には青色の線で縁取られた四角い枠が表示される。

「認証端末、イーズウォッチを検出しました。」平坦な声が響く。

液晶に2秒程、柊人の「個人管理番号(マイナンバー)」が小さく表示された。

「認証コードを確認しました。海堂柊人様。ヘルスチェックの結果、本日のランチメニューはBセットをご用意致します。今回のセットドリンクはコーヒーを用意致します。よろしければ、確定ボタンをタップ又は音声を使用して確定処理をして下さい。

また、療養の状態により別のメニューを選択する場合は、別選択のボタンをタップしてください」

「おっしゃ。確定で」

 なんの躊躇いもなく柊人は音声で確定を選択した。


 この世界の人間は今の柊人のように、基本的に「選ぶ」ということをしない。

ーー目の前のディスプレイから俺達を覗く、人工知能【イザ】の決めるがままに従うのだ。

 疑いもせずに。それが「善」であると。

今日も明日も、自分たちの健康をと安全を守ってくれていると。

 現に柊人も何も疑問に思わず「今日はBセットかぁ」なんてワクワクしている。大の大人が、母親が作る夕飯を待つ子どものように。




Keyword:://【人工知能: IZA -イザ- 】

人工知能。世界中の人々が持つ多くの電子端末にインストールされている。

名ばかりの資本主義から脱却し、国民の健康と安全な生活の充実を第一に優先する、医療福祉社会の実現を行う偉大なる母、もしくは父という存在(システム)。

レストランの予約から仕事のアシスト、学業のフォローや人間の健康管理まで様々なサポートを行う存在。今日のランチは何を食べたらいいのか、明日のデートで着ていく服は何がいいのか、人間の「選択」を掌握するモノ。

国民の身体の健康と精神衛生上の安全を守る為に全ての事象に最適解を先導する管理者。

イザの開発には、あの有名な名家:://stopーーdeleteーー//:: :://




 殊更気持ちの悪いことに、先進国ではイザを利用したメンタル管理や福祉の充実を図る制度がある。

 とりわけ日本ではイザを用いたメンタルヘルス管理が重要視されていた。

 最近では職業適性もイザの診断が受けられるので、就活生はイザの診断を参考に進路を決めるケースが多い。ただし、現行では診断結果に対して強制力はないとされている。

 かつてのスマートフォンなどには人工知能Siriがインストールされている事がほとんであったが、現在の主流はIZA(イザ)である。

 また、あくまで噂の範疇であるがイザの名前は人工知能イライザからとっている、らしい。



 「で、真面目にどうよ?」

ウエイトレスが置いて行った水を一口飲んで、柊人が口火を切った。

「いつもと変わらず。リリースに向けての最終準備は進んでいるけど…そっちは?医師会のクレーム対応終わったか?」

クレーム対応という単語を聞いて柊人はげんなりとした表情を見せた。

「患者がマイナンバーカードを持ってきていない時にカルテを検索する際に、あの長ったらしい番号を入れて検索するのかって文句言われた」

 大災害の前から、日本国民には「番号」が振り分けられていた。



Keyword:://【個人管理番号制度 -マイナンバー制度- 】

個人管理番号。通称、マイナンバーは12桁の番号を国民に付番することにより、社会保障、税、災害の3分野で、国や自治体などの複数の機関に存在する個人情報が同一人の情報であることの確認を確実かつ迅速に行い、効率的な情報の連携を図ろうとするものである。

この制度は、行政の効率性と透明性を高め、国民にとって利便性の高い公平、公正な社会を実現することを目的としている。 :://




 役所の手続きなどに必要な番号で、かつては運転免許証やパスポートでの身分証明が主流であったが、今では身分証明にも「個人管理番号」を用いるのが当たり前になっている。

 また、かつては医療機関で受診をする際には保険証というカードを提示しなければならなかったが、現在はマイナンバーカードのみでの受診が可能だ。

 混乱なく国民にサービスを提供する為に導入された「番号」だが、俺にはまるで家畜を管理する為のツールのようにも感じられた。

そんな考えをお首にも出さずに言葉を返す。

「うーん、結局医院独自の医療ID振ったら従来の診察券システムと変わらなくなるし、やっぱり、個人管理番号入れてもらわないといけないんじゃないかなぁ。」

 現在、日本では全国共通の電子カルテシステム【アイリス】の導入計画が進められている。

かつての独占禁止法なんぞは「国民のより良い健康を守る為」という大義名分のもとに遥か彼方に消え失せ、いつ、どの病院に運び込まれたとしても、患者の診療録(カルテ)を個人管理番号を元に確認できるようにするシステムを確立させようとしているのだ。

 現状ではまだ複数の企業が電子カルテシステムの販売を行なっているが、大災害を切っ掛けに、患者の診療録(カルテ)を一元管理するべきだという声が上がっていた。共通のカルテを使用していれば患者の個人を特定できるのもが一つでも分かる場合、それを元に患者の既往歴やアレルギー、投薬内容がどこにいても一目で分かるようになる、と。

 勿論、この電子カルテシステム【アイリス】にも人工知能「イザ」が搭載されている。

 俺と柊人はこのシステムを開発・販売する大手医療機器メーカー【株式会社メディカル・チャイルド】で働いている入社五年目の社員だ。ここ最近は本格稼働に向けて段々と忙しくなってきていた。

「2年後に全国一斉導入だぞ?色々間に合わん」

溜め息をついて柊人は椅子の背もたれにだらりともたれ掛かった。

 医科・歯科・薬科の垣根を越えるのは勿論、医師会での承諾や厚労省との決まり事など超えなければならないルールや独自の文化が多く、国が決めたことであるはずなのにそう簡単にはこの計画は進まなかった。現行の電子カルテシステム販売メーカーとの衝突も多い。

「予定、だろ。国やメーカーは都合が悪くなれば難癖つけて国民を騙すさ」

 途端、柊人が眉をひそめた。

「瑞稀。お前、それ厚労省の役人の前で言うなよ」

 友人の本気の心配に思わず肩をすくめた。

「流石に言わないよ。SNSでも厳しく管理される時代だぞ」

 そう。この国では政(まつりごと)にとって不要な発言は厳禁だ。

 かつては多くのSNSが乱立し、匿名の元、それはそれは自由になんでも文章での呟きや写真、動画や音声なんかを投稿していた、らしい。

 しかし大災害後、政府はSNS監視ツール【ジニア】を全てのSNSに導入した。




Keyword:://【Zinnia -ジニア- 】

SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)監視ツール「ジニア」は人工知能「イザ」を用いて投稿内容を分析し、投稿主が犯罪者もしくは犯罪者予備軍でないかを判断する。ジニアが犯罪を犯す可能性が極めて高いと判断すると、「予期逮捕」として警察が投稿者を逮捕し更生施設に送り込む。 :://




 予期逮捕ができるようになったのは、確か四年前からであったと思う。今年はまだ少ないが、導入当初はかなりの予期逮捕者が出ていたらしい。その多くが政治に対する意見や不満を投稿していたともっぱらの噂だ。

「あ、SNSで思い出した!瑞稀、このアカウント知ってる?」

 柊人は突然身を乗り出したてスマートフォンを胸ポケットから取り出した。

 目の前に差し出されたスマートフォンを覗くと、メッセージ投稿SNS「Capture」(キャプチャー)の画面が開かれている。

表示されていたアカウント名はーーー「Mirzam」

「みるざ…誰?芸能人?」

 芸能関係は正直に言うと疎い。皆目、検討がつかない。

柊人はさらに身を乗り出した。子どものように目がキラキラと輝いている。

「ミルザム!最近話題の予言アカウントだよ!これが結構当たるらしくってさ!」

 思わず天を仰いだ。予言アカウントだって?人工知能が昼飯を決めるこのご時世に?

「出た。都市伝説。イザの判断結果の方がよっぽどマシだ」

「そんな顔して本当は好きなくせにぃ」

 瞬時に、頬をつつこうとした奴の指を思いっきり握りしめてやった。

  数年前のとある出来事が起こったときには確かによく色々と調べてはいた。その時にも都市伝説狂の柊人の知識もよく借りていたが‥柊人にはどうやら同類だと思われているらしい。

「痛い!!瑞稀さん?!ちょっと?!」

「はいはい。で?何を言い当てたの?」

 芸能人のスキャンダルだとかそういうものにはこれっぽっちも興味がない。うんざりする。

「痛い!痛い!最近だと3ヶ月前に起きた首相交代とか、大手食品メーカーのヨードファブリック社の倒産とか、あとは絶好調だった株価と暗号通貨の暴落とか!」

 そこまで聞いて思わずげんなりした。いや、それ、予言じゃなくて「予測」なのでは。

「政治とか経営不振とかは、ある程度動向を観察していたら予測がつくんじゃないか?」

 目の前にある眉間の皺が深くなったので仕方なく指を解放してやった。柊人は手を胸の前で握りしめて何故か女のフリをしている。

「もう!瑞稀ちゃんは相変わらずスキンシップが激しめなんだから」

まだ懲りてないようである。

「‥ああ。そうだな」

 ポジティブ野郎の指を再度掴んでやろうとしたが慌てて指を引っ込めやがった。

「まぁ、確かにそれも一理あるけどさ。でも他にも地震とか台風とかの自然災害も予知してるんだよ。ほらこの前、九州で震度6強の地震があっただろ?あれも2ヶ月前にSNSで上げてたんだよ」

 机に置かれたスマートフォンの画面に映る「Mirzam」が投稿した画像を横にスライドしていく。

 桜島の写真と18時46分と表示された時計の写真、さらに「桜島 震度6」と記載されているメモが映った写真が表示された。

 先日、桜島を震源地とした大きな地震が起きたばかりだ。ーー投稿日は地震発生日の2ヶ月前。

「へぇ。そりゃすごい。超能力者か何かか?」

 思わず半目になってしまう。人工知能「イザ」が実質支配するこの世界で予言なんて時代遅れなことされてもただの娯楽として消費されるだけだろう。

 食べる物も着る物も、進むべき道ですら「イザ」が決めてしまうのだ。どの分野にでも、もれなく「イザ」が絡んでいる。ーー未来を決めるのは「人工知能」だけなのだ。予言もへったくれもありゃしない。

 いや、この「Mirzam」というアカウントの中の人はまさしく娯楽として投稿することを楽しんでいるだけなのかもしれない。

「相変わらずドライだなぁ。今じゃ有名人でフォロワーは1万人だぜ。瑞稀もフォローしてみなよ。信じるか信じないかは…」

「はいはい。本当にそういうの好きだよな。SNS監視ツールは有給取って海外へ長期旅行か?」

 柊人が思い切り吹き出した。

「あはは。そうかもしれない」

 自分で言っておいてふと気になったが、いくら「予言」と言えどここまで目立つことをしてSNS監視ツール「ジニア」に何故目をつけられないのだろか。そこは疑問に思う。下手をしたら予期逮捕対象者になるのではないか。

 適当に「Mirzam」の投稿内容を流し読む。

政権交代、議員の不正内容、大手企業の倒産‥。長雨などの自然災害に半年前に再度流行った、流行り病の予言までしている。投稿した日付は全て事が起こる前だ。多少驚いた。これではまるで未来でも見てきたかのようじゃないか。確かにこれは人を惹きつけるだろう。

「何?何?気になっちゃった?」

柊人も楽しそうに一緒に画面を覗き込んできた。

「ああ。ジニアがお目こぼしするアカウントなんて見たことないからな」

「だろ!youもフォローしちゃいなよ!」

「いつの時代の社長のマネしてんだ」

 昼休みの時間は限られている。午後からは開発会議もあるからこの謎の予言アカウントは帰宅してからじっくりと見ることにしよう。今は予言より、柊人と医師会との攻防内容を聞いておきたい。場合によってはシステム開発部が号泣する羽目になるかもしれないから。

 後で見返す為に自分のスマートフォンから「Capture」を起動させて、「Mirzam」のアカウントのフォローボタンを押した。


 ーーーその瞬間、新しい投稿がアップされた。


 思わず柊人を呼びかけようとした声が止まった。投稿された写真と文字から視線が外せない。


何処かのカフェテリアの写真にーーー「早く逃げた方がいい」の文字。


 思わずどきりとした。偶然ではあるがタイミングが合いすぎた。

努めて、落ち着き払って声を出した。「なんか投稿されたぞ」

柊人も早速、自分のスマートフォンを凝視し始めた。

「本当だ。早く逃げた方がいい…?」

どこの店だろうか?なにかが起きるのか?早速の予言投稿に何故だか不思議と胸騒ぎがした。

「あ!!この店の向かいのカフェじゃん!フクロウの絵が描いてある看板の、ほらあそこ」

 柊人が右側の窓を指差す。俺達はいつもこの窓際の席に案内されることが多いので

たまたま外を見ることができた。

 ーーーフクロウの絵が描いてる白い看板が見える。確かに向かいのカフェだ。

「こんなタイムリーに写真を投稿されることなんて中々ないぞ」

そうそう経験することが無い出来事に珍しく動揺と興奮を感じた。

柊人が不思議そうに首を傾げる。

「なんで逃げなきゃいけないんだろう?別に何も起きてなさそーー」



「あ」と思ったその一瞬、何かが窓ガラスを突き破り、激しく轟音が響く。



 ーーー俺達の居る店の窓から強烈な爆風とガラスの破片が流れ込んだ。





 一瞬の出来事で何が起こったかわからない。

気がついたら俺は木目調の床に転がっていた。店内の彼方此方から悲鳴や動揺の声が響く。

 幸いにもすぐに意識がはっきりとしていた。咄嗟に身体を起こして窓を見る。

窓ガラスは跡形も無く、筒抜けになった向こう側では一軒のカフェが激しく炎を上げて燃え盛っていた。窓側にゆっくり近づくと足元でガラスと床が擦れる音が聞こえたが、目の前から視線が外せない。

 窓から外を眺めると、カフェの前に数人の男女が子ども部屋の人形のように投げ出されていたるのが見えた。衣類が赤く染まっているが服の柄ではないだろう。側では人の足のようなものもぼてりと落ちている。路上には血まみれになったフクロウの看板が吹き飛ばされていた。

 あまりに一瞬の出来事に声が出ない。

これではまるで、スクリーンに映る誰かの物語の中に放り込まれてしまったようじゃないか。

 そうこうしているうちに徐々に人が集まってくる。

「うげぇ‥マジでなんなんだよ‥」

 柊人が机の下から呻き声を上げて這い出してきた。すぐに机の下に身を隠したのか、目立った外傷はなさそうだ。綺麗な茶色の髪が埃まみれになってはいるが。

「大丈夫か?」

 手を差し伸べ声をかけた途端、柊人が目をむいて飛び上がり俺の身体を支えた。

「瑞稀!血が!!」

 指摘された途端、自分の顔が濡れていることに気づいた。心なしか痛みも感じる。

拭うと手のひらが真っ赤に染まったので、思わず笑ってしまった。



 次第に周囲でけたたましくサイレンが鳴り響き始めた。

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