08 接近
放課後、冬坂さんは校内のどこかに向かって歩いていた。
もちろん僕とミオンも彼女の後を追う。
道すがら冬坂さんは、立ち止まって後ろを振り返ることが何回かあった。
その度に、僕は視線を外して何食わぬ顔をした。
この状況を表す端的な言葉は「だるまさんが転んだ状態」だろう。
「だーるーまさんが、――転んだ!」
冬坂さんが振り返ると、ミオンは笑いながら声を上げた。
ミオンは面白がっているが、僕と冬坂さんにとっては笑いごとではない。
冬坂さんは僕の尾行に気付き、不審に思っている。
このままでは、本当に僕はストーカーになってしまう。
だからといって彼女との距離を離せば、いざという時に守れない。
解決方法があるとすれば、それは彼女と仲良くなることだろう。
自然と話ができるぐらいの関係性を築ければ、近くにいても不審に思われることはなくなる。
影ながら守るのではなく、堂々と隣で彼女を守れれば苦労も減る。
そして冬坂さんは目的地へと到着する。
そこは図書室だった。
僕たちも続いて図書室へと入る。
すると、冬坂さんは奥の机に座って本を読んでいた。
彼女の体が入り口の方を向いているので、僕が図書室に入ってきたことはバレバレだ。
しかし、後に引くことはできない。
そのまま何食わぬ顔で通り過ぎ、本棚の影に一旦身を潜めて体制を整える。
適当に本棚の間をめぐり、作戦を考える。
どうしたら冬坂さんと仲良くなれるのか?
何かきっかけが欲しい。共通の話題があれば……。
そこで、ふとアイデアが浮かぶ。
「……本か」
彼女の読んでいる本の話題で会話が出来れば、仲良くなれるかもしれない。
しかし、冬坂さんの読んでいる本を、僕は読んだことがない。
まったく読んだことのない本の話をするのは、難易度が高い。
すぐに読んでいないことがバレてしまう。
だが、僕には頼れる仲間がいる。
ちょっと変態だけど、冬坂さんのことについては右に出る者はいない人物。
なんせ本人なのだから。
「ねえミオン。冬坂さんが今、読んでる本の内容を教えて。ネタバレ全開で」
僕はそうミオンにお願いをした。
「ネタバレはマナー違反だからなぁ……。
それに自分で読んだ方が良いと思う。
人からあらすじを聞いても面白さは伝わらないよ?」
ミオンはなぜか常識を持ち出して言い渋る。
いつもは常識外のセクハラを僕に浴びせると言うのに……。
「別に面白さを求めてるわけじゃないから、そこは平気。
僕は冬坂さんと仲良くなるきっかけが欲しいだけだから」
「ああ、それで本の話をするってこと?」
「そう。同じ本の話をして仲良くなる。
僕と冬坂さんが仲良くなれば、ミオンの目的にも都合が良いと思うけど?」
ミオンの目的は僕と冬坂さんをエッチさせること。
別に、仲良くなったからといってもエッチするとは限らない。
だが、仲良くなければ、まずエッチをすることもない。
「うーん、たしかに。
仲良くなって、さらに恋人になればエッチなんて自然とするもんね」
僕の言いたいことをミオンは理解してくれたようだ。
「そういうこと。今の関係性だと一生かかっても無理だと思う」
「だよね。カズキにレイプする度胸なんてないもんね」
「いや、それは犯罪だから……」
「分かった。ならば教えてあげよう」
どうにかミオンを説得することに成功し、本の内容を教えてもらった。
「……よし」
僕は本棚から適当な本を取り、冬坂さんの前の椅子に座る。
そして、
「あっ」
僕は小さく驚いたふりをする。
冬坂さんが視線をあげて僕を見た。
「ごめん。その本、僕も読んだことあるから、つい。
主人公がタイムスリップして、過去を変える話だよね」
「……そうです。春岡くんも本を読むんですね。
あまり図書室にいるのを見かけませんけど……」
冬坂さんは僕を警戒している。
彼女の言うとおり僕はほとんど図書室を利用しない。
「普段はあまり小説を読まないけど、それは気になって。
最後が良かったね。主人公がヒロインを……。
あ、ごめん。まだ読んでる途中だったね」
ネタバレに配慮して、嫌われないようにする。
ミオンがネタバレに厳しかったので、冬坂さんもそこは同じだろう。
「いえ、この本はもう何回も読んでるので大丈夫です」
冬坂さんは本を閉じると、その表紙を優しく撫でた。
ミオンも隣でうんうんと頷いている。どうやら思い入れのある本らしい。
ミオンが過去に戻ってきたのも、その本の影響が少なからずあるのかもしれない。
それから僕と冬坂さんは、その本の話で盛り上がった。
最初はぎこちない会話だったけれど、好きな本の話題だったためか、すぐに冬坂さんの緊張はほぐれていた。
僕はその本を実際には読んでいないため時折、話を合わせるのに苦労した。
困った時は、視線でミオンに助けを求めた。
するとミオンは嬉々として僕を助けてくれた。
冬坂さんが何かを言うたびに、ミオンは「うんうん分かる分かる」と激しく同意していた。
自分自身なのだから共感して当たり前なのだが、その姿はとても微笑ましかった。
ミオンの声は冬坂さんには届いていない。
なので僕がミオンの言葉と感情をなるべく再現してみせた。
その甲斐もあってか、僕と冬坂さんはすっかり打ち解けていた。
会話が一段落すると、冬坂さんと駅まで一緒に帰ることになった。
「春岡くんは、幽霊を信じていますか?」
隣を歩く冬坂さんがそんなことを訊いてきた。
僕は苦笑いを浮かべる。
僕が教室でやらかしたのを、冬坂さんも見ていた。
同じクラスなのだから当たり前だけど……。
「最近までは、あまり信じてなかったね」
僕はちらりとミオンを見る。
ミオンは手を振って自分をアピールしていた。
「では、今は信じてると?」
「そうだね」
視線を冬坂さんに戻す。
「この前の授業中に見てましたよね?」
「うん、あれはビックリした。
窓の外を人が落ちていくのが、はっきりと見えたから。
でも僕にしか見えてなかったみたいだね。
あれは間違いなく幽霊だったと思う」
そして、その幽霊は今、隣にいる。
ミオンはうんうんと嬉しそうに頷いていた。
「春岡くんは霊感がある人ですか?」
「いや、まったく。あれが初めて」
ミオン以外の幽霊を見たことがない。
僕にミオンが見えるのは霊感ではなく、たまたま波長が合っただけだろう。
「今も幽霊を見るんですか?」
「うん、見るね。見るっていっても、その幽霊だけが見える」
「特定の幽霊だけが見えるということですか?」
「そうだね。その幽霊以外は見えない」
「その幽霊とだけ、相性が良いんですね」
「うん、きっと体の相性もバッチリ!」とミオンが会話に割り込む。
「あはは、それは勘弁してほしいね」
僕がそう答えると、ミオンはむぅと頬を膨らました。
冬坂さんの方は、ふふっと小さく笑っていた。
こうして僕は冬坂さんと少しだけ仲良くなることに成功をした。
次の日からは、こそこそと後ろをつけるのではなく、堂々とあいさつをして彼女の隣を歩いて登校をした。
休み時間にもちょくちょくと話しかけ、僕が彼女の隣にいても不自然ではない空気を作り上げた。
学校帰りに本屋へ一緒に行ったり、買い食いなんかをするぐらいに仲良くなった。
傍から見たら恋人だと思えるぐらいに、僕たちはいつも一緒だった。
そして一週間が経ち、僕はなんの問題もなく彼女を守れていると思っていた。
だけど、それは違った。
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