第110話
今日は、以前莉々先輩と約束していた映画を見に行くことになっていた。
人気者は忙しくて困るよね。
はい、冗談はさておき。
今日観る予定なのは、とあるゲーム作品を実写化したもので、映画の他にも漫画やアニメ等の各種メディアミックス展開がされている人気作品だ。
俺も、実はすこーしだけ気になっていた。というのも、偶然深夜にやっていたアニメをリアルタイムで視聴していたからだ。偶然ね。
ただ、一つだけ問題があった。
この作品って序盤はなんてことない日常モノなんだけど、後半ホラー展開になっていくんだよね。つまり、観た日の夜はトイレに行けなくなるデメリットがあるのだ。
キャラがデフォルメされたアニメですら夜布団から出られなかったからね。
いや、なら観るなという話はごもっともなんですけど。
話を戻しまして。
アニメで観ても怖い作品なのだから、実写となれば、さぞや恐ろしい映像に仕上がっているに違いない。
でも気になる〜!
気にはなるのに、決して一人では観れない。そんなジレンマを個人的に抱えた作品のため、今回のお誘いはまさに渡りに船だったのだ。
一方で、姉さんや莉々先輩に俺がビビリであることがバレないよう注意しなければならない。今更な気もするけど、この一線は守らなければならない気がする。
と、まあここまではいい。
今回は、さらに気をつけなければならないことがあるのだ。
それは、玲明生と出くわさないこと。
莉々先輩は、中等部の生徒会長だ。普段、俺が知っている彼女の姿からは想像しにくいけど、玲明学園における生徒会長という肩書きは、非常に格の高いものなのです。
あの生徒会を束ねるトップであるわけだからね。一般生徒の中には、「天上の人」と崇拝に近い感情を持つ子もいるくらいだ。
姉さんも、生徒会役員という肩書きに加えて莉々先輩の親友だから、生徒会内外問わずファンも多い。
そんな人たちが、アニメ原作の映画を観ている莉々先輩たちを見たらどう思うだろう。
俺が未然に防がなければ。
……。
色んな意味で緊張してきた。
俺は、リビングのソファに腰掛けながら、手のひらに「人」と書いて飲み込むのを何度か繰り返す。
こういう自己暗示あったよね。
「……何やってるの」
「あ、姉さん。準備終わったの?」
「ええ」
出かける準備を終えたらしい姉さんがやってきて、隣に腰掛ける。
「……」
「何よ」
「いえ」
随分気合い入ってますね。
服装も化粧もバッチリきまっている。言葉は少なめだけど、心なしかウキウキしているように見える。
デートでも行くんですか? それとも、映画が楽しみだったんですか?
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいな」
じっと見つめられる。
俺は知ってるよ。ここは下手に茶化さず素直に褒めた方がいいんだ。
「とてもよくお似合いです」
「そう」
ならいいわ、と姉さんは呟いた。
今のはパーフェクトコミュニケーションではなかろうか。
満更でもなさそうな表情の姉さんを見て、俺はそう確信するが、似合うのはそれで問題があるのだ。
姉さんほどの美人が、こんなに気合いの入った格好で出かけたら間違いなく目立ってしまう。
水を差すようで心苦しいが、ここはきちんと確認しておこう。
「……あの、姉さん。すごい綺麗だけど、でもさ、今日ってあまり目立たない格好の方がよかったんじゃないの?」
「え、なぜ?」
姉様は、きょとんと不思議そうにしているので、俺は「莉々先輩がアニメを観に行く姿を見られたらまずいのでは」と説明する。
「大丈夫じゃないかしら。莉々なら『こういうのもご覧になられるんだ』って周りから好意的に思ってもらえるわよ」
「そうかなあ」
「そうよ」
一番の親友である姉様がそういうなら間違いないのだろう。俺の考えすぎだったのかもしれない。
「心配しすぎ。それより咲也」
「はい?」
「さっき、私が話しかける前、手を口に当てて何かいたけど、どうかしたの?」
話題が一転し、俺の話に。
さっきのやつ、見られていたのか。
何をしていたのかと言われてもなあ。
「緊張しないように、おまじないみたいなものだけど」
「私と莉々が相手なのに緊張なんて……まさか」
正直に話したのに、変な結論に至ったらしい姉さんからきっと睨みつけられてしまった。
大方、「真冬という子がいながら莉々を意識するなんて」とでも思ってるのかなあ。
「違うから安心して」
「……まあ、咲也にそんな甲斐性はないわよね」
そうだよ。一言余計だけど。
姉さんが納得したところで、見計らったように家の呼び鈴が鳴った。きっと莉々先輩が着いたのだろう。
今日は、一旦ウチに集合してから明前家の車で都内の映画館へ向かうことになっているのだ。
少しして、使用人に案内された先輩がリビングへやってきた。
「ごきげんよう、輝夜、咲也さん」
惚れ惚れするほど綺麗な所作でお辞儀され、思わずソファから立ち上がりお辞儀を返した。
「こんにちは、莉々先輩」
「ごきげんよう」
俺と違い座ったまま挨拶を返した姉さんは、続けて言う。
「悪かったわね。わざわざウチまで来てもらってしまって」
「気にしないで。待ち合わせなんてまるでデートみたいですもの。とてもワクワクしたわ〜」
と、いつものふわふわした調子に戻った先輩は、呑気に笑っている。
緩急の付け方が絶妙な人だ。俺が昔から見知った彼女は、ふわっとした表情が多かったから、真面目な姿を見ると、その変わりように感心する。
すると、
「そうだ、咲也さん。今日はせっかくのお出かけだから、少し気合を入れたのだけど、どうかしら?」
「え」
キラキラと期待のこもった視線と共に、莉々先輩が近づいてきた。
え。
これは姉さん同様素直に褒めるべきか。
えーと。
「……とてもよくお似合いです」
逡巡の末、正直な感想を伝えた。
フェミニンなコーデに身を包んだ彼女は、とても中等部三年とは思えない大人っぽさに満ちていた。
この二人と肩を並べて歩くと、すごく人目を引きそうだ。出かける前から憂鬱である。
「ふふ、聞いた輝夜? 誰よりもよく似合ってるですって〜」
「そこまで言ってないでしょ……」
そうだよ。
心の中で姉さんの言葉に便乗。
それから二、三言葉を交わした後、俺たちはあらかじめ準備してもらっていた明前家の車に向かうことにした。
三人とも慣れた動作で車に乗り込み、走らせてもらうこと十数分。都内の映画に到着した。
運転手に帰りの時間を伝えてから館内に入ると、間接照明の煌めくほの暗さと騒めきと、何とも言えない甘ったるい香りに歓迎される。
「映画館って初めて来たけれど、結構騒がしい場所ね」
姉さんが眉を顰める。
「慣れれば気にならないわよ?」
莉々先輩は涼やかに笑っている。
「咲也さんはどう?」
前世で来たことあるし。むしろ楽しみにしていたまである。明前家は、俺の外出には厳しいからね。放っておくと変なところに一人で行きかねないって。
姉さんが映画館に来たことがないのも、あまり父さんが良い顔をしないからだ。俺も昔、とある日曜朝アニメの劇場版を観に行きたいとお願いしてみたことがあるが、難色を示されてしまったことがある。
観たい映画があるなら、関係者向けの試写会に行けばいいという考えなのだ。明前グループはエンタメ関係の事業もやっているから、そういう招待状は年間を通してよく来るしね。
まあ、あの時は難色を示すというか、引いていたというのが正解かもしれないけど。
それはさておき。
今回は、姉さんが懇意にしている思川家の令嬢からのお誘いという形だったので、父さんも渋々納得してくれたのである。
莉々先輩様様だね。
「あまり気にならないですね」
ウキウキで答える。
映画館というのは得てして人が多い場所だ。多少騒がしいのは想定内ですよ。
「あら、さすがは咲也さんね〜」
「いえいえ、そんな……」
そうでしょう。そうでしょう。
内心、天狗のように鼻を伸ばした俺に、姉さんが怪訝そうな視線をぶつけてくる。
「何よ、咲也だって初めてでしょう。どうしてそんなに慣れているのよ」
「え!?」
いや〜、そんなことないと思うけどなあ。
姉さんからじっと睨みつけられ、俺はたじろぎながらも視線を外す。と、そこで、俺たちが周りからの視線をかなり集めている様子であることに気がついた。
当然、注目の主は姉さんと莉々先輩だ。
クール系美人の姉さんと、ほんわか系美女の莉々先輩は、タイプは違えども人目を惹きつける魅力の溢れる方々だ。
その姿、まさに「二人はプ——
「……キュア」
「咲也さん、何かおっしゃいました?」
「いいえ」
危ない危ない。
それより、周りの視線をなんとかしないと。
好意、羨望、欲望……。色んな感情の混ぜこぜになった視線。中には連れの女性がいるのにこちらへ見惚れている人や、ヤンチャそうな見た目の若い男たちもいる。
そんな人たちから、なまじ無遠慮とも言えるような視線が注がれているのだ。
「……」
父さんが、あまり姉さんを人の多い場所に行かせたくない気持ちがよく分かる。
ちなみに、俺も初等部の頃は外出許可が中々出なかったんだけど、それはどうやら目を離すと変なことをやらかしそうだからだったらしい。
何ででしょうね。
不思議ですねえ……。
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