第89話
あの後。
先生の計略(異説あり)にはめられ、クラスの副委員長をやることになってしまったものの、俺は元気です。
中等部という新しい環境下、ワクワクしているのか、今も上機嫌に廊下を歩いていた。
「ふんふん〜」
目的地は、生徒会室だ。
今日から晴れて、俺達中等部一年生の選別メンバーは、生徒会に正式に加入することとなる。そのため、入学式の後、サロンで任命式が行われるのだ。
これまでは、あくまで将来の生徒会加入が約束されていただけだった。
玲明で過ごして早六年、ようやく加入というところではある。とはいえ、生徒会って普段何をやっているのかしら?
サロンには毎日のように顔を出していたけど、役員は専用室へ入ってしまうし、他のメンバー達もお茶を飲みながら書類に目を通しているところくらいしか活動らしきものを見たことがない。
もしや、肩書きくらいしか変わらないのかな。
「生徒会選別メンバー」って、少し言いづらかったから、助かるけどね。
さて。
中等部へ入学し、これまで初等部のあった西棟から東棟へ教室が変わったため、幾許かの新鮮さを感じながら、中央棟へやってきた。
すると、下駄箱の前にある支柱にもたれかかっている生徒が目に入った。
遠くからでも目立つ人だ。
足音で、あちらも俺の姿に気づいたようだ。
「あら、副委員長ではありませんか」
「委員長」
天童さんは、そう言ってこちらへやってきた。
副委員長と役職で呼ばれたから、思わず俺も「委員長」と返してしまった。
本人は、あまり気にしていないようだったので、特に言い直さなくても良さそうだ。
「天童さん」よりも、「委員長」の方が何となく親しみやすさを感じるし、今後はこの呼び方で統一しましょう。
彼女と対峙すると、ふわりと香水の匂いが鼻をくすぐった。
うわ。良い匂い。
香り付きATフィールドとかがあったら、きっとこんな感じだと思う。
整った顔のパーツの中でも存在感を放っている釣り上がった眼、綺麗に手入れのされた茶髪と、スカートからスラリと伸びる脚。
遠くからでもえらく存在感を放っている。柱に寄りかかっているだけなのに、大層絵になる人だったけど、間近で見ると尚更そう思う。
雨林院姉妹や、亜梨沙と同じ種類の人だ。
次元の違う美人ってこういう人たちを言うんだ。
緊張がバレないよう、押し殺しながら話しかける。
「お帰りですかい?」
あ、緊張して召使いみたいな口調になっちゃった。
「ええ、そんなところです。貴方こそ、今日は入学式で人も多いですし、あまり校内をウロウロしていると、守衛を呼ばれますわよ」
それに気づいてか、委員長はくすりと笑う。
「俺を何だと思ってるの……」
肩を落とすと、「冗談ですわ」と彼女は言った。
朝の一件以来、印象最悪かと思いきや、意外にも彼女の態度は普通だった。もしかして、副委員長を素直(異説あり)に引き受けたのが良かったのだろうか。
危ない危ない。
それから二、三言葉を交わした後、委員長から「そういえば」と尋ねられる。
「副委員長こそ、こんなところで油を売って、どうしたのですか」
「これから生徒会に行くんですよ」
「……ああ、生徒会、ね」
含みのある返しだった。
これまでが平和な会話だっただけに、突然ピシっとヒビが入ったようなガラスのような空気になってしまった。
やはり、義弥の絡みなのだろうか。
「いえ、申し訳ありません。何でもありませんわ。……さて、ワタクシは用事がありますので、もう行きますわ。まあ、何かの縁ですし、一年間よろしくお願いしますわね?」
追及するのもどうかと思い、黙っていたら、委員長はそう言ってお辞儀をすると、スタスタと東棟——中学棟の方へ歩いていってしまった。
背筋をピンと伸ばし、堂々と歩く後ろ姿は、どこかの国の王族みたいだ。
途中、立ち止まってこちらを振り返る。
「副委員長、貴方に役員が務まるのかは分かりませんが、どうかお気をつけて」
そして、それだけ言うと、俺からの返事は待たずに歩いて行った。
意味深な言葉だったな。
心配されているような口調だったけれど、遠回しに馬鹿にされた気もする。というか、そちらの成分量の方が多かった気がする。
むっ。
副委員長だってきちんとやるし、生徒会の役員だって、就任したら両立してみせますとも。
そんなこと言ってると、知りませんよ。
委員長が困ってるところを見つけても、助けを求められない限りは助けてあげないからね。ふん!
俺は上履きをだんだんと鳴らしながら、生徒会室へ向かう階段を登るのだった。
「はあ……はあ……」
普段はエレベータを使うのだけど、勢いで階段を使って最上階まできたので、少し疲れた。
運動不足だね……。
身体を動かして、モヤモヤは少し晴れたので、残りの分は、家に帰ってからケーキを食べて散らすとしましょう。
そう思いながらサロンの扉まで行く道すがら、
「あら、咲也さん?」
ちょうど、エレベータが最上階へやってきて扉が開いたと思ったら、中から金髪ツインテールのこれまた目立つ容姿の美少女が降りてきた。
同じ生徒会メンバーの銀水亜梨沙だ。
中等部の制服がよく似合っている。
「亜梨沙さん、こんにちは」
「ええ、ごきげんよう。何だかこうして話すのは久しぶりな気がしますわね」
と、彼女は微笑む。
俺も同じく、懐かしい感じがしていたよ。今日は色々あったから、知っている顔って安心するなあと思いました。
「冬休みはどこかへ行った?」
「中等部入学前ですし、あまり遠出はしませんでしたわ。三日ほど沖縄へ行ったくらいかしら」
「いいねえ。あっちは暖かそうで。東京はまだまだ寒いからなあ」
ソーキそば食べたくなってきた。
乗っている豚肉を別皿に分けて、ケチャップをかけて食べるのが、たまらなくジャンキーで好きなのだ。当然、家族の前でやるとものすごい目で見られるからやらないけど。
ちなみに明前家も、二泊三日で上越地方に温泉旅行へ行きました。源泉かけ流しはやはり良いよね。硫黄が多く含まれてるからって、湯が緑色なのは驚いたけど、おかげで肌はツルツルさを保っている気がする。
温泉まんじゅうも美味しかったな〜。
「そうですわね。さすがに泳ぎはしませんでしたけど、やはり暖かくて過ごしやすかったですわね。お土産も買いましたから、後で差し上げますわ」
やった。サーターアンダギーだといいな。究極、もらえるなら何でも嬉しいけどさ。
「ありがとう。俺も温泉旅行に行ったんだ。お返しってわけじゃないけど、お土産も買ったから、後で渡すよ」
「あら、どうもありがとうございます。楽しみにしてますわね」
亜梨沙が嬉しそうに笑う。
存在感を放つ金髪も、気の強そうな整った顔立ちも変わらないはずなのに、彼女は最近、いくらか表情が柔らかくなった。
今回に関しては、温泉まんじゅうが楽しみなだけかもしれないですけど。
それを差し引いても、今までよりも大人びて見えるようになったし、中等部の制服姿という見慣れない格好の彼女の姿というのも相まって、不覚にも視線が吸い寄せられてしまう。
制服姿といっても、初等部からはリボンとスカートが変わっただけなのにね。
「どうかしました?」
「……いいえ? 何でもないです」
「なぜ急に敬語になりましたの?」
不思議そうに首を傾げる亜梨沙に、慌てて何もないと告げる。
このままでは、亜梨沙の制服姿に目線がバキュームされ続けて戻ってこれなくなりそうなので、別のことを考えることにした。
「……」
ふと、思った。
亜梨沙は、兄の許嫁が外部生として入学してきたことを、どう思っているのだろう。
普段と様子は変わらないように見えるけど。
家同士の婚約なわけだし、当然委員長ともとっくに顔見知りなのだろうから、今更同じ学校に入学してきたとしても、あまり驚くこともないのかな。
自問自答してしまったが、おかげで煩悩は足を遠のかせたようだ。
思えば、ずっと立ち話をしてしまっていた。
ここは廊下だ。
春先とはいえ、まだ冷える。
俺は亜梨沙へ謝ると、サロンへの入室を促した。
「引き止めてごめん、入ろうか」
「いえ、咲也さんのせいではありません。ついお話に花を咲かせてしまいましたわね」
お互いに肩をすくめながら扉を開くと、すでにサロンは中等部と高等部の先輩方で勢揃いだった。
彼らの目線が一瞬こちらに集中し、思わずたじろいでしまう。
が、
「これはこれは明前様に亜梨沙様。この度はご入学おめでとうございます」
中等部三年の先輩がにこやかに話しかけてくれた。
おかしな話だけど、歓迎ムードであることにホッとする。
「ありがとうございます。不勉強なところも多いかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、「そんな固くならないでください」と苦笑されてしまった。
そのまま、先輩に「こちらです」とテーブルまで案内してもらう。いつものテーブルと違って、普段は中等部の先輩方がお茶を飲んでいるエリアだ。
あるテーブルまで連れてきてもらい、座るよう促されたので、空いている椅子に腰をかける。
一緒に来た亜梨沙も、俺の正面に座った。
そこで、俺と亜梨沙の左右に座っていた先客が口を開いた。
「やあ、咲也。さっきぶりだね」
「ああ、そうね。元気してた?」
アメコミのようなノリで返すと、亜梨沙の双子の兄である銀水義弥は肩をすくめた。
「朝は悪かったね」
「気にしてないよ、本当に」
「ごきげんよう。咲也様、何かあったのですか?」
続いて、義弥の向かいに座っていた雨林院希空からの挨拶に「お久しぶり」と返事をし、それから、
「実は義弥に隠し子がいたんだ」
と、声を潜めて耳打ちする。
すると、
「……へっ?」
希空は、ポカンと口を開いていた。
そらそうだ。
そして、そんな顔の希空は初めて見たから、よほど驚いたのだろう。
「ちょっと、咲也。希空さんに変なこと吹き込まないでよ。それに、朝のことならもうさっき話したところだよ」
義弥は呆れたように溜息をついた。
「え〜?」
「あら、私は騙されてしまったのですか?」
「いいえ、滅相もございません」
笑顔で詰め寄られ、俺は必死に首を横に振る。
嘘はついてないです。
だって、(俺達に)隠し(ていた許嫁の)子のことだし。
「咲也様?」
「ごめんなさいでした」
ダメだ、怖い。
圧に屈した俺は素直に謝った。そう、いつだって、戦場で長生きするのは、うまく逃げられる奴なのだ。
「それに、義弥様の話を聞く前から、天童様のことでしたら、パーティーでお見かけした記憶がありますよ」
「パーティー……?」
希空に言われてはっとする。
先日、天童会長をお見かけした、あの時か。やっぱりあれは銀水家主催のパーティーで、彼女もそこにいたのだ。
「そういえば、そうだったね」
覚えていないなんてとても言えないので、黙って話を合わせておいた。
すると、俺の考えなどお見通しとばかりに義弥がにやけ笑いを向けてきた。
「咲也はあの時、色んな人に話しかけられて、てんやわんやだったもんねえ」
「大人顔負けの対応だったと、自負しているな」
胸を張って答えると、
「それは冗談ですわよね?」
真正面から怪訝そうな顔を向けられたので、俺は顔を背けた。
ふと、奥の役員室が開いた。
数人の生徒が出てきて、そのまま一列に並んでいく。
俺達、新一年生が揃ったので、そろそろ歓迎会が始まるのだろう。
前に並ぶ人のうち、何人かは俺のよく知る人物がいる。姉さんもいたので、試しにウインクしてみたら睨まれた。何で?
それから。
彼女ら役員の真ん中には、中高の生徒会長が立っていた。
「ごきげんよう、皆さん。中等部生徒会長の思川です。今日という、とてもめでたき日を無事に迎えることが出来、私は大変嬉しく思います。今年から、四人の仲間が正式に生徒会へ加わるのですから。さあ皆さん、前にいらして?」
その片方。
中等部生徒会長が、よく澄み渡る声でこちらを呼ぶ。
姉さんの親友にして大のホラー好きでもある、思川莉々先輩だった。
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