第2話

 「X線上のノア」、通称「のノア」は、現代日本を舞台に繰り広げられるアドベンチャーとRPGを融合させた大作だ。

 現代日本を舞台としているが、一つだけ俺のいた前世と比べて大きく違うところがある。

 それは、「特殊能力」の存在だ。

 この世界の人間には、特殊な能力を持って生まれる者がいる。発現する条件、理由、種類等、詳しいことはついぞ作中でも、明らかにならなかったが、能力者は概ね小学校入学までには能力が発現すると言われている。

 能力の種類は様々で、火を起こすものだったり、はたまた未来予知まで、実に多岐にわたる。

 もちろん、明前咲也も能力者だ。

 と。

 ここで気づいた。

 床に臥せってしまった母様は、病が発覚した時点で、もう処置のしようがないほどに体内を蝕まれており、先が長くない。たしか、ゲームでも俺が小学校に入学する前に故人となっている。

 しかし、俺の能力を使うことができれば、それを回避することができるかもしれない。

 明前咲也の能力は、「治癒」だったのだから。


 旧華族の系譜であり、日本では古くから実業家として成功してきたことで、数多くの企業を傘下に持つ明前グループの御曹司にして、次期跡取りとして持て囃された明前咲也の能力は、あらゆる怪我や病を快方に向かわせる、おそよ敵役には似つかわしくない能力だった。

 しかしながら、原作の戦闘では、必ず取り巻きや他の中ボスなどと一緒に現れ、味方のボスの体力が減ってくるとこまめに回復してくる害悪のようなキャラとして君臨してプレイヤーを苦しめた。

 おまけに、本人の性格も最悪で、傲慢かつ家柄を鼻にかけてやりたい放題、一般庶民を見下す選民思想の塊だったため、とにかく人気がなく、プレイヤーには蛇蝎の如く嫌われていた。

 あえて咲也以外の敵を倒した後に死なない程度にダメージを与え、体力を回復してきたらまた死なない程度にダメージを与えるといった、「明前サンドバッグ」というストレス発散プレイが生まれるくらいには嫌われていた。

 ……言っていて悲しくなってくるよ。

 その性格は、まさにこの親にしてこの子ありというような、家柄至上主義の父の影響が強い。

 と、まあここまで聞くと、原作でも母のことを助けることができたのではないかと思うかもしれない。残念ながら、作中で咲也に能力が発現したのは、奇しくも母が亡くなった翌日のことだったのだ。

 明前家は、両親と姉、咲也の四人家族で、父や咲也と違い、母と姉はそこまで身分や家柄にこだわる人ではなかった。

 しかし、夫婦仲は良好であったし、どちらかというと父が母にゾッコンだったのだ。だから、きっと母が生きていれば、もう少し違う未来があったのかもしれないと思う。

 しかし、現実には母の命日の翌日という最悪のタイミングで能力が発現してしまったことにより、咲也は明前家でも、特に父親から腫れ物のように扱われるようになってしまう。

 この扱いが、後の傲慢で家柄至上主義の明前咲也という歪んだ人物を形成していくきっかけになるのだ。


 ただ、今の俺には前世の記憶がある。結末を知っているからこそ、謙虚に、慎ましく長生きしたい。

 あと、家族仲良く暮らすという、前世でできなかったことをやってみたい。今の俺にとって、父も母も姉も大切な家族なのだ。

 何せ、咲也が生まれてから今日までの記憶も、きちんと俺の中にあるのだから。


 それには、まず第一に能力の発現が必須だろう。能力さえ使えるようになれば、咲也の「治癒」能力で、母の病は取り除くことができる。母を助けることができるはずだ。

 残された時間は殆どないから、悠長なことは言っていられない。

 原作でも母が死んだ翌日に能力が発現してるのだから、きっと俺の能力は、喉元の辺りまでは出かかっているはずなのだ。

 きっと、できる。

 いや、やるのだ。

 平穏に天寿を全うしてみせる!

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