第七話 江戸の朝ごはん
俺たちはお米が炊けるまで、お茶を飲んでいた。その間に俺は、気になっていたことをおかねさんに聞くことにした。
元禄と言えば、
「あの、おかねさん、井原西鶴と、松尾芭蕉って知ってますか…?」
もしかしたら一般の人は知らないかもしれないと思ったので、俺の口調はちょっと控えめになった。すると、おかねさんは嬉しそうな顔になって、こう話し出す。
「ああ、知ってるよ。「
そう言ってからおかねさんはちょっと考え込んで下を向く。
「松尾芭蕉は…そうそう!元々はお武家に近い家だったそうけど、今では句を詠む人さね。ついこの間も…えーっと、
貸本屋?貸本屋は確か…家に本を持ってきてくれて、レンタル料…みたいなものを払うと、本を貸してくれる人だったかな?ちょっとあやふやだ。まあいいか。
「「おくのほそ道」は?」
「なんだいそりゃ。それも本の名かい?」
「あ、いえ。なんでもないです…」
もしかしたら、俺はおくのほそ道が出る前に来てしまったのかもしれないな。そう思ってその場はごまかした。
「でもさ、お前さん、火の起こし方は知らないのに、本のことは知ってるなんて、変な話だねえ。字は読めるのかい?」
「あ、はい、読み書きはできます」
俺がそう答えると、おかねさんはぱちっと両手を打つ。
「まあ!すごいねえ!じゃあ
「写し物ってなんですか?」
「知らないのかい?はじめに書かれたものを渡されてね、それを紙に書き写すのさ。そうするとねえ…いくらかはわからないけど、小銭稼ぎくらいにはなるよ」
「へえ、そうなんですね」
そういえば江戸時代には、貧しい武士たちが内職をして、家計をやりくりしていたこともあったと聞いた。「おかみさんが手内職をして」なんて文句を本で読んだこともあったな。
「まあ、今は家の仕事もままならないけど、そのうちにあたしがどっかから写し物の仕事を探してきてやるから、おやんなね。ね、そうおしよ」
「そうですね。わかりました。お願いします」
「決まりだね」
俺は下男として世話になるのだし、少しでもお金も稼いで、おかねさんに助けてもらった恩返しをしたかった。そのやりようがこんなに早く見つかったのは、嬉しいことだ。
「あ、いい匂いがしてきた。お米が炊けるようだよ。薪を入れなけりゃね」
「あ、はい!」
俺たちは台所の竈の前に腰かけて、俺はおかねさんにお米の炊き方を教わっていた。
「いいかい?こうして火を落としたら、しばらく蒸らすのさ」
おかねさんは、初めは弱火だった火を、薪を入れて強火にしてから、最後に火を消した。
あれ?これ…どっかで聞いたような…確かちっちゃい時にばあちゃんが…。
「あ、あ!これ…“はじめチョロチョロなかパッパ”!」
俺は思い出したことにびっくりして、思わず叫んでしまった。すると、おかねさんが驚いて振り向く。
「なんだいお前さん、そんなことは知ってるのかい?つくづく不思議な人だねえ」
そう言っておかねさんは怪訝そうに首を振ったけど、すぐにふっと笑顔になる。
「まあそうだよ。あとに続くのは、“ジュウジュウいうとき火をひいて、赤子泣くとも蓋取るな”さ。わかってるなら任せるよ。蒸らし終わったらお茶碗に盛っておくれな」
「はい、わかりました」
俺はお釜の前でしばらく待ってから、おかねさんが用意してくれたお茶碗にお米を盛る。そして彼女に手渡すと、おかねさんはまたびっくりして叫んだ。
「なんだいこりゃ!こんなんじゃあとでおなかがすいちまうよ!」
そして俺が持っていたしゃもじをひったくると、おかねさんはお茶碗にどんどんお釜からお米を盛っていく。
俺がそのごはんの量にびっくりする暇もなく、目の前には山盛りのごはん茶碗ができあがった。
「これでよし。おかずが少ないんだから、このくらいは食べないとね」
そうか。おかずはたくあんだけと言っていたけど、江戸の人はその分お米をたくさん食べるのかもしれない。
「悪いけど、お前さんの茶碗と汁椀はまだないからね、今日はこのあと、身の回りのものなんかを買いに出よう」
そのあと、おかねさんは俺に先に食事を済ませるようにと言ってくれたので、俺は言われた通りに手早く食べさせてもらった。そして、同じ茶碗にお米を盛り直し、おかねさんもたくさんのごはんを食べていた。
つづく
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