第8話 妻よ待て 浮気はまだしてないぞ ~ 暗部登場

 急いで宿へ戻った知矢は丁度夕食時間になったばかりの食堂へ飛び込みミンダに声をかけた。


 「すみません、遅くなりました」


 もう大勢の泊り客や食事の為に食堂を訪れている人でごった返す中をせっせと給仕する女主、ミンダに声をかけた。


 「あら、お帰り、丁度さっき始まったばかりだから大丈夫よ、あとトーヤにお客さんが来てるからそっちの壁際の席を用意してあるから後で食事持っていくわ、今日も ※1)ビールで良いかしら?」


 ハイ、ビールでお願いしますと返事をし指定された席を探しながら「俺に客?」と訝しみながら奥へ向かった。


「トーヤ君!こっち!!」


笑顔で声をかけて来たのはなんとニーナだった。


何故この場にいるのかと疑問に思いながら席へ近づき

 「こんにちは、いやもうこんばんはですね、ニーナ主任お疲れ様です」

と取りあえずは挨拶してみた。


 「トーヤ君もうお仕事終わりましたから主任はやめてください、ニーナで結構ですよ」


と上機嫌で答えると茫然と立っている知矢に席を勧めるのであった。


 「じゃあ、失礼して。でもニーナさんなんでこんなところに?」

まだ理解がつかないまま促されて席に着くと



 「あ~ら、トーヤ、こんな所で悪かったわね!」

と背後には食事とビールのコップを抱えたミンダが立っていた。


「あぅっ、いやこれは・違うんです、言葉のあやと言うのかAWAW」


 慌ててアウアウ言ってる知矢に構わずミンダは食事とビールを置いて後ろ向きに手を振り忙しく去っていった。



 「ふふっ大丈夫ですよそんな慌てなくてもミンダさんも冗談ですからそれより温まらない内に頂きましょう」

と先に頼んでいた自分のワインのカップを目の前に差し出した。

 あわてて知矢もビールのコップを差し出し「「乾杯!」」と二人で飲むのであった。


 「ふ-っう、美味しい!」

 知矢がゴクゴク飲む様子をニーナは微笑みながら見つめている。


 「美味しそうに飲みますね」


 「あっいえ、急いで帰ってきたのもですから喉も乾いててはははは・・」


 「すいませ~んミンダさん、おビールおかわりお願います!」


と既に空になってしまった知矢のカップを見てつかさず注文してくれる


 「いやいや、そんな良いですよ酔っぱらっちゃいますよ」



 「ホイ、お代わりだ、ゆっくり飲めるように(大)にしといたよ」



 すぐにビールを持ってきたミンダは空いたカップと交換に今度は言葉通り倍くらい大きな金属製のカップになみなみとビールを持ってきた。



 (うわ、大ジョッキもあるんだ、昔からけっこうビールは飲む方だけどこの若い体で飲んで大丈夫かな?)


 知矢は置かれた大ジョッキサイズのビールをしげしげと見ながら転移して日本で言う処の”未成年”に若返っている事を思い出すのだった。



 もちろんこの世界に飲酒の年齢規制などない事は聞いていたが日本にいた頃。16歳、高校生の頃に飲酒をした経験の無かった知矢はこの体でそんなに飲んで肝臓大丈夫かな?などと心配してしまった。


 初めて飲酒をしたのは大学一年の ※2)弓道部新入部員歓迎会の席だった。

 昨今は大学生といえども未成年の飲酒は厳禁な時代に変わってしまったが当時は・・


 「ほれほれ、もっと飲めや!!ww」


 と先輩方にどんどん酒を勧められ断ることもできず呑んだこともない九州産の薩摩焼酎やビール、ウイスキーでも何でもをサラダボールであったはずのレタスや名残りのドレッシングまでもがちゃんぽん(混合)された器を1年全員で回し飲み、さらにおかわり等と滅茶苦茶な呑み方をしていたものだ(させられていた)。


 案の定先輩方を2次会へお見送りした後は酒と〇ろにまみれた一年同士で助け合い介護し合いながら金もなかったので1時間以上歩いて ※3)”赤迫”電停先でタクシーを掴まえ山を越えて帰った記憶が鮮明に残っている。


 なお、その日以降二日酔いどころの騒ぎではなく毎日苦しみ数日は何も食べるどころか起き上がることもできなかった。



 その時は「二度と酒なんか呑まねえぞ!」と誓ったはずなのだが結局在学中は飲みまくっていたのは良い思い出だ。


 その事も微かに思い出しながらこの異世界転移して若い体で酒の飲み方も体に覚えていないのにどれだけ飲めるのかとの不安と共に転移前ではすっかり酒好きのジジイだったせいもあり、更にさらに目の前には異世界で初めて会った若い女性(市場のお姉さんやミランダは除く)と楽しくおしゃべりするなんて!ジジイが通ってたキャバクラとは ※4)異なる全く楽しい時間になっていた。


 「でもニーナさんどうしてここで飲んでいるのですか?」


  突然の再会に驚きと戸惑いで聞きそびれた事を思だした。


 「いやですよ、ギルドで話していたじゃないですか、”私も良く食事やお酒を呑みに行っているんですよ”ってそれが今夜なだけですよ。


 トーヤ君は帰ってますかってミランダさんに聞いたら”そろそろだ”って言うから席を確保してお待ちしてました。

 ちょっと遅かったので先に呑ませて頂きましたけどね」


 とかわいらしくおどけながら話すニーナであるが本人も今日初めて会った新人冒険者、しかも年下である彼に興味を持ったのは午前中の騒ぎ、つまりほんの今朝の出来事でしか無いがその今まで出会った事の無い不思議なそして力を秘めた少年の事をもっと知りたいと素直に思って宿である食堂へ来てしまった。


 気持ちよく飲みながら二人は色々な事を話したが知矢は以前の世界に関わることや歳が察せられそうな話題は曖昧に答え、逆にギルドやこの都市、この世界の事を積極的に聞いてていたのでニーナはあとで振り返ると聞きたかったことが何も聞けなかったことに気が付いたのは翌日自宅で軽い二日酔いを覚えながらも出勤準備をしていた時だった。

 


 知矢は好みの女性と楽しく話せたしこの世界についていろいろ聞けて気持ちの良いお酒をたっぷり飲んで気持ちよくぐっすり寝られたがよく朝起きて「あっまた水浴びも湯あみも出来ないで寝てしまった」と少し後悔したが寝る前は汗やほこりが気になる性質なので”クリーン”はしっかりかけて寝たのだった。


**********************


 そんな風に二人が楽しくおしゃべりをし夜も更けて、”またギルドで”、と別れた後。


 冒険者ギルド”ギルド長室”


 夜も更けたというのに未だ居残って1人執務机に向かうガイン・パムラスその人であった。

 誰もいない音も気配もしない執務室で


「誰だ!」


と誰何するガインの声が静かに響く


 「私です、先ほど食事をしてどうやら寝たようですので部下を残して取り急ぎご報告まで」


 どこからともなく、男かも女かも解らないようなささやき声がガインの耳に届いた。


 ガインは姿は見えない訪問者へ無言の頷きを返し先をそくした。



 「はっ、ギルドを出た後は北の丘へ居座り1人一日中、ほとんど休憩も取らずに魔法鍛錬をしておりました。

 魔法自体は基礎的な魔法ばかりでしたのですが一度最初は双腕変術、つまり両手で別々の呪文を行使しようとしておりました、むろん高等魔術ですので成功する事はありませんでしたが一瞬は片手に”ファイヤー”片手に”アイス”を出現させていました、ほんの一瞬ですが。」


 「何!」と一言発したがまた無言で先をそくした。


 「はい、その後は延々に日暮れ前まで基礎4元を繰り返し発動、その発動は時間がたつにつれ量的・制度・継続時間が増大し基礎魔法と言えど推測する魔力量はAランクの使い手に匹敵するかそれ以上かと。」


 「誰も近づく者は居なかったのか?」


 「はい、街道を外れわざわざ人気のない、間違って事故の無い場所を選んだとも思えますし人知れず練習する為とも思いましたがどうやら都市の門方向からは丸見えだったようで都市へ帰還時門番より言われておりました」


 「で、その後は真っ直ぐ”木こりの宿とご飯”へ帰ったのか」


 「はい、夕食の時間が迫っていたこともあってか帰路は門番以外との接触も無ければどこも見向きもせず宿へ入りました。・・・ですが」


 「うん?何があった」


 「はっ、その宿の食堂で当ギルドのサービスマネージャーのニーナ・スコワールドさんが先に居り二人で酒を呑みつつ食事をし ※5)1刻程熱心に会話を交わしていた由にございます。」


 「何だと!で内容は、その後はどうなった!!」


 「申し訳ございません、食堂も混雑しており、聞き耳を立てるほど近づく事も叶わず内容は把握できませんでした。」


 「お前、 ※6)口読み出来たはずだろ」


 「・・・はい、それが・・、ニーナ主任は背を向けており、トーヤ殿の口は読めたのですが・・」


 「口が読めたのならわかるだろ、何の話をしていた」

 

 「・・それが、不思議なことに口の動きが全く言葉として理解できませんでした、申し訳ございません」



 「?うん、意味が解らんぞ、」



 「はい、説明しますと、普通{お}と発音すればおの口になるのはご存知かと思いますがトーヤ殿の口調は{い}の口の形なのに耳に聞こえるのは{お}、の様にまるで異なる言葉を発しているようにしか見えませんでした」


 「・・・俺は今日昼間奴と面と向かって会話をしたが違和感は感じなかったぞ」


 「はい、私も門番やニーナ主任との会話を間近で見聞きしていた時には違和感は感じなかったのですが・・・申し訳ございません、修行しなおします」


がばっと土下座の音でもしそうな声でその者は最大限のわびを乞うた。


 「・・・・う~ん、まあ仕方がない、で二人はその後?」


 「はい、食事を終えた後は別れ各々帰宅しました。その他怪しい出来事は無いと報告を受けております」


 「判った今日はもういい、また近いうちの声をかけるかもしれんからその時は頼む」



 「はっ」

と声を発しその者の気配は完全に消えた。


 残されたのはガインのみ。


 「さて何者か? 若いに似合わず老練な雰囲気を感じると思えばつまらない若輩のミスも犯す、擬態か素か。

 しかし暗部もそうそう気安く動かすにはもっと何か確証がないと本部にどやされるからな、しばらく静観しておくか。

 それにしてもニーナの奴もう若い男に惹かれたかクックック」

 一人静かに苦笑するガインを残して夜は更けていくのであった。





※1):ビールと呼称してますが以前の話にも書いた通り中身はエールになりますが私はビールで通させて頂きます。ビール大好きなもので。


※2):現実の当時こんな感じでしたw 練習もきつかったですが当時は我が大は西九州でも最強、全九州でも指折りだったと自負しております(著者の感想です、実際の結果を探して引っ張り出さないように・・まあ無いけどな)


※3):長崎市内の市電終点の一つ。この先は山です、真っ暗です、歩いて帰るやつは馬鹿です。はい、当時は一度は歩いて帰りました。時間経過とともに1人、また1人と脱落者が出ましたが死人は出ませんでした。


※4)キャバクラって楽しいですよねw、歳をとると話を聴いて持ち上げてくれるのはお金を払っているキャバ嬢だけですからねwでも中国による世界ウイルス汚染が終息するまで怖くて行けませんね。皆様もお控えください。


※5)1刻は2時間と考えてください


※6)読唇術の事です。私が勝手に造語しましたが他の方でも使っているかもです。



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