第2話 王太子殿下は貧乏くじだと思う
ここ一月ほど、どうも怪しいとは思っていた。不穏な雰囲気と言うか。
殿下はエレノア嬢とあっという間に一世一代の恋に落ちた……という噂が流れていた。
そして、その噂は若い貴族の令嬢たちの羨望と憧れをかき立てた。
だって、親に決められた婚約者とではなく、偶然の出会いで巡り合った運命の恋人との恋なのだもの。
そして、殿下はその憧れをかき立てるだけの美貌があった。
背は高く、濃い色合いの純粋な金髪はくせ毛で、真っ白な額に懸かっていた。眉とまつげはトビ色でその下の目は深い青だった。
鼻は高かったが大きすぎず、回りから威厳があるとほめられていた。だが、全体の感じは、少し目尻が下がっているためか、優しい雰囲気があって、それがまた、女性には受けた。
殿下に見つめられると、たいていの女性は赤くなった。まるで夢のような美貌なのだもの。
王太子妃の最有力候補と目される私への風当たりが猛烈に冷たいのは、このあたりにも原因があった。
私? 私も金髪だった。しかし、殿下の横に立つと金茶色に見えてくる。
目の色は、珍しい青緑だ。殿下と違って釣り目気味なので、きつく見えるかもしれない。
この前、公式晩餐会に出た時、某男爵令嬢が仲間の某伯爵令嬢に向かって、あんなキツそうな女が殿下に嫌われるのは時間の問題とか、聞こえよがしに話していた。
だが、そこの某男爵令嬢と某伯爵令嬢は、ちゃんとポイントを理解しているのかな?
王太子殿下が婚約者をすげ替えたとしても、後任は私の妹。リッチモンド家の娘に変わりはない。王宮の勢力図は変わらない。
それに、自分の妹をこう言うのはナンだが、表情筋が死んでてキツそうに見えるだけの私と違って、エレノアは笑ったり怒ったり忙しい。早い話が気分屋で感情的。さらに行動に一貫性がない。
エレノアがゆくゆくは王妃様になって采配を振るうとしたら……臣下として仕える方は大変だと思う。
臣下の勤務条件はむしろ悪化すると思いますけど、それでもよろしいのでしょうか?
私は彼女たち二人のそばをすっと離れた。
王太子殿下は、イケメンだったし、悪いのは成績くらいで、乗馬も剣の腕前もそこそこ。人間が悪いわけでもない。
それに、彼は一人息子だった。
どんなにマズいことをしでかしても、王位継承者の地位は盤石だった。
ついでに言うと、父上の国王陛下も一人っ子だったので、突然王弟殿下が復活してきた、なんていう逆転劇もあり得ない。
ルフランは大国で豊かな国だった。周辺国でルフランに対抗できるのは海を隔てたアレキアくらいなものだが、今のところ戦争だってあり得ない。
「確かに良く見えるでしょうね」
私はため息をついた。
両親もこの結婚に賛成で、王妃様も私に小言は多かったが、婚約者は私に決めようと考えている。
それなのに、私はこの結婚に全く乗り気でなかった。
巷で
「まったく知らない、すてきな男性とお知り合いになって、恋に落ちて……」
私は監視されていた。王妃様にも、王妃様の息のかかった教師たちや侍従たち、王家の侍女たち、もちろん公爵家においてもだ。
王家の花嫁に醜聞は許されない。
だけど、あの美しい王太子殿下は、誰に対しても優しかったけれど、死ぬほど退屈だった。
書斎で父と妹の間でどんな騒ぎが繰り広げられているのか知らないが、私は自分の部屋に籠城を決め込んだ。
「お嬢様……」
私が子どもの頃から仕えてくれている侍女のソフィアが心配そうに私の顔をのぞき込みにきた。
「まったく。お嬢様は、頑固でいらっしゃるから」
長年一緒なので、社交で留守がちな私の母より、よっぽど私のことはよく知っている。それに、私への忠誠心は絶対だ。
「あのお美しい殿下の奥様になれたらと、あこがれる令嬢も多いでしょうに」
「お美しいだけじゃつまらないのよ」
だから彼女には遠慮はない。不敬かもしれないが、つい本音を言ってしまう。
「うまくすると殿下との婚約を逃げられそうだわ」
ソフィアの前では、私の表情筋はよみがえる。
笑うと私の左の頬には笑いえくぼが出る。殿下は知らないだろう。
だが、それを見て、ソフィアはため息をついた。
「お母さまはとにかく、お父さまは承諾なさらないでしょう」
そう。父がエレノアではなく、私を嫁がせたがっているのは、理由がある。私なら王家の施政の補佐が務まる。
王太子殿下がヘマを仕出かしてもフォローが出来る。殿下を優しく軌道修正する役割を期待されているのだ。
もっと殿下が優秀だったら、王太子妃になるハードルは、美人で余計なことを言わないこと、くらいで済んでいたはずだった。
だが、あいにく王太子殿下は見た目と違って、そこまで出来がいいわけではない。
そのため、審査が厳しくなってしまって、一人脱落し二人脱落し、結局、(王太子のお眼鏡ではなくて)お付きの貴族たちのお眼鏡にかなったのが、私になったという訳だ。
「貧乏くじですよね……」
ソフィアがぽつりと言った。
その通り。残念な真実だった。
その時、バターンと(多分)父の書斎のドアが力任せに閉められた音がした。
家じゅうが震撼して、静かな環境に慣れているソフィアと私は震え上がった。
バタバタと普段の公爵家邸内ではあり得ない足音が近付いてきて、今度は私の部屋のドアがバーンと音を立てて、思い切り開け放たれた。
「ひいい」
私とソフィアはびっくりして、ドアを見つめた。
顔を真っ赤にして、目は潤み涙の跡がわかる顔でエレノアが興奮しきって部屋の中に入って来て怒鳴った。
「お姉さま! 今すぐ殿下との婚約を断ってちょうだい」
「は?」
貧乏くじ志願者、来た!
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