星那と花火大会の約束

「え、なっちゃん明後日のお祭り、浴衣で行くの?」




 ――そんな驚いた声を柚夏が上げたのは、夏休みの課題の残りを皆で集まって終わらせよう……そう言って白山家にいつものメンバーが集まった時だった。




 昨日は瀕死だった星那も、山は越えて今日はだいぶマシな体調になったので、改めて開催されたこの勉強会。


 その会場である白山家のリビングのテーブルには、よく冷えており、からん、と溶けた氷が涼しげな音を立てる麦茶と、お茶請けにと今朝張り切って焼いた星那の手作りクッキーが並んでいる。


 そこで皆がめいめいに課題を開いて解き進めていた手が……柚夏のその声で、ピタリと止まる。


「うん、夜凪さんが実家から去年着ていた浴衣を持って来てくれて、今は母さんがちょっと手直ししてくれてる」


 先日少し羽織ってみたところ、やはり胸が未だに成長している分そのままでは少し具合が悪く、浴衣は今は真昼の元で調整中。

 星那も裁縫はできるが、流石に普段目にする事も手にする事も滅多に出来ない和服にまで、おいそれと手は出せない。それが高級品ならば尚更だ。


 だが真昼は普段から巫女装束の手入れなどもしているため、手慣れたものだ。故にこればかりは、星那も母に任せきりであった。


「でも……和服を着て外出する日が来るなんて。ちょっと恥ずかしいかな……」

「そんな事言って、お姉ちゃんまんざらでも無いんだよね、昨日から時間があれば部屋で浴衣の箱を開けて、そわそわ眺めてるもん」

「ちょ、朝陽、なんっ…!?」


 星那にとってはまさかの妹の造反によって、浮かれ気分をさっくりと暴露されてしまい、真っ赤になって朝陽へと抗議する。

 だがしかし朝陽は、そんな姉の様子をニマニマと意地の悪い笑みを浮かべて眺めているのだった。


「あはは、お姉ちゃんかーわいー」

「もう……朝陽、最近夜凪さんの悪い影響を受けてきてない?」

「うわ酷っ」


 星那の腕に抱きつき、下から覗き込むようにして笑っている朝陽に、星那が諦めたように頭を抱え、溜息を吐く。

 その言葉に夜凪が抗議の声を上げるが……日頃の行いのせいで星那や朝陽はおろか、陸や柚夏に至るまで誰もフォローしてくれないのだった。




 そんな、白山家のじゃれ合いを他所に。


「いいなー浴衣。私も買おうかなぁ……」


 でも、今からでいいの残っているかな……そんな、すでに間近に迫った花火大会で需要も多いこの時期に出遅れた事を嘆いている柚夏だった。


 だがその一方で、隣に座っている陸は、何やら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「どうしたの、陸?」


 明らかに様子がおかしい陸に気付き、星那が首を傾げ、問いかける。


「あ、いや……柚夏の浴衣なら、当日までになんとかなるかもしんねぇ」

「本当!?」

「ああ、だが……はぁ、実家に帰って、姉貴に貸してくれって相談すれば、だなぁ……」


 そう言って嫌な顔をする陸だったが、しかし先ほど柚夏の希望に輝いた顔を見てしまった以上その選択肢を破棄するつもりは無いようで、諦めたように溜息を吐いていた。


「そういえば……私、陸の家って見た事無いんだよね」


 ふと、そんな事を星那が呟く。


「今いるマンションは陸の一人暮らしなんだっけ?」

「あ、ま、まぁな……実家については、姉貴も一度星那に会いたがってるし、いつか紹介はちゃんとするから今は気にしないでくれ」


 そう言われてしまえば、星那も無理に追求も出来ない。


 幼馴染であるが、星那は何故か同じ市内にあるはずの陸の家に招待された事がない。

 そうこうしているうちに、いつのまにか陸は市内のマンションに一人暮らしをしていたため、真相は闇の中だ。


「ねー、たいして実家から離れてる訳でもないのに、マンション買って一人暮らしさせるなんてどんな家よって感じだよねー」

「そうそう、陸って実はすごいお金持ち?」


 柚夏の言葉に、星那は両拳を握ってコクコク頷き同意する。


「あー……まぁ、陸んちは由緒正しい『九条』だからねぇ……」

「……?」


 何やらぶつぶつ呟いている柚夏の様子に、首を傾げ疑問符を浮かべる星那。


 明らかに柚夏は知っているらしいのだが……あえて言わない、あるいは言いたくないものを無理に言わせる気は星那にはさすがに無い。

 だが……陸の家族内で何か問題があるのでは、と気になってはいるのだった。


「それは……ご家族と、仲があまり良くないの?」

「あはは、全然! 陸の家族もすっごく仲はいいのよー。陸のお姉ちゃんなんて陸のことを溺愛してるから、出会った瞬間熱烈なハグよ、ハグ」

「だから帰りたくねぇんだよ……」


 星那の疑問を代弁したような夜凪のそんな質問に、その時を思い出しているのだろうケラケラと笑っている柚夏と、対照的にゲンナリとしている陸。


「はー……随分とブラコンなお姉さんなんだねぇ」

「まあたしかにそうだが……お前が言うな、星那」

「まぁ、向こうもなっちゃんには言われたくないだろうねぇ」

「なんで!?」


 隣で頑張って計算ドリルを解いている朝陽に、甲斐甲斐しくクッキーをあーんで食べさせてあげながら、星那が抗議の声を上げる。

 だがしかしそんな星那の抗議も、皆生暖かい目線を送って来るだけなため、不満げに頬を膨らませるのだった。




 そして……課題もそっちのけに話し合いをした結果、星那と夜凪だけでなく、全員で浴衣を着て花火大会に行こうと皆で誓う事となった。


 こうして、いよいよもって逃げ場は無くなった星那なのであった。

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