星那と、白い少女再び
「はぁあ……ケーキ美味しかったぁ」
「はは、喜んで貰えたなら、提案した甲斐もあったって物だよ」
先程食べたケーキの味を思い出し、ゆるゆるとした幸せそうな笑顔を浮かべている星那。
夜凪は半歩後ろを歩きながら、そんな様子を生暖かく見守っていた。
夜凪に連れていってもらった、小さな喫茶店。
外国から移住してきた夫婦が自分たちで小さな農園を開き、そこで育てている果実などの素材をふんだんに使用したというその菓子類はどれもが非常に美味だった。
その中でも特に、小麦粉無しで焼いたのだというアーモンドケーキが、しゅわっと口の中で溶けて消えるような不思議な食感で面白く、星那のお気に入りだった。
そうして四人で試験の打ち上げとして、喫茶店でティータイムを楽しんだ後。
すでに陸や柚夏とは駅で別れ……余韻に浸ったまま、白山神社へと戻ってきた星那と夜凪の二人。
「でも……これだけ甘いものを思う存分食べたのは、入れ替わってから始めてだったなぁ。星那君はどうだった?」
「うん、私も、美味しくて食べ過ぎたくらい。満足でしたよ……だけど、家の中では秘密ね、たぶん朝陽が拗ねるから」
「そうだね……今度は、みんなで行こうか」
談笑しながら、星那が夜凪にエスコートされる形で、二人並んでる石段を登る。
そうして境内に入ったところで……
「……あれ?」
星那が、視界の端に映った物に反応し、振り返る。
今、一瞬だけチラッと視界を掠めたのは……白い、ふわふわな体毛に見えた。それが本殿の影に消えていったような気がして、足を止める。
「ごめんなさい、夜凪さん。先に家に戻ってもらっても良い?」
「……ん? 分かった、鞄持って先に戻ってるよ」
星那の分の鞄も受け取って、夜凪は境内奥の自宅へ向かう。星那はそれとは別方向、本殿へと足を向けた。
――なんだか、無性に気になって仕方がなかったのだ。
不思議な衝動に駆られ、先程見た白い物を追いかけた先。
そこではいつのまに外に出てきたのか、納屋に居るはずの白く大きなモフモフ……ハチが、小さな人影と一緒に居た。
その行儀良く座り、こうべを垂れるハチの姿は……星那の気のせいかもしれないが、まるで主人を前にした騎士のようで、不思議と目を引かれて立ち止まったのだった。
そのハチの前に座り込み、毛並みを撫でていた小さな人影がこちらに気付いて振り返る。その姿は……
「君は……あの時の」
一度その姿を見たら、忘れるわけがない。
以前、皆で街へと遊びに行った時にカフェで一緒だった、真っ白な少女。
それがいま、制服……白のジャンパースカートとショートボレロが特徴的な、外で遊ぶには向いていなさそうな衣装……聖薇の初等部の制服姿で、目の前に居た。
「こ……こんにちわ、久しぶりだね。何か神社に用事だった?」
お嬢様学校の制服を纏う、この世のものとは思えない純白の美少女。
そんな御伽噺のような存在に一瞬気圧されていた星那だったが……すぐに我に返って女の子の前に屈み、目線を合わせて優しく話し掛ける。
そんな星那の目の前で、女の子は手元でスマートフォンに文字を入力すると、星那の方に見せる。
『今日は、忠告に来たの』
「忠……告?」
幼い少女から投げかけられるには、あまり似つかわしくない言葉に、目をパチパチと瞬かせる。
だが……そんな呑気さは、新たに打ち込まれた文章を目にした途端に吹き飛んだ。
『お姉さん、お姉さんが今置かれている状況で巫女として神事を担う意味、本当に分かってる?』
「……え、何故それを?」
神楽を担当する者が誰かは、関係者しか知らないはずだ。それを何故、彼女が知っているのか。
それに……その目に浮かぶ理知的な色。あまりに真剣な様子は、とても小学生の戯言と断じることなどできなかった。
すっかり呑まれてしまっている星那は、ただ彼女が新たに文字を打ち込むのを、呆然と見つめる事しかできない。
『……お姉さんの運命は今、他の人と無理に交換したせいでとても不安定になっている。だから私がそこを修正する余地が、まだ残ってるの』
「う、運命……?」
そのような話をされても、普段であれば宗教の勧誘だと思って耳を貸さないところだ。
なのに今回に限っては、なぜかそんな気になれず、ただ少女が紡ぐ言葉を待ち続ける。
それは……あるいはこの白い女の子が纏う、神秘的な空気に当てられたかのように。
『だけど、巫女としてこの神楽を捧げ終えた時、お姉さんは今の在り方を認める事になる……気まぐれで
認めるとか、運命とか、彼女って誰とか、今ひとつ理解できない言葉があるが……それが何を指しているのかだけは、なんとなく分かった。
「えっと……これが、元の生活に戻る最後のチャンスって事?」
星那のそんな絞り出したような言葉に、真剣な表情で頷く女の子。
その吸い込まれそうなほどに紅い目でじっと見つめられ……理屈ではなく直感で、彼女が語っている事が真実であると理解させられた。
「私は――」
私は一体、どうするべきか。
それは……予想以上に抵抗無く、星那の口から滑り出たのだった。
『――ん、わかった』
静かに、星那の思いを最後まで聞き届けた白い少女は、ポケットの中から何かを取り出して星那に渡す。
「えっと……これは?」
『色々と悩ませたお詫び。受け取って?』
「……ヤドリギの、新芽?」
渡されたのは、楕円形の葉を二枚備えた、まだ枝まで緑色のままの新芽だった。
『何か助けてほしい事があったら、それに祈って』
「祈ってと言われても……」
『大丈夫、その時が来たら、自然と理解できるから』
そんな言葉を聞いた瞬間――星那の意識は、まるでゲーム機の電源を強制終了したように、一度ここで途切れた。
「あ、あれ……?」
気付いたら、星那は境内で一人ぽつんと佇んでいた。
傍に控えているハチが、そんな星那をまるで心配するかのように見つめて、様子を窺っているのだが……
「……えっと、私、何をしていたんだっけ?」
首を傾げてハチにそう聞いてみるも、当然ながら答えは返って来ない。ただ「くぅん?」とひと鳴きされただけだ。
誰かと話していた気がするが、思い出せない。
ふと、指先に何かを持っている感触がして、手元を見ると……
「木の、枝……?」
その手に小さな緑色のヤドリギの新芽が握られている事に気付き、首を傾げる。
しかし……何故か捨てようとは微塵も思えず、ハンカチをポケットから取り出して丁寧に包み、仕舞い込む。
白昼夢でも見たのだろうか……そう首を傾げながら、釈然としないまま家へと踵を返した。
「おいで、ハチ。おやつ出してあげるよ」
そう呼び掛けると、元の場所でジッと座っていた白い秋田犬は、尻尾を振りながらトトっと星那の方に駆け寄ってきた。
こんな所はちゃんと犬っぽいなと、その様子にふっと笑みを浮かべると、玄関へと向かう。
その頃には……もう、誰かと会った気がするという記憶の違和感は、ほとんど消え去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます