白山家の勉強会①
――それからしばらく、平穏な日々が続いた。
星那の生理は、次の日までは症状もひどく、憂鬱な日を過ごすこととなった。
しかし、以降は土日を挟む事でゆっくり過ごせたこともあってすっかり落ち着き、五日目、日曜日の夜には出血も止まって普段通りの生活が帰ってきた。
そして、完全に復調した月曜日。
今日から、白陽高校は試験期間へと突入していた。
午前の授業だけで解放された生徒達は、まだこの時点では期末考査に対する不安よりも、早く帰宅できる事に浮き足立っているのだった。
そんな中……中身の詰まった大きなスポーツバッグを肩に掛け、陸と柚夏が白山神社を訪れていた。
「いらっしゃい、陸、柚夏ちゃん」
星那は、石段を登って来た二人に笑顔で挨拶をする。
そんな星那の姿を見るなり駆け寄ってきた柚夏が、がばっと抱きつく。
「なっちゃん、さっきぶりー!」
「はいはい、さっきぶり、柚夏ちゃん」
スキンシップ過剰な気はするが、この数日ですっかり今の星那に慣れてしまった柚夏は、いつもこの調子で事あるごとにスキンシップを図るようになった。
そんな訳で、女の子の感触に最初こそドギマギしていた星那の方も……今では、すっかり慣れてしまった。
「まったく……星那も嫌なら振り払って構わないぞ?」
「えー、なっちゃんはそんな事しないもんねー」
「あはは……」
呆れたような目で、そんな柚夏を窘める陸だったが、柚夏は離れようとはしない。
そんな二人の様子に、星那はただ苦笑するのだった。
そんな戯れている三人の元に、新たな足音。
その主は、今はまだ仕事中の真昼と夕一郎だった。
「いらっしゃい、二人とも」
「こんにちわ、真昼さん、夕一郎さん」
「数日、お世話になります」
にこやかに歓迎する星那の両親へと深々と頭を下げ、挨拶をする二人。
武道の心得のある二人は、こういう時本当に礼儀正しい。
そんな二人の生真面目な様子に、星那の両親も頬を緩ませていた。
「いいえ、二人とも、ゆっくり……とは勉強があるからいかないのだろうけど、あまり気兼ねしないでね」
「それに、柚夏ちゃんは勉強を教えてくれるそうで、本当にありがとう、こちらこそ、お世話になるよ」
「いやぁ……私も良い復習になりますので、気にしないでください」
二人に褒められた柚夏が、照れて謙遜する。
そんな様子を皆で生暖かく見守った後、真昼がパンと手を打って、話を進めた。
「それじゃ星那、二人を案内してくれる?」
「うん、それじゃ二人とも、付いてきて」
そう言って先導する星那に付いてくる二人。
「そういえば、よー君は?」
「夜凪さんは、中で飲み物とかお菓子とかを用意してるよ。すぐ勉強会できるようにね」
「げ、もう今日から始めるのか」
陸が、少し嫌そうな顔で呟く。
星那も気持ちは分かる。いつもならば、最初の一日は遊んでいただろうとは思う。
しかし、今回は状況が少し違うのだ。
「それだけ、なっちゃんとよー君の勉強の遅れは深刻だもんねぇ」
「ごめんね、お世話になります」
「陸はちゃんと授業出ていたんだから、今日はお休みする?」
「……いや、俺もやる。それでもこの中だと最下位になる予感しかしないからな」
ある意味星那以上に深刻な表情でそう語る陸に、星那と柚夏は二人、顔を見合わせて苦笑し合うのだった。
「それじゃ、陸はこっちの客間を使って」
「おう、サンキュ」
そう言って、二階にある普段は使われていない部屋に、陸を案内する。
畳敷きの六畳間。
隅には、クリーニングの包みから出したばかりの布団が畳んで置いてある。
何度か白山家に泊まった経験がある陸だったが、客間は初めてなため、興味深そうにあちこちを見て回っていた。
「それで、柚夏ちゃんは私と相部屋になるけど、構わないかな?」
「うん、勿論。普段は私がこっちで陸の方が相部屋だったから、なんだか新鮮で楽しいねぇ」
「そうだな、俺もこっちは初めてだ、不思議な気分だな」
いつもとは逆の部屋割りにそわそわしている二人。
そんな気持ちも、星那にもよく分かる。柚夏と一緒の部屋に寝るのは、中学校に上がって以来初めてだった。
「それで、勉強会はどこでやる?」
「夜凪さんがリビングで準備しているから、そこでやろうか」
「わかった、それじゃ俺は先に下に行ってるから、また後でな」
そう言って、さっさと自分の勉強道具を持って降りていく陸。
その背中を見送って、今度は柚夏を連れて自室へと向かった。
「へー、ここがなっちゃんの部屋かぁ……ナギ君だった時からあまり変わっていない?」
唯一と言って良い変更点であるベッド上のぬいぐるみを突きながら、どこか不満そうに言う柚夏。
「そりゃ、まぁね。どうなっていると思ったのさ」
「んー……壁紙とか布団カバーとかがピンクになっていたりとか?」
「……いきなり、そう少女趣味にはなれないかな」
若干顔を痙攣らせる星那に、それもそうかーと言いながら荷物を下ろす柚夏。
「それじゃ、荷解きが済んだら、一階で勉強を始めようか」
「うん、お世話になります」
一階に降り、リビングに入ると、すでに夜凪と陸の二人は教科書とノートを広げていた。
「ごめん、二人とも。おまたせ」
「うん、先に始めていたよ。科目は数学からで良いかな」
「そうだね、私は異論ないよ……一番心配な科目だしね」
暗記は得意だが、応用が少し苦手な星那が、夜凪の選択に両手を上げて賛成する。
数学ならば、まず公式を暗記した後にそれをどう応用していくかとなってくるので、まずその公式あたりを完璧にしておきたかった。
「お、三人とも、やる気満々だねぇ。感心、感心」
「どんなキャラだよ……」
うむうむと、腕を組んで頷く柚夏に、いつも通り陸のツッコミが入る。
そんな二人のいつも通りなやり取りに頬を緩めながら、改めて星那も夜凪の隣へと腰を下ろし、自分の勉強道具を広げる。
そのテーブルには、涼しげなガラスのポットに淹れられた紅茶や茶菓子なども準備されていて、それを見た柚夏が、自分も勉強の準備をしながら目を輝かせた。
「おお、クッキーまである。これはなっちゃんの手作り?」
「そうだよ。昨日のうちに星那君が、二人が来るならと張り切って焼いていたから、遠慮なく食べてあげて」
「ち、ちょっと夜凪さん!?」
テーブルの上の大皿に、何種類ものアイスボックスクッキーや、チョコチップとナッツの しっとりしたタイプのホームメイドクッキーが大量に並んでいる。
それだけで、星那がどれだけ張り切っていたかが分かるようだった。
さっくりとバラされて、星那が慌てて夜凪に抗議するが、彼はどこ吹く風だ。
むしろ、最近ではすっかりそんな星那の恥ずかしがる反応を楽しんでいる節がある。「慌てている星那君可愛い」とデレっとしながら抱きしめてくるくらいなので、はぁぁ……と深々と溜息を吐く星那なのだった。
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