「生きるということ」
ここから出られないと思った。全て神様のいう通り、この外にも中にも未知はない。そもそも外など存在しない。この梅雨の空気のように、質量のある湿り気に呼吸を押し付けられのしかかられ、どんなに「外」の空気を吸いたいと思ったところで呼吸がしやすい場所など空想上の産物だ。この閉塞感が息苦しい。
もやもやとした気持ちになることがある。その頻度が大人になって増えた気がする。誰かを褒める、誰かに礼を述べる、誰かに謝る。その言葉に嘘があるとき、外面だけ揃えた空っぽの箱を相手に渡すような(そして当然何も返ってはこない)虚しさを感じる。何も減らないのではない。明確に何かがすり減っている。ああ、こんな気持ちになるのならば、空箱など渡さなければよかった。そう後悔したところで私は繰り返すのだ。ありがとう、うまいものだ、ごめんなさい。疲れた。
子供の頃、呼吸なんて当たり前にできた。息を吸って吐いて、それと同じくらい簡単に言葉は滑りでた。私以外の全員が褒めるものを、慌てて褒めてみせることなどなかった。ただ「そうは思わない」と発言することに、悲壮な決意も圧力も感じない時期が私には確かにあったのだ。道は戻れない。時間は巻き戻らない。なんと虚しいこと——私が私に憧れたところで、何を取り戻せばいいと言うのだろう。何ひとつなくしたはずはないのに。
自分のうちにあるはずなのだ。落としていないのならあるはずなのだ。ものは増える一方で、私の意識は散らばり、心を歩き回ればあの引き出しも机の上も、蓄えた有象無象で満ち満ちている。このどこかに確かにあった。
ただその部屋を前に立ち尽くす時期は過ぎた。今は自室を片付けながらアルバムを読み本を読み返すのろまさで、その意識の溜まり場と向き合い始めている。見つかるはずはないとどこかで疑い、あるいは確信しながら、見つける過程こそ新しい自分を創り出すのだと信じて。
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