第4話

 ボロボロと泣いてしまいました。生きている間にできなかったことが、幽霊になってからできていました。


――生きている時に、あなたと会いたかった。


「……俺もだよ。……ゴメンな。」


 本当に優しい声で、申し訳なさそうに言ってくれました。

 この人は何にも関係ないのに……。

 この人が責任を感じる必要なんてないのに……。


 そんな話をしていると、車の窓から見える景色は見覚えのあるものになっていました。カチッ、カチッとオレンジ色の光を点滅させて車は止まりました。

 生きていたとしても出会うことはなかった人かもしれませんが、死んでしまった後に出会ったことは寂しいことでした。


「さぁ、着いたよ。」


――はい。……ありがとうございます。本当に、すいませんでした。


「あぁ。」


――あの、おじさ……おにいさんの名前、教えてもらえませんか?


「柴田隆也。……まだ、25だから、おじさんではないな。」


――あっ、すいません。


 律儀に車から降りて、助手席側のドアを開けてくれました。シートを前に倒して、下りるスペースを作ってくれます。幽霊の私に、そんなことをする必要ないんですが……。

 それでも、スポーツタイプの車は「こうやって下りるんだ。」と変に感心させられてしまい、そんなことも知らないまま死んでしまったことが悲しくなってしまいました。


――もっと生きていたかったな……。


「そうだな。」


 思わず漏れた私の言葉に、柴田さんは寂しそうでした。生きていた時に言えていたら全てが変わっていた言葉でした。


――勝手ですよね、自分で選んだことなのに……。


「……でも、生きていたかったと言えたことは、無駄じゃないと思うんだ。」


 辛いと思って投げ出してしまった人生が、今は素晴らしい物だったことに気付かされました。心配してくれていた両親や友達に感謝することができるようになりました。

 こんな簡単なことを生きている時に気付けなかった自分が悪かっただけなんです。


――あのー、また、この場所を通ってくれませんか?


「えっ!?……ここを通ったら、また驚かされるんだろ?」


――はい。……でも、通ってくれなかったら祟ります。


「せっかく送ってあげたのに、祟られるのかよ。……でも、そんなことできるのか?」


――今日は初めてで色々失敗しましたけど、これから幽霊として経験を積みますから。


「……俺を祟る方法もか?」


――はい。


 素直に「また会ってくれますか?」とは言えませんでした。

 たぶん、幽霊にそんなことを言われても嬉しくないはずだから言えませんでした。きっと、どんなお願いの仕方をしても柴田さんは受け入れてくれると思っての言葉になります。


「分かった。……でも、あの先輩は本当に怖いから、君が全部やってくれよ。」


 私が立っていれば柴田さんは車を止めてくれる。

 幽霊でなければ、そんな何気ない出来事を幸せと感じることができていたのかもしれません。



 それから、またボロボロと泣いてしまいました。ハンカチを出してくれましたが、私には受け取ることができません。


「君の身体は、もう見つかってるのか?」


――たぶん見つかってます。……この辺りにはありませんでした。


「そうか。……来週の土曜日、花を供えに来るよ。……どんな花が好きなんだ?」


 泣いている私を気遣って、柴田さんが言ってくれていました。


――お花ですか?


「あぁ。」


――バラの花束をもらってみたかったんです。ダメですか?


 場違いになってしまうかもしれませんが、少しだけバラの花束に憧れがありました。


「お供えの花にバラって、なんか不謹慎だな。……でも、まぁ、いいか。」


――約束しましたからね。


「あぁ。ただ、人生で初めて花を贈る相手が、幽霊になるとは思わなかったよ。」


 私も同じことを考えていました。生きてさえいれば、悲しいことよりも幸せなことがあったのかもしれません。


「……また来るよ。」


 そう言い残して柴田さんは帰って行きました。奇妙なドライブが終わって寂しい気持ちになりましたが、来週の土曜日を待ち遠しく感じています。

 生きていた時は一日一日を苦痛に感じていただけなのに、幽霊になってから先のことに胸を躍らせることになってしまい、複雑な心境ではありました。

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――よかった。戻ってこれたんだね。


――全然帰ってこないから心配してたんだよ。


――もしかして、送ってきてもらったの?


 柴田さんの車が走り去っていたのを確認した先輩たちが駆け寄ってきて、私に声をかけてくれます。

 驚かすために乗り込んだ車で送り届けてもらうなんて前代未聞の失敗だったとは思いますが、驚かすことだけには成功していたので報告しました。


 ただ、先輩たちに私が泣いてしまっていたことがバレてしまい。


――どうしたの?……泣いてたみたいだけど。


 また心配させてしまいます。生きていた時に気付かなかっただけで、こんな風に私の周りには優しい人がいてくれたんだと思えてきて、また涙が零れ落ちました。


――すいません。……色々と大切なことを思い出して、もっと生きていたかったなって余計なこと考えちゃったんです。


 その言葉を聞いていた先輩たちはニコニコしながら私を見てくれています。


――余計なことなんかじゃないよ。すごく大切なこと。


――あなたは、んだから。



 私には全く意味が分かりませんでした。

 意味が分からずに困惑している私に、先輩たちは説明をしてくれます。


 私がここに来たのは、昨日の夜のことだそうです。

 自らの手で人生を終わらせるために、この場所へ訪れたことは間違いないらしいです。そこで私は先輩たちに驚かされてしまい、崖になっている場所から転落してしまったのです。

 先輩たちは、愚かな行為を思いとどまらせるために私を驚かしたみたいですが、やりすぎてしまったことを反省していました。


 崖から落ちた私は、頭を強く打ったらしく意識を失ってしまい、一刻も早く発見してもらう必要があったみたいです。機転を利かした先輩たちが、肝試しで来ていた人たちを誘導して倒れている私を発見してもらったと聞かされました。


――だからね、今のあなたは病院で眠っているはずよ。


――ちょっと驚かして帰ってもらうつもりだったんだけど、ゴメンね。


――でも、今なら間に合うから大丈夫だよ。


 先輩たちは、それぞれに優しく声をかけてくれます。


――どうして、そんなことまでしてくれたんですか?


 そんな説明を聞いても、私は状況が理解できず、皆に問いかけてみました。

 死ぬためにこの場所に来ていた私を幽霊たちが助けてくれたことになるのです。

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