幽霊は、後部座席がお好き。

ふみ

第1話

 私が今いる場所は有名な心霊スポットの近くを通る道。季節は夏で、怪談にはベストシーズンです。

 そこで先輩たちに囲まれて指示を受けながら、通りかかる車を待っていました。


 これからの段取りとしては、


①髪の長い先輩が道路脇の木の下に立って車を停止させます。

②停止させた車に私が乗り込みます。

③頃合いを見て、運転手を驚かします。


 となっています。


 車を停止させる段階では、驚かせすぎると事故を起こしてしまう危険があるので慣れた先輩が見本を見せてくれることになっています。

 運転していた人が周囲を確認するために車外に出てくるかもしれませんが、車を停止させる役の先輩は見つからないように隠れてくれるらしいです。

 車に乗り込むタイミングは、傍にいてくれる先輩が指示してくれるはずです。


 本当は①~③までの全てを一人でこなすことになるのですが、初回は先輩から色々と教えてもらうことになります。教えてもらえるうちに要領よくできるように集中して覚えなければなりません。


 ただし、今日は日曜日。日曜日の夜は通りかかる車が少ないので、難しいかもしれないと聞かされていました。


――あっ!一台来たみたいだよ。


 傍にいてくれた先輩が声を掛けてくれました。私の緊張感は高まりますが、当然ながら心臓がドキドキすることはありません。


――スポーツタイプの車だから大変かもしれないけど、頑張って!


 先輩は細やかなことも教えてくれます。事前の注意事項でも言われていたことですが、スポーツタイプの車は後部座席が狭いので隠れるのが大変らしいのです。

 それでも、数少ないチャンスを逃すわけにはいきませんでした。



 予定通り、木の下でスタンバイしていた先輩が絶妙なタイミングで滑るように道路を横切って車を止めてくれます。停止した車から慌てた様子で男の人が降りてきて、先輩が立っていた周辺を調べていました。


 緊張して身動きが取れずにいる私に「今のうちだよ。」と声がかかりました。何とか行動を起こした私は、止まっている車の後部座席に慌てて隠れます。

 しばらくは身を隠しておき、運転している人が後ろの異変に気付き始めた頃を見計らって姿を現すのが効果的とのことです。



 とは言っても、乗り込んでからは一人きりで先輩の指示はありません。

 意外に驚かすタイミングが難しくて、なかなか姿を出せませんでした。声をかけるタイミングが悪いと驚かせすぎてしまい、事故を起こしてしまうことになり可哀想です。

 それでなくても、心霊スポットで熟練された先輩の姿を見てしまっているので、かなり動揺しているはずでした。きっと今も、あの時の恐怖心は残っているはずです。



 心霊スポットに出没する幽霊の大切な仕事は、人を驚かすことだと説明を受けていました。

 でも、道連れを増やしたいわけではないので、やりすぎは良くありません。


 運転中の男性はガコガコと忙しそうに動いています。せっかく赤信号で止まっても、私が迷っている間で青になってしまい、チャンスを活かすことが出来ません。

 車はドンドン進み、元いた場所からも離れていきます。もっと慌てなければいけない状況だったのですが、のんきな私は車内でかかっている曲が素敵で聞き入ってしまっていました。


――こんな素敵な曲も知らないで、私は死んじゃったんだ……。


 そう思うと悲しい気持ちになってしまい、余計なことばかりを考えて始めてしまいます。

 結果、窓の外から見える景色は明るい場所になっていました。気が付けばどこにいるのかも分からずに、帰る方法も考えていなかったので不安になります。


 やっと事の重大さに気付けた幽霊初心者の私は焦りました。


――どうしよう……、どうしよう。


 驚かすことなんて、すっかり忘れてしまっています。車がコンビニの駐車場に入った時、これが最後のチャンスだと思いました。


――あのー、すいません……。


 私は、小声で話しかけました。自然と申し訳なさそうに、弱々しい声になってしまいます。

 それでも、運転席では「うぁー!」と絶叫を上げてバタバタと驚いてくれていました。運転中に声をかけなかったことは正解だったと思い知らされます。運転中に声をかけていたら、間違いなく大事故になっていたでしょう。


 男性は、逃げ出すためにドアを開けようとしました。ただ、焦り過ぎていて手が滑ってしまい上手く開けることもできなくなっています。


――すいません、すいません!危害を加えたりしませんから!!


 私の言葉を聞いて、男性は少しだけ落ち着いてくれました。


「な、な、何?……き、君は誰?」


 こんな感じではありましたが、最初の驚き方に比べれば冷静になってくれています。

 話を聞いてくれる状況ができただけでも助かりました。


――あのー、たぶん、幽霊ってことになります。


 幽霊として自己紹介するのは初めてのことでした。


「はぁ!?……幽霊?」


 幽霊の自己紹介は、される方も初めての体験だと思います。間抜けなやり取りになってしまっていますが、この状況では仕方ありません。


――驚かそうと思って乗り込んだんですけど、帰れなくなっちゃたんです。


 恥ずかしさを押し殺して、私は正直に相談しました。


「えっ!?何、言ってるの?」


 分かり易く混乱しているみたいでした。それから運転していた男性が落ち着くのを待って、順を追って説明します。

          ・

          ・

          ・


「……じゃぁ、あの場所で俺の車を止めたのは、君じゃないんだな?」


――はい。あなたの車を止めてくれたのは先輩です。


「幽霊の先輩って……。」


――みんな生きていた頃の名前は覚えていないんです。だから、お互いの呼び方が分からなくて……。


 私も自分の名前は覚えていませんでしたが、生きていた時の辛かった記憶だけは鮮明に残っていました。

 辛かった記憶が残っていることが私が生きていたことの証明であり、自分が幽霊になってしまった事実を認めることができる原因になります。


――それで、あの場所って、どっちの方向に行けば戻れるんでしょうか?


「えっ?……あの場所まで帰るの?」


 車が走っていた時間を考えれば、かなりの距離を走ってきたのかもしれません。でも、


――他に行く当てもないですし、あの場所に居たので……。


「どうやって帰るの?……一気に飛んで行けるとか?」


 男性の質問に私は首を横に振りました。歩いて帰るしかないのですが、幽霊が歩くというのも変な気がします。もしかすると飛んでいける能力があるのかもしれませんが、幽霊になったばかりの私には分かりません。

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