第17話

港内中卓球部は部員数10名。活動内容は週3回放課後に体育館のハーフコートを使った練習、及び廊下の階段、学校の外周を使った走り込み。部としての最大の目標は夏休み後に開催される団体戦、全中予選にて結果を残す事。そして今この体育館で全中予選のレギュラー選考を兼ねたランキング戦が行われる。その10名の争いに今回は練習参加生として小学生のふたり、クガヤマユウマとヤマハショージの参戦が決定した。


「学校新聞に載せるとしたらこんな具合ですかね、茸村監督」


 部の活動記録をつけているマネージャーのひとりが上記の文章を綴ったメモを私に見せてきた。目を通し「合格」とそれを返すと体育館に3台置かれた卓球台を取り囲む部員達の姿に目を向ける。


 久しぶりの試合ゲームを前に緊張で身構える者、早く自分の力を示したくてうずうずしている者。隅に立つ小学生コンビに目をやると、どうやら彼らは後者のようだ。ショージはその場で細かく上下左右にステップを刻み、ユウマは指と手の平の柔軟を繰り返している。首元の笛を唇に当てて吹き、号令をかける。3台の卓球台に初戦を戦う部員達が前に立つ。


 ランキング戦のルールは公式戦と同じ3ゲーム先取の11点マッチ。総勢12人の選手を3つのグループに分け、それぞれ3試合ずつ行いグループの優勝者を決める。その後、各試合を振り返り私がその内容を見てレギュラー選考の材料とする。当時の全中予選のルールはシングルスが4試合、ダブルス1試合で行われる為、私は彼らの中から5名前後の選手を選抜する必要があった。3人のマネージャーがそれぞれの卓に意識を向けると私は戦闘開始の笛を吹いた。


「最初の試合はキミが相手か。よろしく頼むよ。ハハッ」

「アンタがこのヘタレ部員共の親玉だな」


 Aグループ初戦のカードはキャプテンのヒューガ対小学生ショージの対戦。試合を控えた部員達の注目が否が応でも彼らの卓に集まる。ウォームアップのラリーを繰り返すとサーブ権を得たショージがピン球を握って言った。


「アンタを倒せば俺がこの体育館でイチバンだっていう証明になるわけだ」

「ハハッ、プレッシャーの掛け方が上手いな。だが、負けてやるつもりはない」


 ヒューガが構え、ショージがサーブを打ち込んで試合開始ゲームスタート。強打でペースを握ろうとするショージをやり過ごしながら、チャンスと見るやきわどいコースにドライブを打ち込んでいく。ヒューガの戦型は絵に描いたようなオールラウンド型だ。序盤はショージがリードしていたが、ヒューガが次第に追いつき、追い抜いていく。クロスにドライブが突き刺さるとゲームポイントを獲ったヒューガが「シャア!」と雄たけびをあげた。


「ちっ、こざかしい卓球しやがって。卓球部のキャプテンが聞いて呆れるぜ」


 ショージが言葉で挑発するが、それに乗らずヒューガは得点を積み重ねていく。卓球はよく超早熟型の球技と呼ばれるが、小学5年生と中学3年生では体格も技術も子供と大人程の差があるのは明白。仮に同じ体形で同じ経験値の相手であれば五分五分の戦いになりそうなシンプルな闘り方を採ったとしても相手が小学生であれば、決まる。


「この勝負、山破くんには悪いけど狡猾に闘うキャプテンの勝ちですね」


 隣に座るマネージャーの言う通り、初戦はヒューガがストレートで勝利。シュンジを中心とした面々が敗北したショージに対し、ささやかなブーイングを飛ばす。ショージは彼らを睨み返すと呪詛の言葉を宙に浮かべた。


年上に負けても折れるなよショージ。そのブーイングがキミを強くする。



 ショージの二戦目の相手はレギュラー当確線上の桃井ももい照彦。台に着く速攻で第一ゲームを取ったショージだったが、その後は次第に運動量が落ち、脚を使った卓球で桃井が盛り返す。クロスに飛んだ打球をショージが追うのを諦めると審判のコール。ゲームカウント3ー1で桃井がこの勝負を制した。


「ガハハハッ!情けねぇなぁ小坊!威勢がいいのは最初だけかぁ!?だらしねぇな!まったく」

「やかましい奴が次の相手かよ。たく、やりづれぇ」


 Aグループ最後のカードはショージ対3年の四街道雅美よつかいどうまさみ。身長188cmの超大柄プレーヤーでその体格と言動の大きさから部員達から『雄弁な四街道』のいう異名で呼ばれている。


「いやぁ。監督が走り込み中心の練習メニューを組んでくれて恥かかずに済みましたよ」


 二戦目にショージに勝った桃井が私の隣にどかっと座って笑みを見せた。マネージャーからタオルとボトルを受け取ると彼は私と卓に着くふたりを見ながら話を始めた。


「監督のしごきのおかげっすよ。あの練習は今日練習に参加した小坊にはキツい。ゲーム序盤に相手に取らせて隙が出た途端、一気に捲る。オセロの勝ち方と一緒っす。練習の成果が出せましたよ」

「そうか、私の練習が役立ったならそれは良かった」

「で、俺の評価点レートは上がりましたかね?」

「それについては…禁則事項です☆」

「なんすかそれ。舌をぺろっと出しても可愛くないんすよ」


「ゲームポイント!四街道!11-4!」


 審判がコールするとショージがラケットを台の上に投げ出し、両ひざに手を置いた。実力者との二試合を終え疲労がピークに達しているのかもしれない。珠の汗が頬を伝い、床に流れ落ちている。


「おっ、カイドウの圧勝じゃないっすか。あの坊や、そーとー足にきてますね。オレがHP削った甲斐ありましたよ。おいカイドウ!練習終わりにジュースおごれよ!」


 桃井の声援に「なぁに言ってんだよ」とカイドウがゆっくり振り返る。カイドウはその巨体が示す通りのパワープレイヤー。ネットを挟んだ一対一の対戦競技であの体躯から放たれた強烈なスマッシュを見たら誰しもが身構える。カイドウには細かい技術を教え込むより、気持ちよく強打を打たせる練習を採っている。ドライブに飛びついたショージがリターンできず床にへばり込むとカイドウが大きく声を張り上げた。


「練習がきついか?試合がきついか坊主!おまえ、そのままで悔しくねえのかよ。みんなが汗水垂らして走ってるなかで、おまえは床にはいつくばってるのか?」

「そんな、言い方、ねぇだろ」


 汗を拭いながらショージが立ち上がる。よし、その意気だ。台に着く小学5年生に心の中でエールを送るとカイドウは握ったラケットをショージに差し向けて宣言した。


「ショージ!おめーも小学生にしてはウエはあるようだが、まだヨコが足りねぇ!こっちも中学三年、卓球鍛えてんだ!おめーさんには力負けしねぇよ」

「けっ、パワー馬鹿が調子づきやがって」


 ショージが口を横に開くとカイドウの視線が得点板に向う。マッチポイントだ。サーブの体制を取りながらカイドウがショージに微笑んだ。


「俺が勝ったら敬語使えよ?」


 ロングサーブに打ってこい、と言わんばかりのストレートへのショージのリターン。ラケットを後ろに構え、重心を低く腰を回すと「うぉぉぉおお!!」と野太い声を上げながらカイドウがスマッシュを放つ。すさまじい風圧を持った荒れ球がネットを飛び超える。良いコースに飛んだ打球に「これで決まりだ」と台を片付けるために桃井がその場を立ち上がった。


 しかし、ショージ。あの子は諦めていなかった。いや、この一打を待っていたと言っても良いだろう。物凄い勢いで飛び込んでくる打球に怯まずバウンドのタイミングに合わせてラケットを被せ、ピン球を押し返す。腕を短く振り上げるとバックスピンの掛かった打球がカイドウの方に跳ね返っていく。


「こぉんの、カウンタードライブ!」


――対人競技にはふたつの勝利がある。ひとつは文字通り試合に勝利する事。そしてもうひとつの勝利は相手の技術を上回り、それを打ち破る事。得意技であるスマッシュをリターンされたカイドウが一歩も反応できずにピン球の行方を目で追う。するとピン球は卓の上で弾まずに、すんでのところで体育館の床へ飛び込んでいった。


「得点!11-6、ゲームカウント3-0、マッチトゥ、四街道!」

「……ちっ、くそが」

「良い打球だったぞ!最後のカウンター!やるじゃねぇかショージ!」


 卓を周り、握手を求めたカイドウの手をショージが跳ね除ける。中学生相手とはいえ、三戦全敗。悔しさは最高潮だろう。すると隣の台でも勝負が決した。


「得点!11-2、3-0、マッチトゥ、ヒガタシュンジ!」

「ふー、闘争解決ビーフスカッシュ、といったところかな」

「……完敗です。対戦ありがとうございました」


 Bグループ最終戦はシュンジがユウマに勝利。ふたりの握手が済むとショージはボードに貼られたトーナメント表の結果を眺めながらユウマに言った。


「なんだおまえ。3つともストレート負けかよ」

「…実力が発揮できませんでした」


 言葉とは裏腹にユウマの表情は緩んでいた。彼も年上相手との対戦で得るものがあったに違いない。するとユウマの背中が不自然に持ち上がった。


「こいつ、またゲロ吐いたぞ!」

「誰かバケツ持ってこい!」

「……やれやれ。掴みようのない野郎だぜ」


 ユウマの吐しゃ物を掃除する部員達を眺めながらショージがせせら笑う。騒々しい合同練習の初日はふたりとも三戦全敗という苦い結果に終わった。しかし、その経験が彼らの成長のタネになったのは間違いないだろう。


 太陽のような輝きを放つ彼らとのひと夏の記憶。ああ、そうだ。私は今、彼らと過ごした灼熱の季節を思い出したのだった。


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