モリ卓!!~ホモ疑惑のぼくがシングルス最強を目指して奮闘したり仲間と団体戦全国制覇を目指したりする話 そのⅢ章~
まじろ
リベンジャーズ・バトルロワイアル
第1話
――どう?ボクと一緒に学生時代の青春全部懸けて、この国の卓球をぶっ壊してみる気はない?
ハッキリとした発声で全日本男子卓球チーム次期監督を自称する
あれは、確か。ぼくが中学2年の秋、ライバルのショージと江草地衣太の熱戦を見届けた翌週の事だった。
舞台は放課後の夕暮れ、隣町の総合体育館。ぼくは薬葉氏にあの日、地下駐車場で手渡された紹介状を持って入口で受付を済ませると女性の担当者がぼくの顔を見上げて言った。
「穀山中学の2年生、本田モリアさんですね。奥でお待ちください」
体育館の中には既に入場している選手が控えているのか、通路の奥からピン球がラケットで弾かれる打音や彼らの体から発せられる空気が張りつめるような静かなる熱気が角の向こうから漏れ始めていた。
体育館の敷居を跨ぎ、ライトが点る高い天井を見上げる。視線を落とすと知った顔の選手たちがウェアと短パンを履き、素振りやラケットへの手入れを始めている。ぼくは深く息を吸い込んでその場から一歩踏み出して彼らの輪に混じるように歩き出す。
年末と年明けに跨いで行われる全日本卓球選手権、通称「全日本」。その男子シングルスの出場権ふたつを争ってこれから8名の実力者による決戦の幕が開かれる。最初に目が合った短髪のガタイの良い男がぼくを見て「よぅ」と笑いかけてきた。
「1年ぶりだな。覚えてるぜ、穀山中の本田クン。今日も新人戦の時と同じように3-0で終わらせてやるから、勝ち星よろしく。チキータ王子」
ぼくは彼にちいさく会釈すると背中に張られたゼッケンをちらり見た。彼は去年秋の新人戦で戦った
へえ、面白い人選だな。ぼくが含み笑いを浮かべると「なに笑ってんだよ潰すぞ」と歩み寄り、白い歯を見せて睨みを利かせる。すると彼の肩に手が置かれ、のっぽの
「キミ、対戦カードを見間違えていないかい?キミの1回戦の対戦相手はこの俺だぜ?」
「あ、あなたはっ!?」
ぼくが驚いた顔をあげるとそのヒゲの男は腰に手を当てて口を横に開いて微笑んだ。彼の名は地元の常勝校、双峰中卓球部OBの
「別に見間違えてねぇよ。お前を倒してその後にこいつを叩けば俺が全日本の出場権を獲得できんだろ?それにしても、お前そのナリで本当に中3か?おっさんが年齢詐称してんなら未来ある若者に代わって欲しいぜ」
「言うねぇ。試合前だってのにたいした余裕だ。はっはっはっ!」
大笑いをする矢中さんに呆れる中野渡越しにぼくはバスケの得点板に貼られたトーナメント表を見つめる。ぼくの出番は2試合目。1試合目にはさきの新人戦で優勝した白雪中の
「はい、ちゅーもーく。本日のホスト、次期代表監督、ステアさまのおなーりー」
ふざけた口上を並べながらスーツを気崩したフェードカットの背の高い男が体育館奥のステージに向って歩いていく。後につく燕尾服を来た壮年の執事風の壮年男性を引き連れ、颯爽とステージに飛び上がると薬葉氏は壇上からぼく達に向き直ってマイク越しに声を発した。
「形式ばった堅苦しい挨拶はなしにしよう。これからキミ達8名による卓球バトルロワイアルを開催する。うすら寒いモノマネも無しだ。セバスチャン!」
薬葉氏が横を向くと執事風の男がコース料理を載せる銀色の丸い蓋を宙に浮かべた。勿体ぶった動作で薬葉氏がフタを開けるとその中から二枚の紙チケットを取り出してそれをぼく達に見えるように掲げた。
「見たまえ!キミ達が喉から手が出るほど欲している全日本出場券だ。……まあまあがっつくな。これはあくまでも視覚上、ボクが夜なべして作ったチケットだからね。消印は無効。…あまりウケなかったな。話を戻してこのバトルロワイアルのルールを紹介しよう。8人による3ゲーム先取のトーナメント戦。ボクが熱戦の目撃者としてこの8名の中から勝ち上がった上位2名を関係者推薦として全日本大会にエントリーする事を約束する」
「あ、あの!質問があるのですが」
前の方に居た真面目そうな男が控えめに手を上げて薬葉氏に意見した。
「トーナメントによる決定では各ブロックで実力者同士での潰し合いが予測されます。正当性を感じられません。いっそ総当たり戦にしては?」
「つか、信じられんのかよ。あのオッサン」
ぼくの隣に居た中野渡が薬葉氏を見て鼻で笑う。野球が本業である彼はぼくと同じようにあの男の素性と実績をよく知らないのだろう。周りが少しづつざわつき始めると薬葉氏はぼくらを壇上からくすくすと笑いながら眺めまわした。
「いやぁ、キミ達。自分達の立場を良く理解していないようだねぇ」
軽い口調から放たれた鋭く冷えた言葉に場の空気が引き締まる。「いいか。よく聞けひよっこども」演台のふちに手を掛けると体を前のめりにして彼はこう切り出した。
「キミ達は本来、全日本の出場権が欲しいなんて冗談でも言えた立場じゃない。この国にはその大会に出るために職を捨て20年掛かりで出場を目指す夢を諦めきれない卓球ストーカーも居るくらいだ。日本卓球協会に登録している男子選手は今日時点で24万人。その中から地方予選を勝ち抜いて本戦に出場できるのは245人。わずか0.1%だ。キミ達数人のように協会に登録していない野良プレーヤーも存在する事からその競争率はさらに厳しい」
矢中さんの毛で覆われた顎が上下するようにごくり、と唾を呑み込む音が響く。弛んだ空気が薬葉氏の言葉によって墨汁で固めた筆の毛のように真っすぐに研ぎ澄まされていく。
「キミ達は確かに実力者だ。クラスの男子や他校の卓球部員と対戦してもほとんど余裕で勝てちゃうのは間違いないだろう。でも!」
そういうと薬葉氏は指を突き立てて声を張る。その指が2つ、3つと開かれていく。
「しかし!ああだったら!…数々の有力選手を見てきたボクの目からすればキミ達の実力には
心の内面を見透かされた気がしてぼくは薬葉氏から目を逸らす。同時に悔しさと負けん気がこみ上げてきて拳を握り締める。斜め前に立つ日向もぼくと同じように唇を嚙みしめた。
「真の実力者にそんな付け言葉は要らないんだよ」
吐き捨てるような薬葉氏の言葉に参加者の闘志がかき立てられ、会場のボルテージが上昇していく。ピン!と交差した指から鳴った音が響くと薬葉氏の隣の執事が再び銀蓋を開いて見せた。今度は鳥の巣を模倣した工作が皿の上に乗せられていた。
「見たまえ。キミ達はカッコーの巣の上に産み落とされたムクドリだ」
学校の授業であれば陳腐で滑稽な光景ではあるが、彼の言葉には謎の発信力があった。ぼくもこの話については知っているし答えを聞き出すもなく薬葉氏は話を締めくくった。
「雑種のお前たちがエリート共からその席を奪い取ってみろ!未来を切り開くチケットはこの手の中にある。
手に持ったお手製の2枚のチケットを揺らしながら薬葉氏は壇上から飛び降りた。ぼくが呆気に取られていると「出場者が7人しかいねーじゃねぇか」と中野渡が呟いた。「そういえばそうだ」矢中さんが顎に指を置くと皮膚を髭が擦る音が響く。すると薬葉氏はピタっとその場で立ち止まるとぼくらを振り返ってこう言った。
「あ、そうだ。8人目の参加者、ラストワンはセバスチャン、お前がやって」
「かしこまりました。薬葉さま」
「
「この爺、長年に渡りこの挑戦を夢見ておりました。光栄でございます」
ステージの上からお辞儀をする執事風の男。場の空気に耐え切れず中野渡が薬葉氏の腕を掴む。
「おい、アンタ。ふざけた事いってんじゃ…!?」
「離せよ。こっちは一日が30時間でも足りないくらい忙しいんだ」
薬葉氏の目の迫力に気おされ中野渡が手を離すと彼が入口に向って歩き出す。すれ違い様に彼はぼくに一言呟くと、舞台袖から数人の実行委員が現れ、設営の準備を始めた。
今日、この場から巣立つ2名の
全卓球プレーヤーの頂点を決める選手権の出場枠を争う新たな戦いがぼく達8人の間で始まった。
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