第7話【改稿済み】
さっそく綾小路姫花の実力を測るため、即興で作ったそこそこ難しめの自作テストをしてもらった。
接待室でカリカリとシャー芯が紙の上を走る音が響く。
学年二位の秀才であれば、受験を意識した応用問題も楽々とこなせるはずだ。俺が教えてやれるのも効率のいい勉強のやり方くらいだろう。
こんな楽な仕事で高時給。なんて素晴らしいバイトなんだ!
――と、この時はそう思っていたのだが……
「なん、だと……?」
採点をし終えた俺は自分の目をつい疑ってしまった。
夢なんじゃないかと頬をつねったりもしたが、痛みがそうでないことを知らせる。
まさかここまでの実力だったとは誰が予測できただろうか? いや、想定外にも程があるだろ……。
「綾小路……お前、熱でもあんのか?」
テスト用紙を綾小路へと返す。
「べ、別にないわよ……」
綾小路は顔を赤くしながらもひったくるような感じで受け取る。
「いや、でも……全問不正解はさすがにないだろ」
俺は驚きを一周して、変に冷静になっていた。
学年二位の秀才が一問も解けないことなんてありうるのだろうか? そこそこ難しいとはいえど、基礎を理解していればしっかりと解ける問題だった。
「これであなたもわかったでしょ?」
「いやいや、全然わからないんだが? これはどういうことなんだよ」
すると、綾小路の表情が一気に曇り始める。
ソファーに沈み込む彼女はいつも俺にだけ気が強い雰囲気はまったくなく、むしろ弱々しくも感じた。
「実は私、勉強ができないの。本物のバカなの」
小さく呟かれた言葉に俺は何も反応を返すことができなかった。
そのことを綾小路は気にすることなく、先を続ける。
「テストで学年二位の成績を納めることができるのも事前にどこが出るか知ってたから。ほら、私のパパこの学校に多額の融資をしているじゃない? それでたぶん先生たちも媚びを売っているのよ……」
たしかに俺たちが通っている学校は県立ではなく私立だ。学校運営も県が全額負担するというよりかは会社経営に近い感じなのかもしれない。だからこそ多額の融資をしてくれている綾小路の父には頭が上がらないのだろう。もし怒らせてしまったらどうなってしまうか……先生たちもそのことを考え、自分の保身のために綾小路へ媚びている。
そう考えると、なんだか胸糞すぎて先生たちに腹が立つが……一概に悪いとはいえない。誰だって自分が一番可愛いと思ってしまうからな。
俺が今通っている学校へ進学したのはただ単に授業料が安かったからだ。県立とは違い、私立には独自の制度が設けられており、俺の場合だと成績優秀者ということで全額免除という形になっている。
「このままじゃダメだってわかってる。進学にしてもそう。だから田代くん。学年一位の成績を持っているあなたに勉強を教えて欲しいとお願いしたの」
「そういうことだったのか……」
ようやく理解できた。学年二位の綾小路が俺に何度も執拗以上に勉強を教えて欲しいと頼んできてたのもすべて今のこの状況を打開するため。
カンニングに近いような他人の力を借りなくとも自分自身の実力でいい結果を残したい。それが綾小路姫花の真の目標なんだろう。
ここまで話されては俺も力を貸さざるを得ない。
「お前の事情はわかった。やる気があるならそれだけとことん付き合ってやる。その代わり、いくら勉強ができるようになったとしても学年一位の座は絶対に譲らないからな? そこだけは肝に銘じとけ!」
「あら? それは余裕と捉えてもいいのかしら?」
少しではあるが、いつもの綾小路が帰ってきた。
「アホか。いつどきだって余裕を感じたことはねーよ」
早朝は新聞配達に昼間は学校、夕方からはバイトで帰宅するのはいつも二十二時。そこからまた少しの時間だけでも勉強という毎日に余裕など感じられるか。
……まぁ今後は家庭教師一本のみにすると考えれば、時間的にもだいぶ余裕が生まれることは否定しないがな。
「ちなみになんだが、綾小路はどこを目指してるんだ?」
「T大」
「無理。諦めろ」
「即答は酷くない?! 今からでもどうにかなるよね!?」
「ならねーよ! この程度のテストで一問も解けなかった時点で相当ヤバいからな?」
「じゃあ、残業代出すから平日五時間付き合ってよ。そうしたら間に合うでしょ?」
「そういう問題じゃ……」
時間がいくらあろうが、結局のところ本人次第なんだよなぁ。綾小路の地頭が良ければ、どうにかなるかもしれないが、根本的なバカだったらどうにもならない。手の施しようがないっていうやつだ。
俺みたいに毎日コツコツと効率のいい勉強をしていれば、T大も範囲内に届いてたかもしれないけど。
それにしても学年二位の秀才がまさかのバカだったとは……思わぬ展開すぎるだろ。
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