第46話

今、あたし、キス……された?



唖然としたまま、あたしは秋生さんを見つめる。



秋生さんの頬は赤く染まっていて、今のキスが嘘じゃないと言っていた。



「……え? な、なんで……」



混乱したままの頭で、あたしは必至に言葉を探す。



どうして、いきなりキスしたの?



秋生さん、あたしのこと……。



「好きだ」



あたしの思考回路を遮って、秋生さんはそう言った。



あぁ。



なんでこんな時にホラー映画なんだろう。



ムードのかけらもないくらい、怖い音楽と主人公の悲鳴が部屋に充満している。



でも……。



そんなこと、もう、あたしたちには関係なかった。



「俺の、彼女になってくれないかな?」



緊張からか、少し震えた声でそう言われると、ホラー映画を見ていたことなんてすっかり忘れてしまう。



そしてあたしは「はい……」と、頷いたのだった。


☆☆☆


あたしと秋生さんが付き合い始めた翌日。



ホワホワした状態のままレジに立っていると、若い女性のお客さんが



「お弁当は温めてって言ったけれど、アイスを温めてとは言ってないわよ?」



と、笑いをかみ殺しながら袋の中でドロドロに溶けたアイスを指さした。



「も、申し訳ありません!!」



アイスとお弁当を一緒にレンジアップしてしまったあたしは、あわてて新しいアイスを売り場まで取りに行く。



優しいそうなお客さんでよかった。



店を出るまで怒っている様子じゃなかった姿に、ホッとする。



「ちょっと月奈、大丈夫?」



あたしの大失態を見ていた和心が、笑いをかみ殺しながら聞いてくる。



「大丈夫……でも、ないかなぁ?」



頭の中は秋生さんでいっぱいで、他のことが考えられない。



今みたいな失敗も、今日は少なくなかった。



「なにか嫌なことでもあった?」



「ううん……むしろ、いい事があった」



「いいこと? なになに!?」



一瞬にして目を輝かせる和心。



和心になら、話したって大丈夫そうだよね。



「実はねあたし……彼氏ができたの!!」



「彼氏!? きゃぁ~うそぉ~!?」



散々、男には縁がないと愚痴ってきたあたし。



そんなあたしに彼氏ができたということで、和心はまるで自分のことのように飛び跳ねて喜んでくれた。



「そっか、ついに月奈にも彼氏かぁ」



「えへへっ。ちょっと遅いけどね」



「そんなことないよ。しっかり選んだって、ことじゃん?」



そう言いながら、あたしのほっぺをプ二プ二とつつく。



「『彼氏』って響き、いいよねぇ」



あたしはそう呟き、ぽーっと秋生さんの顔を思い浮かべる。



「まぁね。特別な感じ、するよね」



うんうんと頷き、腕組みをする和心。



『彼氏』とか『彼女』とか。



一度でいいから言ったり言われてみたりしたかったんだ。



憧れが現実としてここにあるって、くすぐったい気分だ。



「月奈もついに女になっちゃうのかぁ。なんだかさみしいなぁ」



なんて言って、ギュっと抱きしめてくる和心。



「お、女って……」



付き合い始めたばっかりなのに、なんてこと言うのよっ!!



和心の発言に、顔が熱くなるあたし。



なんだか最近、赤面してばかりだ。



それからは、和心に時々ちょっかいを出されながらも、バイトをこなしていった。


☆☆☆


そして、帰宅してから、あたしはふと違和感を覚えた。



あれ?



今日、なんか忘れてない?



そう思ったあたしは、鞄の中を確認する。



「財布、携帯、鍵、手帳、ハンカチ……」



全部、ちゃんと持っている。



おかしいな。



なんだろう、この違和感。



ストンッとベッドに座って、あたしは首をひねる。



もしかして、お釣りを間違えちゃったかな?



でも、バイト交代の時レジを精算しても過不足はなかった。



今日はレジ以外で沢山ミスっちゃったから、それで違和感があるのかな?



そこまで考えたとき、あたしは「あっ!」と、声をあげて立ち上がった。



そういえば今日、美影たちと話をしてない!!



話だけじゃない、妖精たちの姿を見ていないんだ。



「なんで……?」



外は危険だから、妖精たちだけで店から出ることはないはずだ。



なら一体、みんなどこに行ったんだろう?



あれだけ人にくっついてくる美影たちが、今日一日姿を見せないなんて、絶対におかしい。



どうしよう、一度コンビニに戻ろうか。



気になってくると、居ても立っても居られなくて、あたしは部屋を出た。



すると、同時に玄関が開く音がしてお母さんの声が聞こえてきた。



「月奈、いるの? ご飯の準備手伝ってちょうだい」



「お母さん、今ちょっとコンビニに行こうかと思ってて……」



階段を下りて、買い物袋をキッチンへ運びながら言う。



「あら、買い物ならしてきたわよ?」



「晩ご飯のおかずじゃなくて……」



「お菓子も、買ったわよ?」



袋の中から、ポイポイと買ったものを取り出す。



あぁ……。



これは逃げられそうにないな。



そう察したあたしは、とりあえずキッチンに立つことにしたのだった。

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