第24話
朝廷は、戸籍すらあいまいになってしまった。
朝廷の収入は激減し、役人達は没落していった。
人々は朝廷を立て直そうと敗れさり、宮中を離れた六人の賢人を六仙人と呼ぶようになった。六仙人の徳政が実現できれば、こんな悲惨な事態にはならなかったと役人達は改めて六仙人は偉大だったと考えるようになっていた。
宮中を去った小野小町のその後の経歴は、全く分からない。
ただ古今集ではその小町が、六歌仙の一人文屋康秀に都落ちを誘われる歌が出てくる。
文屋康秀が三河掾に任じられた時、今度私の任国をご視覧においでになりませんか、と寄越したものでその返事を詠んだ歌である。
わびぬれば見をうき草の根を絶えて 誘ふるあらばいなむとぞ思う 小野小町
ちなみに三河掾とは、三河守(長官)三河介(次官)に次ぐ三等官であって官位は低い。しかもこの時代都から地方へ下るというのは、余程のことである。
特に、女性の見で三河まで下るのは流罪する程の行動であった。つまり小町は、それほど都にいづらい状況であり六仙人は失脚しただけでなく世間からも見離されていたと推測される。
紀貫之は、この六仙人を忘れ去れないようこの六人を歌の名人に指名した。
しかし、貫之は困ったはずである。
なにしろ六仙人の一人、伴善男は一首も歌を詠んでいなかった。貫之は善男によく似た名前の人物を善男の変わりに六歌仙に入れ変えた。それが大伴黒主である。
大伴黒主は、六歌仙の中で最も謎の多い人物である。小町も謎の多い女性だが、文屋康秀と歌を交わすなど実在の痕跡はあり或程度までは身分や素性をしぼることができる。
しかし、黒主は全く何も分からない。
そもそも最近は、「大伴」と書くのさえ誤りだという説が有力である。
黒主の歌は醍醐天皇の大賞会の近江の歌があるので、
近江在住の大友村主の一族と認められるというのだ。しかも黒主の歌は、つまらない歌である。
少なくとも歌仙にふさわしい作とは到底いえない。
しかし貫之は黒主が生没年不祥、続日本紀以下、三代実録に至る正史には大友村主一族の名が散文するも黒主の名は見えない。
不明なことが多い人物のほうが、貫之には都合がよかったのかも知れない。
貫之は、黒主を善男の変わりにしたのだ。
黒主は、古今集に四首の歌が選ばれている。
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