第11話
そんな歌子は、貴族の邸宅としては月並みの本家の吉子邸も立派な邸宅だと思っていた。初めて見た宮中は、歌子にとって天国のような場所だった。静子は、天女のように美しく着ている着物は輝く宝石のように優美で絢爛豪華な宮中は想像以上だった。
静子は、上品な言葉で歌子に話しかけた。
「皇子をよろしくたのみます。
何か問題があったら遠慮なくなんでもおっしゃってね」
歌子は、静子の立ち振舞いにこの世には本当に天女がいるのだと思った。静子は、気遣いも上手で思い
やりもある優しくしかも芯が強い女性だった。
歌子は、この人のために尽くそうと心の底から思った。 一方、静子は少し戸惑っていた。当時の乳母は、身分もなく下女的な存在であった。
しかし目の前で平伏している女性は、上品な貴族の出で立ちであった。立ち振舞いや言葉づかいも貴族女性であり、乳母の仕事が始まり彼女と話し出すと教養や和歌の知識も十分以上に持ってている事が分かった。
静子は、歌子も同じような境遇の貴族の女性だと勘違いした。静子は、歌子にも吉子と同じように何でも話すようになった。静子は、道康との和歌の返答を歌子に教えてもらうようになった。
今も残る小野小町の歌には、静子が道康へ送った和歌も多くある。静子には、紀一族の家庭教師のような女房もいた。
しかし、その家庭教師は和歌に対しては未熟だった。
しかし、仮にもライバルである。小野吉子に、和歌のことは聞けなかった。
ある時静子が、道康に送る和歌を考え悩んでいると歌子は素晴らしい歌詞を静子に提案した。静子は
歌子の和歌の才能があることを知り、いつしか歌子に和歌作りを助けてもらうようになっていった。
ある時、静子は歌子の旦那のことを尋ねた。静子は
歌子の夫は宮廷に出仕している優雅な貴族だと想像していてのだ。
しかし、歌子の返事は静子を驚愕させた。なんと歌子の家は食事もろくにとれないほど貧乏で、夫は下級役人だというのだ。そんな人もいるのだと彼女は知ってはいたが、こんな身近にそんな人がいるとは彼女は想像もしていなかった。
しかも下級役人が、こんなに苦しい生活をしていることも知らなかった。そんな下級役人が和歌が上手く、教養もあるとは思ってもいなかった。彼女が想像していた貧乏人は、文字も読めない半裸のような汚い人か獣か分からないような人間だった。
静子は、今の世の中がおかしいと思うようになった。
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