第10話 小野小町

 

 嘉祥一年、仁明天皇は仙薬趣味の副作用で体調を崩していた。

 その六年前、道康は紀静子との間に待望の皇子が誕生する。

 後の、惟喬親王である。道康や紀一族は喜びにつつまれていた。もちろん小野吉子も喜んだ。

 彼女は、静子と固い友情で結ばれていたのだ。

 しかし、静子には少し問題をかかえていた。一族の中に適当な乳母がいなかったのだ。

 彼女は、吉子に相談した。吉子には、一族に適当な人がいた。幼友達で最近子供を生んだ同族の小野歌子(名前は不詳のため仮名)であった。

 彼女は、小野家中一の才女として小野家では知らないものはいないほどの天才少女だった。

 小野家は、小野妹子や最近では遣渤海史の小野田守が押勝に唐で安禄山の乱が起こっていると奉上するなど対外交渉の任を得意とし、小野家は教養や交渉能力の勉学に力を注ぎ、彼女はその中で抜きん出た才能があった。

 しかし彼女は女性であり、その才能を生かす場所に恵まれなかった。

しかも、彼女はは人一倍好奇心が強かった。一度でいいから宮中で生活し、その暮らしを体験してみたいと希望していたが貧乏貴族の小野家にはそんな余裕はなかった。

 吉子は、聡明で教養ある歌子が側にいれば心強いと感じていた。歌子に宮中の暮らしを見せてもやりたった吉子は静子にいい乳母がうちにいると本人も希望しているので、よかったら是非と提案した。

 吉子の申し出に静子は少し迷った、というのは当時はまだ氏姓制度が残っていた。他の氏族の女性を

宮中の女房や乳母にする習慣はまだなかった。仲がいいといえども同じ天皇の妃で、天皇の寵愛を競うライバルである。大事な赤ちゃんを殺される可能性もある。

 道康にも相談したが、吉子の紹介なら大丈夫との返事もいただき、静子は吉子の申し出を受けることにした。

 こうして小野歌子(後の小野小町)が、乳母として宮中に上がることになった。

 歌子は、貧しい貴族の出であった。彼女の家は日々の暮らしもままならないほどで、家財道具一つない。

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