本気で生きればよかった
成原良樹
第1話 後悔
僕は小説を書いている。
しかし、小説を書く勉強はしたことがない。
小さな頃からいつもそうだったが、習い事も、塾も、勉強や部活、恋愛さえも本気で取り組んだことはない。
本気で生きるとはどういうことか、
なんて、本気で生きている奴らは考えもしないのだろう。
ただ、自分のやりたいことをやりたいようにやったということが、周りから本気で生きているように見えるだけなのだと思う。
アラサーで恋人なし、お金なし、根性なし。
あるのは休日の土日くらいだ。
特に予定はない。
周囲は家庭を持っているから子供の世話が大変だというが、実際は幸せそうだ。
僕もいつか結婚して、子供を作って、一軒家を建ててと、僕が育ったように生きると思っていたが、真逆の状態である。
ちなみに、お金がないのは大学卒業後、自分探しの旅をするも見つからなかったという空白の5年間があるからだ。
その間に貯金なんて言葉を知らなかった。
親には口酸っぱく貯金をするように言われていた反動かもしれないが、思考を止めていただけだと今なら結論付ける。
僕の幸せとは何か。
最近、考えることが多いのだが見つからない。強いていうなら食べること。
だが、腹回りの贅肉が気になるので食べ過ぎることはなるべくしない。
これも、周りの目を気にしているせいかも知れない。
健康診断があったのだが、ウェストが73と、いうことでへいきんだんせいの85よりは下回っているからもう少し食べ過ぎてもいいかもとは思ってしまう。
休日は基本的にやることがないので、
僕は行きつけのファストフード店で小説を書いて…いや、小説を打っている。
文明の進化でスマホで文字をフリックしてエンターキー?をタップする。
二人席のソファー側を申し訳なさそうに座るのだが、500円以上のセットを注文しているので許して欲しい。
僕の時給の3分の1もの金額を払っているのだから。
数日前に気になって時給を計算してみたのだが、まさかの1500円未満ということに驚愕した。
とはいえ、それほど混んでいないので気を使わず快適に過ごせるので感謝である。
小説のストーリーが思い付かないときは人間観察をする。
スマホをいじっているフリをしながら辺りを観察するという高等テクニックが使えるのは、僕意外にもたくさんいるだろう。
独り客は僕含めて9割がスマホをいじっている。
イヤホンをしながら貧乏ゆすりをしてスマホ片手にポテトを食べている。
僕はイヤホンが好きではない。
五感で日常を感じたいからだ。
ノートを広げてタブレットの映像を見ている者もいる。
二人でならんで会食を楽しむ者もいる。
18時を過ぎているのに席は空いている。
休日はファストフード店を使う社会人や家族は少ないのかもしれない。
それにしても、フードデリバリーサービスが人気である。
大きな専用バッグを背負い、ヘルメットをかぶり、スマホを片手に注文する。
実に様々な人たちが世の中にはいるものだ。
僕の人間観察というリフレッシュのお蔭が、1人の女性が目にとまった。
黒く艶のある長い髪の毛、
透き通った瞳で整いすぎている容姿。
白を基調のレースのワンピース。
ファストフード店には悪いがとてもじゃないが似合わない。
どうせテイクアウトだろうと思っていた。
せめて、せめてマスクの下も見てみたい。
マスクマジックという言葉がある。
マスクをすることで人間はマスクの下を勝手に上方修正するのだ。補正効果とかなんとか。
人間なんて自分の都合のいいようにしかできていない。
今の僕がまさにそれである。
座った。
例の女性が僕の直線距離でいうと五メートルくらい前に座っている。
店内でお召し上がりになるのだ。
麗しい女性のマスクをはずした姿が拝める。
拝みたい。
しかし、想像と違っていたら後悔する。
なら、いっそうみない方がいいのか?
ふと、顔をあげると
僕は今まで込み上げたことのない、文字では決して表現することが出ないほどの感情が溢れていた。
太陽以上に眩しい笑顔をしながら美味しそうにハンバーガーを食べるその女性に気づかれないよう、得意のスマホを弄るふりしながら観察を行うことにした。
まず、指輪のチェック。
左の薬指に指輪やその跡があるかないかは最優先確認事項である。
なぜなら、指輪がもしあるならばワンチャンが120%無いからである。
右薬指の指輪があった場合はつき合ってはいるものの、結婚にいたっていないのでワンチャン無くはない。
さて、場違いの女性の指には指輪が…
ない。
跡すらない。
しかし、まだだ。
金属アレルギーという可能性も無くはない。
時計、アクセサリー、ピヤス、バッグにイヤリング。
あらゆるところから情報を引き出すのは人間観察の初歩である。
イヤリングだ。
イヤリングを身につけておられる。
が、しかし、植物性樹脂のものかもしれない。
ネックレスだ。
それにしても、サンプルなデザインのアクセサリーはその女性を引き立たせるというよりも、逆にアクセサリーたちが女性に輝かされている。
そんな気がした。
笑顔が絶えない。
凄く素敵なその女性に魅力された僕はただただ後悔することになる。
当然だがお近づきになれずに終わるからだ。
その後、その女性は夕食を終えると
お店を後にした。
だが、休日の夕食がファストフード店で
済ませる点にはわずかな希望の光がある
気がした。
だが、なにも行動できなかった。
僕は後悔した。
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