麗しの高嶺の花は変わり者の侯爵をどうにかしたい!
青柳朔
第1話
コリンナ・シュタルク。
シュタルク公爵家の長女で、そのうつくしい容姿から『社交界の花』と呼ばれ、同時に、誰も手に入れることのできない高嶺の花とも言われている。
「――あなたのお屋敷に鏡はないのかしら?」
コリンナは首を傾げ、その口元は扇で隠しながらゆったりと問いかける。ほんのりと垣間見れる口元は間違いなく笑みを作っていたが、翠色の目はまったく笑っていなかった。
華やかな夜会の場で、紳士淑女は手を取りあいダンスを踊っている。流れる音楽に身を委ね、互いに見つめ合いながら。
そんな賑やかな会場が凍りついてしまいそうな発言をしたのが何を隠そう高嶺の花だと有名なコリンナ・シュタルクだった。
僕と踊っていただけませんか、と手を差し出した男性に向かってそう答えたのだ。
まわりくどい比喩を拭い去ると、あなたその顔で私をダンスに誘ったの? 鏡で自分の顔を見てきたかしら? というようなことを言ったのである。
コリンナの発言のあと、その場が冷え冷えと凍りついたことは言うまでもない。
「……コリンナ、ダンスを断るにしてももっと言い方があっただろう?」
帰りの馬車の中でコリンナは兄のルドルフから小言を言われていた。ルドルフは頭を抱えながら重いため息を吐き出している。
「だってあの男爵家の息子、まったくいい噂を聞かないじゃないですか」
むす、とした顔でコリンナは兄に抗議した。コリンナだって何も理由なくダンスを断ったわけではない。
あの男は女性とあれば人妻であろうと口説きまわると有名だった。噂の高嶺の花を見つけたからあわよくばと声をかけてきたにすぎない。そんな男の相手をしてやる義理はコリンナにはなかった。
「それはそうだが……また父上に叱られるぞ、おまえはちゃんと結婚相手を見つける気があるのかって」
コリンナは間もなく十八歳になる。由緒正しい公爵家の令嬢としては、未だに婚約が決まっていないのは少し遅いと言われ始める頃合だ。ましてコリンナのようにうつくしい娘ならば、社交界デビューの年に相手が決まっていてもなんらおかしくはない。
「結婚相手はそのうち決めます。でも今のうちに『シュタルク公爵家の娘は迂闊に手を出せない高嶺の花だ』ってたくさん印象づけておかないと!」
「……おまえがそんなことをしなくても、エミーリアならうまくやれると思うよ」
ぐっと拳を作りやる気を見せるコリンナに呆れたようにルドルフは一人の名を出した。
エミーリア・シュタルク。まだ社交界デビューもしていない、十四歳になるルドルフとコリンナの妹だ。
コリンナはこの妹をそれはそれは可愛がっていた。目に入れても痛くないくらいに可愛いと思っている。
「当たり前です! エミーリアはしっかりした子だもの! でもそれとこれは別の話ですわお兄様。私はやりたくてやってるだけなんですから」
コリンナはにっこりと微笑み、きっぱりと言い切った。
『シュタルク公爵家の娘は迂闊に手を出せない高嶺の花だ』と思わせたいのは、何もコリンナ自身のためではないのだ。すべては来年には社交界デビューするエミーリアのためにコリンナが勝手にやっていることである。
エミーリアは可愛い。それはもう本当に可愛い。幼い頃に「おねぇちゃま」と舌足らずな口調で呼ばれた時は可愛すぎてこの子は天使なんじゃないかと思った。いや今でも天使だと思っているけれど。
「エミーリアはとてもやさしい子です。嫌な男に言い寄られてもなかなかうまく断れないかもしれません。いえ、きちんとあの子が断っても貴族風の曖昧な『興味無いからどっかへ行け』という言葉が通じない男性は多いですからね」
コリンナだって社交界デビューしたばかりの頃はもう少し大人しくしていたのだ。
けれどしつこい男は何度も「けっこうです」「大丈夫です」と言っても何度も何度も何度も言い寄ってくるのである。あまりにしつこいのでコリンナはその男を蹴り飛ばしたくなったくらいだ。
それ以来コリンナは学んだ。断るのなら心がぽっきりと折れるくらいにはっきりきっぱりと。遠慮も容赦もいらないのだ、と。
ゆえに今ではすっかり『コリンナ・シュタルクと踊りたければ彼女に釣り合う容姿か家柄を持ってから出直してこい』と言われるようになった。コリンナ本人は頭脳なり体力なり、とにかく自分の特技をきちんとアピールできるというならそれでもいいのよ、と控えめに付け加えていた。夜会の会場で披露できる特技など、たかが知れているが。
「……父上に叱られても俺は庇ってやらないからな」
「ええもちろん、それでかまいませんわ。私は私の信念のもとにやっているんですから恥じることなどありませんし」
なんなら頑固な父を言い負かしてやってもいい。実際に過去に何度かコリンナは自分の主張を語り尽くして最終的に父を黙らせたことがある。
自他ともに厳しいと有名なシュタルク公爵を言い負かすことができるのはコリンナくらいなものだ。公爵もかなりこの娘を持て余していた。
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