第7章 ルーフの血筋

第52話 母を探して

「嫌ですーー!!」

「うるさいからさわぐな」

狭い馬車の中、耳元でさわぐジベルに、アクスはうんざりしていた。

「今戻ったら怒られます!あと一年ぐらいして、ほとぼりが冷めた頃にしましょう!」

「嫌だ、俺は早く母ちゃんに会いたい」

アクス達一行は、アクスの父親ラースの言葉に従い、北の雪山へと向かっていた。

ラースの話によると、そこにアクスの母が居るとの事だった。

「アクスさんの母親、いったいどんな人なんでしょうね」

「精霊って言ってたし、全身氷とかじゃない?」

「そうだとしたらどうやって子供つくるんですか?」

「知らないわよ」

「お客さん、着きましたぜ」

四人は馬車から降り、雪山を目にした。

「夏だというのに寒いですね」

「冬服で来て良かったわ。道中は暑かったけど」

「よーし!さっそく登るか!」

準備を済ませ、雪山を登り始めた。


真っ白なこの山は、一年を通して雪が降り続ける。

過去に好奇心で山を登った人間がいたが、頂上へと登る前に激しい吹雪に襲われ、登山を諦めてきた。

またある者はおおかみの群れに追われ、追い出されるように下山した。

不思議な現象に、いつしか人間達に恐れられていた。

しかしアクスが進む道は、いたって平穏だった。

「いろいろうわさを聞いてきたけど、特に何も起きないな」

「アクスさんが精霊の子供だって話が本当なら、わざわざ嫌がらせする必要もないですからね」

しばらく登り続けると、四人は身体に違和感を感じた。

「ん?今なにか変な感触が…」

「今のは多分結界ね。近くに結界を張った人がいると思うけど……」

「そうか!よっしゃ!」

アクスは待ちきれず、一人だけ走っていく。

深い雪道を物ともせず、どんどん上へと登っていくと、見慣れたものがフワフワと浮いている。

「おい、あれって…」

「………私の先輩達です」

ジベルがアクスのふところに隠れながら、声を抑えて教えた。

つまり、宙に浮いているそれは、ジベルと同じ妖精であった。

妖精達はアクスに気づくと、慌てて飛んでいった。

「待ってくれ!話を聞いてくれ!」

妖精達は一目散いちもくさんに、一軒の小屋へと入っていった。

少しすると、小屋の中から一匹の狼が現れた。

随分と年を取った、白い毛のおおかみ

おおかみは妖精と共に、アクスの元へ近づく。

「待っていたぞ。ラースの子よ」

「父ちゃんを知ってるのか!」

「当然だ。彼は我があるじ伴侶はんりょであるからな」

おおかみは大きくえた。

その声に反応して、林の中からおおかみが一斉に現れた。

「我が配下に、君の仲間の案内を命じた。少し待っていてくれ」

それから少しして、三人がおおかみに連れられてやって来た。

「これで全員だな」

「わー!!おおかみしゃべった!!」

「そんな事はどうでもいい。それよりも、家の中にどうぞ」

おおかみは四人を家の中に案内した。

家の中では、妖精達がもてなしの準備の最中で、飲み物やお菓子をテーブルに運んでいた。

「お待たせしました!みなさん、お席へどうぞ!」

四人は用意された椅子いすへと座り、出されたお菓子に手を付けた。

「なぁ、俺の母ちゃん……精霊はどこに居るんだ?」

「私達のあるじであるスノウ様は、現在留守でして。先ほど連絡しましたので、すぐにお帰りになるかと」

「ですので!それまでのあいだ、ごゆっくり!」

妖精達は四人から距離を取ると、遠くから眺め、こそこそと雑談し始めた。

「いや〜!妖精ってあんなに可愛いんですね」

「あれ?ヘルガンって妖精見えたっけ?」

「そういえば……普通に見れる様になってますね」

「私もだわ。普通に見えるわね」

普段は妖精の類を見る事が出来ないリーナとヘルガンだが、ここでは普通に見る事が出来た。

「確かに私達妖精は、普段は姿を見せません。ですが、意図いとして見せる事も可能なんですよ」

「へ〜……でも、ジベルさんは出来ないですよね」

「ジベルって実はエリートじゃないんじゃね?」

アクスの発言に、ジベルが怒りで飛び出す。

「失敬な!!立派なエリートですよ!!」

「あれ?ジベルちゃん?」

妖精達はジベルに気が付き、一斉に詰め寄る。

「どこ行ってたの!」

「心配したんだよ!」

「スノウ様怒ってたよ」

「ひえぇぇぇ!ごめんなさい!!」

妖精達はジベルを余程よほど心配していたようで、妖精達は嬉し泣きしていた。

「なんだ、みんな優しいじゃない」

「まだ安心出来ません!しんに怖いのはスノウ様ですから!」

「そのスノウって、俺の母ちゃんなんだよな?写真とかないのか?」

「それでしたらこちらへどうぞ!」

妖精の案内で奥の部屋に通された。

そこは寝室で大きなベッドが置いてあった。

ベッドのそばには、写真立てが置かれていた。

「こちらをどうぞ!」

アクスに一枚の写真が渡された。

「これが、俺の母ちゃん……」

写真にはアクスの父親ラースと、その傍に立つ女性の姿があった。

白い髪に白い肌。雪から生まれたかの様な風貌ふうぼうの、笑顔の美しい女性であった。

「ちょっとアクス、写真に見惚みとれてるところ悪いけど、他にも探しものがあるでしょ?」

「……そうだった!妖精さん、俺の父ちゃんが残した物ってどこにあるか分かるか?」

「知ってはいますが……私達ではお見せする事は出来ません」

妖精がある場所へと、四人を案内した。

「こちらにあるんですが……この扉のじょうをご覧ください」

扉に掛けられた錠を見ると、氷で出来ていた。

「こちらはスノウ様が作られた物で、スノウ様でしか開ける事が出来ないのです」

「えぇ〜!!?」

それほどまでに楽しみだったのか、リーナはひざを突いてがっかりした。

「まぁまぁ!もう少しでお帰りになると思いますので、そう落ち込まないでください」

リーナはソファへと案内され、横になった。

「リーナのやつ、そんなに楽しみだっのか」

「実は私も気になってて……」

「僕もです。神様と事に及んだ一族とか普通に気になりますよ」

「下品よヘルガン」


アクスの母親、スノウの帰りを待つこと十分。

外からおおかみ遠吠とおぼえが聞こえてきた。

「おや?帰ってきましたかね」

「違う!魔物の気配だ!」

アクスがいち早く外に飛び出し、魔物の気配の元へと向かう。

「先に行っちゃ駄目よアクス!」

三人は後を追って、家から飛び出す。


走るアクスのそばに、人語を喋る狼が駆け寄る。

「魔物だ!どうやら魔王軍の幹部らしい」

「そうか分かった。俺が止めてくる」

アクスはスピードを上げ、魔物の元へと向かう。

その直後、大きな影がアクスをおおった。

空を見上げると、ゲル状の透明な物質が、空から降ってきていた。

アクスはおおかみを抱え、後ろに跳んだ。

降ってきた謎の物質は、雪の中に沈み込む。

ゲル状の物質は、坂道の下へと下がり始める。

その先には、白髪の男が立っていた。

「これは良い。こんな所で貴様に会えるとは」

アクスを見て、男は下卑た笑みを浮かべる。

「誰だ」

「私は魔王軍幹部、ライフ。次期大幹部よ!」

「まだ幹部がいるのか」

「そうだ。そして幸運な事に、私は今日より大幹部になれる!貴様の首を手土産てみやげにすることでな!」

「悪いけどこっちはひまじゃないんだ」

アクスは全力で氷の波動を放った。

衝撃しょうげきで山の揺れた。

しかし、攻撃はライフの前で止められていた。

「なんだ!?かき消したのか?」

「その態度……腹が立つな。どうせ簡単に殺せるとでも思ってたんだろ……見下しやがって!!」

ライフは突然怒り、口から巨大な炎を吐いた。

アクスは厚い氷の壁を作り、炎を防いだ。

炎を受け、溶けた氷の壁からライフを見る。

「気をつけろ、奴には何か秘密がある」

「分かってる。一度下がって三人と合流しよう」

「こそこそ作戦会議して逃亡準備かぁ!?臆病者おくびょうものが!!」

臆病おくびょうあおられるが、アクスはそれを無視して後ろに下がる。

「逃がすかぁ!」

地面から何かが飛び出し、アクスの身体を刺さった。

足を刺されるも、アクスは立とうとする。

しかし傷は浅いはずなのに、立てなかった。

「これは……さっきのゲル状の物質か!」

先ほどと同じゲル状の物質が、アクスの身体に入り込み、動きを抑えていた。

アクスはすぐに足を切り落とした。

「足を失ったな!まだ戦うか?」

不利ふりおちいったアクスは、氷で即席の足を生やし、再び逃走をはかる。

「逃がすか!!」

「今だリーナ!」

アクスが逃げる先に、リーナが待ち構えていた。

リーナの頭上には巨大な火球が浮かんでいた。

『スーパーノヴァ!』

指を振り降ろし、火球をライフに向かって飛ばした。

「ふん!」

迫る火球に向かって、ライフは右手を突き出した。

火球が右手に当たった瞬間、巨大な火球右手に呑み込まれていった。

強大な魔力を一瞬の内にして吸収した。

「こいつ……まさかスライム?」

リーナの予想通り、ライフはスライムであった。

先ほどのゲル状の物質も、すべてライフの身体の一部であった。

「スライム?あの気持ち悪いやつか!」

「気持ち悪いやつだとぉ……!?」

アクスの発言に、再びライフが怒りを見せる。

「っていうか!なんでスライムが人の形して、人の言葉喋ってのよ!」

「何だと……!」

リーナにも敵意を向け、怒りで染まったライフは、歯が砕けるほどの力で歯をみ締めた。

「スライムごときがとののしって、見下して、馬鹿にして、こけにしやがって!お前ら全員殺してやる!!!」

地面が大きく揺れ、地面の下からライフの身体の一部が二人をみこもうとする。

「まずい!!」

「俺の身体にみ込まれて、死んでゆけぇ!!」

二人は宙で体勢を崩し、ライフの身体に今にもみ込まれそうであった。


「止まりなさい」


女性の一言、それが全員の動きを止めた。

意識ははっきりとしているものの、身体を動かす事は出来なかった。

唯一ゆいいつ動く目を使い、声のした方にアクスは目を向ける。

ライフの背後、そこにきらきら光る白髪の女性が立っていた。

綺麗きれいであるが、その女性は人ではないとアクスは思った。

「私の縄張りに入って……さらには私の息子に手を出して……ただで帰れるとは思わないことね」

ライフに触れると、全身を一瞬で凍らせて砕いた。

さらに、地中に潜んでいたライフの身体も、同様に氷にして砕いた。

周りの安全を確保すると、能力を解除した。

能力が解けると同時に、アクス達は地面に落ちそうになった。

しかし彼女が手を振るうと、アクス達は再び宙に浮き、安全に地面へと運ばれた。

「アクス……アクスなのよね?」

アクスに近づき、涙を流しながら声を掛ける。

「そうだけど……あんたが俺の母ちゃん?」

「ああ!アクス!」

彼女こそ、この山に住む精霊であり、アクスの母スノウであった。

「ごめんなさい!あの時に手放してしまったばかりに!」

「泣くなよ母ちゃん!俺は大丈夫だよ!」

すがる様に、アクスの胸元で泣いた。

あるじよ、気持ちは察するが、話をするなら一度家に戻ろう」

「……そうね!お友達も一緒みたいだし、一度家に帰りましょうか!」

涙をぬぐい、アクス達と共にあの家へと帰っていった。
























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