第5章 紅い悪魔

第31話 城へご招待

寒さがすっかりと消え、暖かくなった朝。

ベッドの上で大きく伸びをするサリアの姿があった。

カーテンを開ければ朝日が目に入り、窓の外を覗けばアクスとリーナが修行をしていた。

いつもの事だと、サリアはあまり気にしなかった。

外へ出て二人に朝の挨拶あいさつをし、家のポストをチェックした。

すると、普段は見かけない綺麗な封筒が入っていた。

手紙には太陽の形のハンコが押されており、それは城から届けられた物だという事だった。

「城から?何の用かな…」

サリアは内心緊張しながら、封筒を開けて中の手紙を読んでみた。


拝啓 アクス様御一行殿

突然のお手紙失礼します。

城にて、あなた方の活躍をお聞きしました。

ぜひともあなた方の冒険譚を、直接聞きたくなりました。

それで、あなた方を城へご招待させて頂きたいのです。

城の一流の料理人に腕をふるわせ、絶品のご料理を御馳走ごちそうさせていただくので、ぜひとも城へと来てください。

シュガン国王子 フェーバ=ザーラ=シュガンより


「……え!?えぇぇぇ!!」

手紙を見たサリアは大きく叫んだ。


朝食の際、集まったみんなにサリアは手紙の件を話した。

「へぇ!王子様から城に招待されたんですか!」

「ええ…私達全員がね」

「城に招待ってことはよ…うまいものたくさん出るのか…?」

「でしょうね。でも私は断ろうと思っているわ」

「えー!?なんでだよサリア!!」

サリアは机を強く叩いて立ち上がった。

「なんでって…王族なんて関わるのも面倒でしょ!そもそも食事のマナーも怪しいでしょアクスは!」

同じようにアクスも立ち上がる。

「うまいもん食いたいじゃねぇか!ちゃんとマナーを練習するからよ!」

「好きなもの作ってあげるから!」

「……じゃあいいや!」

そう言うと、すっぱり諦めて、食事に戻った。

「えーー!!いいんですか!?」

「サリアの飯はうまいからな」

「そうしてもらえると助かるわ」

さきほどから機嫌の悪そうなリーナが、ほっとしたかのように言葉を吐いた。

そこへ、突如とつじょ家の呼び鈴が鳴り響いた。

「私が出るわ」

サリアが玄関へと向かった。

玄関の扉を開けると、リーナの姉のイアンが居た。

「どちら様?」

「はじめまして、私の名はイアン。リーナの姉です」

「貴女がリーナのお姉さん?以前アクス達がお世話になったみたいで…どうもありがとうございました」

「いいんですよ、かわいい妹の頼みでしたので」

「あっ!よかったら中へどうぞ。お茶入れますね」

「心遣いありがとう。失礼します」

イアンを連れて戻ってきたサリアに、リーナはなんとも言えない表情で固まっていた。

「イアンさんじゃないですか!」

「やあヘルガン君。それにアクス君も元気かい?」

「気配が小さかったから誰だかわかんなかったぞ」

「ああ…気配をごまかしておかないとリーナに逃げられるかと思ってね…」

イアンがリーナに目を向けると、リーナの体はビクリと跳ねた。

「……あの……姉さんがなぜここに…?」

「うん…実は王子様から君達を城へ連れてくるよう頼まれてね」

「それなら行かないってさっき決めたぞ」

「ふふふ…珍しい人達だな。だがすまない、私も命令には逆らえないんだ」

イアンは懐に手を入れた。

それを見たアクスが身構みがまえる。

「ふふっ、これな〜んだ?」

取り出したのは熱々のシチューが入った鍋。

「ん?あれってうちのシチューじゃ…」

キッチンを見ると、先程まであったシチュー入りの鍋が失くなっていた。

「大変心苦しいことだが我慢がまんしてくれ」

「……はっ!アクスさん逃げて!」

ヘルガンがアクスに向かって叫んだ。

「熱っちぃぃぃ!!」

するとアクスが、背中を抑えながら大きく跳びはね始めた。

「え!?なになに!?」

「アクスさん!背中!」

ヘルガンの言葉通り背中には、イアンが持っていた熱々の鍋が背中に押し付けられていた。

アクスが背中から鍋を引き剥がそうとすると、鍋が消え、気づけばイアンが手に持っていた。

するとイアンは、小悪魔の様な悪い笑顔を見せた。

「さぁ!観念して城へきたまえ!!こんどはもっと強烈ないたずらをしてあげるよ!」

アクス火傷した背中に冷気を吹き当て、イアンに飛びかかろうと身を低くかがんだ。

「やろぉ!ぶっ飛ばしてやる!」

「駄目よ!!」

殴りかかろうとしたアクスをリーナが止めた。

「姉さんに傷なんて付けたら私が許さないわよ!!」

「傷付けられてるの俺の方なんだぞ!?」

二人はその場で揉め出し、そのすきにサリアがイアンに尋ねた。

「あの〜…なんでそんなに城へ連れていこうと?」

「実は王子様が君たちに直接頼みたい事があるらしいんだ」

それを聞き、アクスとリーナの喧嘩が止まった。

「王子様が?なんの用で?」

「あまり深くは知らされていないのだが…魔王軍に関わる事だと聞いたね」

「魔王軍…」

「どうだいリーナ?もしかした魔王軍に関わる情報、もしくは幹部なんかと戦えるかもしれないよ?」

「う…」

「魔王軍か…そういう事なら行こうぜ!」

「……はぁ…そう言うと思ったわよ」

「ですよね。でも魔王軍か〜…少し怖い…」

「で?お前はどうするんだリーナ」

その場のみんなの視線がリーナに集まる。

リーナは悩みに悩み、とうとう答えを出した。

「…行く…行きます…!」

「いい返事が聞けて何よりだ。それでは手紙に書いてある日程に王都から迎えが来るはずだ、それなりの格好をしておいてね」

イアンはそう言うと、指の鳴る音と共にその場から姿を消した。

「消えた…リーナのお姉さんって何者なの?」

「……城の図書館で働いている、私よりすごくて綺麗きれいな人よ」

「そうなのか?確かにお前の姉ちゃん強そうだけど、お前よりも上なのか?」

「単純なパワーじゃ勝てない。すごいのよ、姉さんは…」

疲れ切ったかのように弱ったリーナは、自分の部屋へと戻っていった。

「あいつ姉ちゃんのこと嫌いなのか?」

「いろいろあるんでしょう…あまり僕達が首を突っ込むのは避けた方がいいかと」

「そうだな。じゃあ俺も飯も食ったし修行行ってくる!」

外へ行こうとしたアクスの肩を、サリアががっしりとつかんだ。

「待ちなさいアクス、今日は一日中勉強の時間よ」

「はぁ!?なんでだ!」

「城に行くからよ!マナーもしっかりとなってないアクスが行ったら、最悪処刑されるわよ!!」

「大丈夫だ、俺毒とか効かないし心臓に穴が空いても生きてたし」

「処刑される前提なのはおかしいでしょ!!とにかく今日はマナーとかみっちり教えるから!」

嫌がるアクスを引っ張り、サリアも自分の部屋へと戻って行った。


城に招待された当日。

アクス御一行ごいっこうは、王都からの迎えの馬車へと乗って王都へと着いた。

しばらくぶりに来た王都は、以前に襲撃された際の傷はすっかり消えていた。

町には活気があり、元の賑わいを取り戻していた。

馬車は町を通り過ごし城の前で止まった。

御者ぎょしゃが馬車の扉を開けると、アクス達が大きなバックを持って降り立った。

「これが城かぁ…こんなに近くで見たのは初めてだ」

目の前に大きくそびえ立つその城は、白い石材で作られている。

真っ白な城を囲むようにある水堀みずぼりは、太陽の光に照らされ綺麗きれいな輝きを放っている。

城の白と水の青。二つが重なった事で生まれた美しい景観けいかんは、なかなか見れないものだろう。

アクス達は城の門へと繋がる橋を渡り、門の前へと立った。

すると門が開き、多くの兵士達が出迎えた。

兵士達が道を空けるように並び立ち、出来た道からイアンがやって来た。

「やあ!ちゃんと来てくれたみたいで何よりだ」

「ね…姉さん!?どうして姉さんが…」

「それが…私が案内役を任されてしまってね」

そう言ったイアンは、申し訳なさそうに顔をかいた。

「とりあえず、まずは着替えだね。服は用意したかい?」

アクス達はバックの中身を見せた。

「よし、じゃあ付いてきてくれ」

イアンに案内され、四人は更衣室へと入った。

男組と女組に分かれ、着替えを始めた。

中では城の者に手伝いをしてもらっていた。

「うえ〜…相変わらず動きずらいなぁこれ…」

白いスーツに身を包んだアクスは、文句をぶつぶつ言っていた。

「結構似合ってますよ」

「似合う似合わないの問題じゃないんだよ」

綺麗きれいなスーツに着替えた二人は部屋の外へと出た。

まだサリア達は出てきていなかった。

「サリア達はまだか?」

「そうかさないで、もうすぐ来るはずさ」

イアンにそう言われ、アクス達は更衣室の前でじっと待っていた。

すると扉が開き、リーナが先に出てきた。

なめらかな生地きじで出来た黒いドレスを着て、赤いバラの髪飾りを付けている。

水で濡れたような黒いドレスは、リーナにぴったり似合っていた。

「いいドレスじゃないか。似合っているよリーナ」

「…うん…ありがとう…」

相変わらずリーナは、イアンが近くに居る際は元気が無かった。

「よぉリーナ、よくお前の身長に合うドレスがあったな!」

「ちょっと!リーナさんに身長の話は…」

「…うん……そうね……」

普段なら殴りかかってくるであろうに、今のリーナはまるで反応しなかった。

「…駄目か…少しは元気出ると思ったんだけどな…」

「いや…アクスさんを見るあの目、帰ったら間違いなくぶっ飛ばされますよ」

すると再び更衣室の扉が開き、サリアが見違えた姿で出てきた。

「お待たせ!待った?」

中から現れたサリアの姿に、周りの人達は思わず声を出した。

白を基調としたなめらかながらふんわりと舞い上がるような作りのドレスに、胸の上に青いバラが飾られている。

シンプルなドレスがサリアの美しさを、より一層と輝かせていた。

それを見た誰しもが目を奪われ、中には拍手はくしゅする人さえ居た。

周りの態度にサリアはほおを赤らめた。

「…ちょっと恥ずかしいな…」

「恥じる事は無いさ、美しいというのは素晴らしい事だよ。君達もそう思うだろう?」

イアンはアクスとヘルガンに言葉を求めた。

「……いや…ほんとっ…きれいで…目から涙が…」

「別にいつもと変わんねぇだろ」

アクスの言葉にその場が凍った。

するとアクスの懐から勢い良くジベルが飛び出し、アクスの頭を殴った。

「このアホ!!女神様になんて事言うんですかぁ!!」

「ぎゅっ!!ぎゅ〜ぎゅっ!!」

しまいにはラックルにも責められていた。

アクスの言葉に、サリアも最初は驚いて口をポカンと開けていたが、アクスの顔をまじまじと見つめるていると笑顔になった。

「なんだそういうことね。でもアクス、さすがに言葉が足らないわよ。私だからよかったけど、素直に言わなきゃ他の女の子には伝わらないわよ」

「そうなのか…気をつける」

二人の会話に、周りの人達は意味がわからず首をかしげていた。

「…なるほどそうか、君達二人は仲が良いね」

「…なるほどね…」

イアンとリーナの二人は感づいたようだが、他の人達にはまったくわからなかった。

「じゃあ早く行こうぜ、腹減っちまったよ」

「ああわかった、ではみんな付いてきてくれ」

イアンが四人を引き連れ、食事の間へと連れて行った。

通された部屋には横に長いテーブルがあり、すでに人数分の席が用意されている。

アクス達から見える奥の方には、大きな扉がある。

するとその扉がゆっくりと開き、一人の青年が現れた。

金髪碧眼きんぱつへきがん凛々りりしい顔立ちで、さほど豪華では無いが上質なきぬの服を身にまとい、白いマントを羽織はおっている。

「どうもはじめまして。私がこの国の王子、フェーバです」

手に胸を置き、軽くお辞儀をした。

するとサリアが立ち上がり、同じ様にお辞儀をした。

「はじめまして王子様。私はサリアと申します、本日はご招待いただきまことに感謝致します」

挨拶あいさつを終えると、サリアは横目にアクス達を見て、小声で話した。

「ほら、アクス達も挨拶して」

「わかった。俺は…!」

その瞬間、失礼な挨拶をしようとしたアクスの足を、サリアが力強く踏みつけた。

「いっ!!」

「そうじゃないでしょ、俺じゃなくて私!」

「そうだった…えっと、私はアクスと申します!大変失礼しました!」

挨拶は一応出来たものの言葉や動きが雑で、サリアが鋭い目でにらんでいた。

「そんなに固くならなくてもいいよ。それと君達の事はよく知っているんだ、今更自己紹介なんてしなくても大丈夫さ」

「王子様に名を知られているなんて…光栄です」

「君たちの活躍は素晴らしい。この国だけではなく、他の国にまで伝わっているだろう」

「へへへ…僕達も有名になったものですね」

「そうだ、だからこそ君たちに頼みたい事があってね」

「頼み?」

「ああ…だが詳しい話は後にしよう、食事が来たようだ」

話している間に食事が運ばれてきた。

アクス達は話はあとにし、出された食事を食べ始めた。


食事も一段落つき、フェーバがアクスに尋ねた。

「味の方はどうだった?」

「うまか………大変美味でございました!」

「それはよかった。それでは一段落付いた事だし、話をしようか」

みなが食事の手を止め、フェーバの話に耳を向けた。

「君達を呼んだ理由、それはここから南東に位置するとりででの事だ」

とりで?」

「ショゴーとりでと言う。実はずいぶん前から魔王軍から攻撃を受けている」

「ということは…魔王軍を撃退する事が、僕達への依頼ですか?」

「その通りだ。実は少し前にとりでに援軍を送ろうしたのだが…ちょうど王都があんな事になってしまったからね…」

「あぁ、あいつか」

少し前の事、王都に現れた悪魔コバスによって王都は甚大じんだいな被害を受けていた。

その時に、アクス達も事件に関わっていたのだった。

「それによって援軍を送れなくなり、とりでは今も苦戦を強いられている。王都も回復してきたとはいえ、大軍を出すのは難しい…そこで君達に頼みたいって事さ」

「なるほど〜…その割には王子様はいいもん食ってんだな」

いきなりの失礼な発言に、サリアがアクスを叩く。

「こらっ!やめなさい!」

「ははは!なかなか痛い所を突くね…もちろん私とて食事をしているだけにはいかない、私も君達に同行しよう。それでどうかね?依頼を受けてくれるだろうか?もちろん報酬ははずむよ」

サリアはパーティーのみんなの表情をうかがい、代表として答えた。

「もちろんお受けさせていただきます」

「感謝する。それでは善は急げだ、明日にでも出よう…と、その前に、実力を見ておきたい」

「…王子様と戦うのか?」

「私ではない、イアン!」

「私でございますか?」

「ああ、君の実力はみなが知っている。アクスくんと戦ってくれないか」

「…私でよければ喜んで」

「では早速始めよう、みなの者!用意してくれ!」

フェーバの言葉で周りの兵士達が動き出した。

部屋の外へと大勢で出て行った。

「では君達も一緒にこちらへ来てくれ」

フェーバが先頭を仕切り、アクス達を別の部屋へと連れて行った。

連れてこられた部屋には、すでに兵士達によって整備がされていた。

部屋の真ん中は四つの柱で四角に囲まれており、周りには観客用の椅子いすが用意されている。

「ではアクスくんとイアンは真ん中に行ってくれ、この四つの柱の外側へと出たら負けだ」

「よっしゃ!!んじゃ行ってくる!」

「アクス」

リーナが小さく声を出した。

「ん?どした?」

「姉さんに傷を付けたら承知しないわよ」

いつになく恐ろしい形相ぎょうそうでアクスに言った。

「…わかった」

リーナの様子に驚いたのか恐怖したのか、アクスは素直すなおに聞き入れた。

「それじゃあ、準備はいいかい?」

「ああ!いつでもいいぜ!」

二人は向かい合い、初めてこぶしをまみえる事となった。














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