10、明智秀頼のバッドエンド

「それで、これから何をしますか?」

「え!?な、何をっ!?」

「何故、楓さんが驚いているんですか!?」


すっとんきょうな声になって返事をする楓さんに、ビクッと俺のチキンハートも飛び出してしまいそうになる。

彼女は「コホン」と咳払いをすると、自分のカバンからスマホを取り出す。


「今からスマホの画面をテレビに共有するから、それで映画見よ!ね?」

「おー、クリョームキャストだ。最先端取り入れてますね!」

「えへへへ。最先端女子ですからね!」


どっかの動画のサブスクサイトを開くと、ずらっと洋画とかドラマとかアニメを観れるトップ画面がテレビに表示される。

自宅で映画を観るなら真っ先に『レンタルビデオ』を思い浮かべる俺は楓さんより遅れてしまっているらしい。

前世では余裕であのかさ張るVHSを使いこなした俺は、マスターと同等レベルなんだと思う。

3倍モードで録画とか、爪を剥がして上書きを防ぐとか色々な思い出が甦る。


「何観るか決まってるんですか?」

「私も観たことないホラー映画を観ようと思って」

「へ、へぇ。ホラー映画……」


そういえば楓さんは、失恋をしたらとノアと小鳥を連れて肝試しに挑むほどのホラー好きだったな。

結果、ゲームでは第1の犠牲者として殺害されるわけだけど。

痛い目に遭っても、怖いもの好きは治ってないらしい。

「どれにしよっかなー」と口にして、ワクワクしながらホラー映画ゾーンからどれにしようか迷っている顔が目に写る。


「これとかどう?『ゾンビワールド』だって」

「B級映画オーラ満載ですね。基本的に洋画はあんまり観ないので観たことないし、面白そうなのでこれ観ましょう」

「わかった。じゃあ、映画といったらポップコーンとコーラだよね」

「間違いないですね」

「よーし、ちょっと待ってて」


彼女が気合いを入れてキッチンに行くと、電子レンジの音がする。

お菓子の袋を開けるわけではなく、電子レンジで温めて作る本格的なタイプらしい。

それから10分して、紙コップに氷とコーラが注がれたものと一緒にポップコーンも小さいお盆に乗せられてやってきた。


「私の週1の楽しみなの。さぁ、じゃあ早速観よう明智君」

「はい」

「もうちょっと近くでくっ付こう」

「は、はい……」


俺の左肩と楓さんの右肩がぶつかりながら、動画が再生される。

『Zombie World』とタイトル画面が始まり帳の降りた夜にスキンヘッドの外国人が悲鳴を上げながら『謎の存在』に襲われるという始まりであった。


「どうどう、明智君?あのスキンヘッド白人は何に襲われたのかな!?」

「ゾンビでしょ」

「もしかしたらドラゴンとかエイリアンとかサイボーグとかシャークとかストーカーかも!?」

「タイトルでネタバレしてるんすよ」

「あちゃあ、やらかしましたなぁ!」

「『ゾンビワールド』ってタイトルでドラゴン出て襲ってくる映画あったら星1でレビューしてやりますよ」


ありきたりなプロローグを終えて、ハイスクールに通っている主人公のロビン、ヒロインのジェリーが登場。

そこから先生に悪友にチンピラと洋画独特のオーバーリアクションをしながら存在感をアピールしだす。


「あ、突然知らないカップル出てきましたよ。しかも女性のシャワーシーンですね」

「明智君、真っ先に反応し過ぎ。このタイプは完全に死亡フラグだね」


ジュージューとストローでコーラを飲んでいると、ホラー映画の中でも男性の視聴率が上がるシーンに突入する。

最近はモブが死にまくる作品ですら抵抗がある俺は、言い知れぬ気持ちが込み上げてくる。

金髪美人な女性がシャワーから上がり男性とイチャイチャとベッドをしている時だ。

カップルのドアが壊され、ゾンビが摺り足で侵入してくる。

しかし、愛する者しか映さない2人の瞳はゾンビに気付かない。

そのまま男性がゾンビに捕食され、女性は悲鳴を上げる。

その悲鳴をかき消すように、またゾンビが女性を襲った。

やっぱりそうなったかの見本のような結末である。


「でも、俺はこういう最後は羨ましいですね」

「あだるてぃーなシーンだから?」

「そうじゃなくて……、彼らは幸せの絶頂で2人一緒に死ねたんです。それはとても幸せではないでしょうか。片方を残して死ぬとか、残された方を考えると……辛くなる」


あぁ、言いながら気付いた。

俺は未だに来栖さんを置いて死んだことを後悔しているんだ。

円も辛い思いをしていたらしいし、残された方の痛みは多分、胸を引き裂かれるような思いを死ぬまで引きずることになるんだ。


「だから、俺が死ぬとしたら……。みんなで一緒に死にたいですね。明日、地球に隕石が落ちてきて例外なく死亡。そんな風に俺は死にたいですね。世界にゾンビが溢れて、みんなが一緒にゾンビに噛まれて死ぬなら誰も不幸じゃないんじゃないかな」

「君は達観してるね」

「そうですかね。自分はわかりませんね……」


ヒロインが友達2人と歩いている中、友達2人がゾンビに喰い殺されて、ヒロインが必死に逃げる映像がテレビに投影される。

普通の人なら『ヒロインは助かって良かった』とか考えるのかもしれない。

でも、俺には『ヒロインもあの時死んだ方が幸せだった』のでないかと考えてしまう。

もう、2度と友達と会えないなんて、俺はそんな現実を直視したくない。


「明智君って、本当に友達や仲間が大好きなんだね」

「そうですね。みんな大好きですよ」


もし、この世界がゾンビが溢れてしまうなら、俺にとってのハッピーエンドは全員生存か、全員死亡。

1人だけ欠けたら、それはバッドエンドなのだ。


「…………」


この考え方は原作のようにエニアを討伐して終わりなんて結末を迎えても、俺は納得出来ないのかな。

鬱ゲー大好きな俺でも、本心はハッピーエンド至上主義者だから、やっぱり全員が幸せになってゲームを終わらせたいものだ。

最終的には登場人物のほとんどが死亡し、ロビンとジェリーがゾンビを滅ぼし、2人で生存した。

エンディングは当然、希望を見せる明るい曲調でハッピーエンドらしい。

解釈の違いか、自分にとってはバッドエンドのお見本みたいな終わり方であった。


「明智君の視点は面白いね。1人欠けたらバッドエンドなんて考えたこともなかったよ」

「そうかな?俺だけなのかな?こういう考え方?」


どうにかして楓さんを納得させたい衝動に刈られていた。


「俺と楓さんが初対面だった鬼鴉毒虚死無卍亡村おにがらすどくきょしむまんじなきむらのバトルホテルがあったじゃないですか」

「うん。あったあった」

「もし、そこで俺や悠久と合流しなかった出来事と想定して。楓さん、ノアさん、小鳥さんの3人でホテルに行って楓さんだけ殺害されてしまい、2人だけ生存してバトルホテルを脱出したらどうですか?」

「うーん……。道連れってわけじゃないけど2人にも死んで欲しいかも。純粋に寂しい」

「そういうこと!その楓さんの心境が俺にとってのバッドエンドなのよ!俺も楓さんが居ない世界は寂しいですよ」


原作通りに進んでいれば楓さんの死亡は確定していたので、間に合って良かったとたまに振り返ってしまうのであった。


「私も明智君が居ない世界は寂しい!」

「うわっ!?楓さん!?」


ぎゅうううう、と力強いハグが俺の身体に駆け巡った。

彼女の肌のぬくもりと、シャツ越しに感じる体温がより抱き着かれているのを意識させる。


「あ、明智君……」

「か、楓さん……」


お互いに映画にあてられたのか、いつもより積極的なスキンシップが繰り広げられていた。

ずっと至近距離で彼女と見つめあっていた。


「…………明智君、し……」

「し?」

「……しよ……」


恥じらっている彼女が、俺に何を言いたいのかが伝わってきてしまう。

うわぁ、良いのか!?

俺、楓さんとして良いのか!?

赤くて緊張している楓さんの手に、俺の手を重ねる。


「明智君……」

「…………」

「私と……、しよっ……」


たどたどしい楓さんの誘いが口から発せられそうになった時だ。


──ピンポーン!

そんなインターホンが部屋中に鳴り響く。


『さっきのライン見た楓?来たよー』

『楓ちゃん、遊ぼ!』


小鳥さんとノアさんが玄関から彼女を呼ぶ声がする。


「…………小鳥ったら」

「…………あはは」


2人の声に驚きながらお互い離れてしまった。

楓さんの温もりは、今は幻。

どんどんと彼女が触っていた感触が消失していく。

彼女は「はぁ……」とため息を吐くと、渋々の態度で立ち上がる。

「出まーす!」と楓さんは少し怒りながら玄関まで歩いていった。


「…………」


た、助かったのか。

惜しいことをしたのか。

安心と後悔がダブルパンチで襲いかかってきた。


「千夏とゆり子を呼んだんだけど、バイトと占いで無理らしくて結局ノアしか捕まらなかった。鍋しよっ!」

「鍋の具材買い込んできたよ楓ちゃん!」

「本当にあんたらは空気読めっての」

「あ、明智君……」

「お久し振りです……」


小鳥さんとノアさんがこちらが恐縮するほどに頭を下げて謝ってきた。

特にノアさんなんか、『今から帰ります!』と言い出すほどにテンパってしまっていた。


「本当にごめんね明智君……。私たちの奢り鍋だけでも食べて是非ノロケてもらえれば」

「後半が目的じゃないっすか!」

「なんだ、彼氏来てるから無理矢理千夏連れて来れば良かったなー。ずっと楓の彼氏見たいって言ってたし」

「小鳥は本当に反省してるの!?」


こうして、ドキドキのやっちゃう誘いが放たれるわけもなく、女の子3人に囲まれながら寄せ鍋をご馳走になった。

当然ながら1番年下の俺が3人のオモチャになったのは言うまでもない。

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