9、一ノ瀬楓の説教
「最近、明智君が全然私に会ってくれない」
「楓さん……。ごめんなさい……」
「うぅ……。平日も会えないし、週末も予定がブッキング……。寂しいよぉ、寂しいよぉ……。嫌われたんじゃないかって……。心配で……」
「俺も楓さんに会えなくて寂しかったですよ」
「明智くぅぅぅぅん!」
「今日はやけに可愛いですね楓さん」
地域貢献活動(笑)を終えて、保育園から家に帰り着替えてからは黒髪美人である楓さんと駅前で合流する。
出会った当初は髪も短めだったのだが、最近は『明智君の好みって髪長い子でしょ』と彼女たちの髪型から勝手に判断されて髪を伸ばしていき、セミロングまで伸ばしたのである。
そして、さばさばしているところがある楓さんは、今日は久し振りに会えたからかやけに甘えん坊であり、美しいより可愛いが勝る。
「お姉さんはね、明智君と付き合って気付いたの」
「何がですか?」
「私、性欲強いみたいなの」
「…………」
…………?
ん?
一瞬パニックを起こし、頭が真っ白になった。
ただ、なんか通行人が白い目を向けてきたような視線で見られ平常心を取り戻す。
とりあえず当たって砕けろの精神で思い付いたままの言葉を発する。
「それは……、俺と同じですね」
「明智君!そう、お姉さんと明智君は同じなの!」
「はい。楓さんと俺は同じ気持ちなんですね!」
タケルから、俺の彼女たちが居ない間とかにたまにこそっと言われるのだ。
『お前、あんなに女の子いて性欲沸かないの?』と。
普段から性欲なんか滾らせているんだよ!
いつもぶっ壊れそうな理性と格闘を広げているのである。
「ねぇ、ママ!あの2人何やってんの?」
近くの通行人の女の子が明らかに俺と楓さんを指しているのに気付く。
誤魔化すように振り向き愛想笑いを女の子に向けた。
「おい、サルみたいにさかってんじゃねぇよ。小学生かよ、おめぇ。ウキャキャキャキャ」
「!?」
ゴミを見るような目を向けてわざとらしく嘲笑う女の子を見て色んな意味でドキッとした。
楓さんも聞こえていたらしく、頬が夕日のように徐々に広がるように赤く染まっていく。
「こらっ、ユカ!どっからそんな言葉覚えてくるのっ!」
「だってママもこないだ部下の人にそう言ってたじゃん!」
「おほほ……、ごめんなさいね!」
お母さんが恐縮とばかりにペコペコ頭を下げながら子供の手を引いて逃げていった。
あの親子は、なんかたまに街中で目撃している気がする。
完全に俺のことは忘れているみたいであるが。
「で、電車乗ろっ!」
「そ、そうですね!」
女の子の一言が原因で、通行人からニヤニヤされてバカップル認識されはじめているのに気付いた楓さんは俺の手を取って走り出した。
そのまま駅内に入り、2人で電車に揺られはじめた。
週末の電車内は賑わっており、座る椅子も確保出来ないまま立ちながら手を繋いでいた。
お互い言葉は発することもせず、ただただ手を握りあって電車の隅に居続けた。
15分も揺られていると、楓さんがちょいちょいと小さく握った手を動かすのでそのまま電車内を飛び出した。
「今からどこか行くんですか?」
住宅街が多い土地で降りたことのない駅だ。
あまり娯楽とかとは無縁そうな場所であるが、どうして彼女はここで電車を降りたのか検討も付かなかった。
「うん。実はここから5分歩くと私が住んでるアパートあるから」
「へぇ、アパートですか!忘れ物でもしちゃいましたか?」
「いや、明智君を招待するの」
「なるほど!」
そっか。
明智君を楓さんの住んでいるアパートに招待するのか。
「…………え?」
がっちりと手を握りながら拘束されている俺の足は楓さんの進行方向と同じ方向を進まざるを得なかった。
(おいおいおい、これお持ち帰りってやつじゃないか?)
中の人がすかさず脳内でこそこそと耳打ちをしてくる(実際に耳打ちをしているわけではない)。
別に大声で発言しようが、彼の発言は絶対に楓さんには聞こえないわけだが。
お持ち帰りって……。
楓さん、別にケーキもハンバーグも何も持ってないし。
何言ってんだこいつ。
楓さんが今手にしているのは、黒くて小さい鞄と俺の手だけであり…………。
お持ち帰りされとる!?
てっきりデートなんて言うからスタヴァでコーヒーとか、映画とかカラオケみたいなコースだと思っていた俺は心臓がバクバクである。
何されるの!?
俺、何されるの!?
春の太陽がジリジリと地面を照らす。
おい、太陽さんよ。
じろじろ見て温度上げるだけじゃなくて俺を助けてくれよ……。
叶わぬ願いが届かないまま、1つのアパートが視界に現れた。
中々、新しそうなアパートだなぁなんて考えていると、楓さんの足のスピードが緩く落ちていく。
「ここの1階なんだ。105の部屋が私の部屋なんだ」
角部屋に到着すると、カードキーと指紋認証を読み込ませるとガチャと鍵が開く音がする。
「うわっ、すごっ……」
「築3年の新しいアパートなんだから。治安も良いし、駅近いし、住みやすくて地味に名所なんだから。このアパート、家賃も相場より安いし」
「へぇ」
俺の住む地域は虐待が平気で行われていたし、なんなら明智秀頼が治安を悪くしている元凶だったし住みにくい場所なのは言うまでもない。
「1人暮らしですか?」
「そ。大学生活を機に実家から出てきたの」
「そうだったんですね。楓さんの実家はどちらですか?」
「田舎も田舎。トーホク」
「へぇ。意外っすね」
「平気で熊に威嚇する猟銃の音がする場所なんだから。あとは自衛隊がよく近所を走ってる」
「かっけぇ」
今日の理沙の読み聞かせのせいで、熊と言われると千姫のデフォルメされたくまさんの可愛らしいビジュアルしか思い浮かばなくなってしまった。
アヤ氏が練ったシナリオは確かに考えさせられたが、どう考えても園児に理解できるモノではなかった。
ところどころ桜祭のような悪意まみれのシナリオに思えてしまったのは俺だけだったのだろうか。
「そういえば明智君は、将来自衛隊とか似合いそうね」
「あっ、ダメっすね。俺、そんなに強くないんすよ。会社員をするなら会社のお偉いさんにお茶汲みをするのがメインの仕事で働きたいですね」
「何それ?窓際族?」
「そうそう」
「いや、スペックの無駄遣いでしょ」
「褒めすぎですよ」
「え?私褒めたの?」
無自覚に褒めたことに気付かないらしい。
基本的に無人島でしか役に立つスキルがない俺に、働くスキルは皆無なのである。
「さ、入って入って」
楓さんが俺を玄関に招き入れてくる。
俺を家に入れると真っ先に鍵を閉め、鼻息を歌いながらチェーンロックまで施した。
普段から防犯対策をしっかりしていて素晴らしい心掛けである。
…………俺を逃がさないためではないことを祈る。
「じゃあ、着いて来て」と促されて彼女の後ろを歩く。
よくよく考えれば、楓さんも桜祭の被害者だし普通の生活を送れてる幸せな彼女が見られれば俺も幸せな気持ちになれるってもんだ。
広めの部屋に通されると、四角いテーブルが1つにテレビ、ベッド、パソコンなど思ったよりシンプルな部屋であった。
「あはは……。あんまり女の子って感じの部屋じゃなくて引いちゃったかな……?」
「いえ、そんなことありませんよ。キレイに整理整頓されていて俺は好きですよ」
カーテン付近を振り向くと、生活感丸出しに服やタオル、ピンクのパンツ、ヒラヒラしたブラが干されてある。
「うわっ!?ちょ、ちょっと待って!玄関の方向いていて!」
「ご、ごめんなさい!」
「片付けるの忘れてたぁ……」
楓さんには情けない咲夜みたいなことを言いながらシャアと、押し入れを開ける音がする。
変な気分になりながら黒い玄関のドアをひたすらに注視しまくっていた。
整理整頓された部屋よりも、楓さんが干していたパンツとブラの方が大好きなのは言うまでもない。
「お待たせ、明智君」
「は、はい」
「じゃあ、早速……ヤル?」
「やめてください……」
「からかうとすぐテレるの可愛いよね。そんな槍朕って顔してウブなのはギャップ萌えでも狙ってるの?えー?」
「や、やふぇてくだしゃい……」
「クスクス」
両手で俺の口元の頬を両側から弱く引っ張られてまともな発音が出来なかった。
「君はみんなが大好きで手を出さないのはわかってるよ」
「ぅぅ……、ごめんなさい……」
1人としか付き合ってなかったら余裕で童貞卒業最短ルートを突っ切っていたと思います。
たくさんの子と付き合っている結果、何故か童貞卒業から遠ざかってしまっています……。
「でも、みんなは手を出して欲しいって思ってると思うよ。現に私はそうだし」
「そ、そうなんだ」
「だからというわけじゃないけど……、たまには激しいスキンシップとかも君から誘ってあげないと」
「口付けもダメ、一線越えるのもダメ。みんな君に好きって気持ちは溢れているのに、その好きの気持ちの発散する方法がないとみんな1人で慰めるしかないんだよ?」
「な、慰めるんですか……。俺と同じですね」
「逆にみんな不幸じゃない?」
「うわぁぁぁぁ……。俺はみんなを不幸にしていたのか!」
「もうちょっとで私たちも1年経つんだしさ。ステップアップしたいじゃん」
「めっちゃしたいです……」
流石年上の楓さんだ。
絵美や円が言いにくいような説教もズバッと言ってくれた。
あの初対面時に嫌われていたことなんか遠い昔である。
「みんなを大事にしたいなら、全員を不幸にするんじゃなくて、全員を幸せにしたいじゃん!ね?」
「…………はい」
付き合い方をもう少し変えるべきかもしれない。
現状維持はもう持たないところまで来ているようだ。
島咲碧とミドリと付き合った話もまだ出来ず仕舞い。
アリアとアイリともなんか変な関係を持ったし、俺は一体どこに向かっているのだろうか。
◆
絵美ちゃんや美鈴ちゃん。
みんなにお願いされた『もっと明智秀頼とイチャイチャしたいから私からも何か強く虐めて!』という依頼をこなしていた。
案外彼はその気になったようで深く思考している。
そんな明智君の顔は、津軽さんが最近買ったらしいカピ秀君のぬいぐるみのように弱々しい目になっている。
ギャップ萌えをくすぐることに関しては、本当に無自覚なのだろう。
サディストの顔して、滅茶苦茶マゾな彼は本当にドストライクであった。
「…………」
それはいいとして……。
明智君を誘ってしたい気持ちと、明智君から誘われてしたい気持ちの葛藤が同時にやってくる。
明智君を誘いたいなら今すぐにするべきだし、明智君から誘われたいならもっと時間はかかるだろう。
求めるのと求められる方。
はじめての1回目はどちらかの一方しか叶えられないのが憎い。
こんな胸が引き裂かれそうになる二者択一なんて選べるわけないでしょ!
私も私で頭を悩ませていた……。
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