7、近城絵鈴

「あら、悠久。本当にこっちに来たので。へぇー……、よく妹の職場に来れるわねあんた」

「可愛くない妹が『どうしても来て欲しい』って頼んだのよね」

「それ私じゃない。私可愛いから」

「自覚ないって怖いわぁ。鏡を知らないのかしら?」

「…………」


うわぁ……。

バチバチでマウントの取り合いをやりあっているのを俺は黙って眺めていた。

文芸部の顧問教師として近城悠久が、文芸部代表として悠久の独断で保育園の園長室に挨拶しに向かうと、いつかに達裄さんの自宅で居候をしていた近城絵鈴さんが不機嫌そうに待ち構えていた。

悠久と絵鈴さんは顔を合わせるなり、姉妹で口喧嘩が始まってしまった。

『女の喧嘩に巻き込まれるとロクなことがない』と前世で俺に口酸っぱく言っていた父親の教えを守るために俺はただ、悠久の側に立って事の成り行きに任せた。


「大体、あんた!達裄さんの家に住んでるのが羨ましいのよ!なんなのよ、あんた!?」

「スノーは姉のあんたと違って、住みかを用意してくれたんだのも」


姉妹喧嘩に興味が無さすぎて、スマホを弄ることにした。

鹿野のツイッターアカウントで『今から登山しまーす!』とツイートしている。

地域貢献(笑)よりずっとずっと楽しそうで羨ましかった。

『お土産よろ(*^^*)』と返信すると、『キノコな!』と下ネタなのか、ガチなのか反応に困る呟きが秒で来た。


「よくあんた、この状況でスマホ使えるわね」

「あ、終わりましたか。夫婦喧嘩は犬も喰わないとは言いますが、姉妹喧嘩は棒に当たるのでしょうか?」

「なるほど。悠久をパイプで奇襲しろ、と」

「いや、壮大なわたくし死んじゃうからぁ!」


しかし、残念ながら俺にとっても悠久は敵なので、絵鈴さんの味方である。


「茶番はここまでにして。ウチの園児は中々手強いわよ。特に秀頼たちには問題児ばかりが集まる覇王組の相手をしてもらうわ」

「覇王組って……」

「年長のクラス。来年から小学生になる子たちね」


覇王組、聖天使組、村人組と独特なクラスの名前が付けられた保育園である。

普通はブドウとかリンゴとか可愛らしい名前なんじゃないだろうか……。


「中にはギフトを使うヤバいキッズもいるからただの保育園児と舐めてかかると痛い目を見るわ。実際、去年にこの地域貢献を任されたサバイバル部は2人怪我、1人病院送りの大惨事になっているわ。園児も1人、刑務所に入れられたわ……」

「怖すぎるでしょ」


そういえば、少年法が適用されなくて三島遥香は原作で牢屋行きされたんだったな。

ギフト所持者は問答無用で犯罪をしたら刑務所行きはこの世界でのルールなのである。


「一応、ギフトに対してはギフトで穏便に鎮圧させるなら許可されてる。あくまで穏便ね!怪我させたら親御さん怖いんだから!」

「だからこういう活動はギフトアカデミーしかさせられないのよね」

「近年、保育園の先生も危険な職扱いされて年々人手不足なのが辛いところよね。保育園や幼稚園に通わないという選択肢も多いからね」


現に絵美も俺も保育園や幼稚園には通っていない組である。

小学校にあがるまでは2人でほぼ毎日遊んでいたが、友達と呼べるのも絵美しかいなかったものだ。

絵鈴さんから簡単な説明を受けて、園長室を出る。

その出口に概念さんや文芸部のみんなが立っていた。

そこへ引率する松本先生が立っていた。

既に園長から説明された保育園のルールはこの先生から説明を受けているとのこと。


「私の受け持つ覇王組は本当に乱暴な子が多くて大変ですから……。どうか怪我もせず、怪我もさせず仲良くしてあげてください」

「難易度高くないですかね……」


悠久よりも年上の人の良さそうな糸目で薄幸そうな黒髪女性が頭を下げた。

その口ぶりから普段から苦労していそうなのはありありと伝わる。

絵美、咲夜、永遠ちゃん辺りが緊張で顔が強ばっているがお構い無しに物事は進み、松本先生が覇王組の教室に入っていく。


「みんな静かにーっ!今日は1日、高校生のお兄さんとお姉さんが来てくれましたよーっ!」


笑顔の松本先生がそう言って教室に入っていくと、こちらに振り返り『どうぞ』と伝えてくる。

先頭を概念さん、アンカーを俺にしてぞろぞろ入っていく。


「可愛いお姉さんばかりだぞ!」

「それっ!ギフト『風』!」

「わぁ!人いっぱい!」


は?

子供たちの群れの中からギフトという単語が聞こえた気がする。

しかし、時すでに遅し。

教室の床から、強風が舞い上がる。


「きゃっ!?」


島咲さんの悲鳴から、星子の悲鳴が続く。

焦りながら彼女らに振り返った時だった。


「…………」


ギフトアカデミーのブレザーのスカートが舞ってパンツが露出していた。

絵美がピンクのレース、理沙が金茶色の無地、円と咲夜と乙葉が白の無地、永遠ちゃんと美月と美鈴が黒くてやたらデザインが凝っているやつ、星子が青色の紐パン、和が紺色のスパッツ、ゆりかが黒のリボンの付いたやつ、三島がオレンジと黄色の島模様入り、島咲さんが水色のレース、アヤ氏が黒のスパッツ、千姫が肌色のフリフリ、概念さんはノーパンが目に焼き付く。

な、なんて恐ろしいギフトだ。

『命令支配』なんかより、よっぽど羨ましいギフトだ。


「明智、見るなっ!!」

「秀頼、引き返すぞっ!」


『アンチギフト』組はピンピンしながら俺の後ろにある教室の出口に引き返そうと走ってくる。

くっ……、みんなの下着を公然の前に曝しやがって……。

みんなのパンツをくっきりと思いだしながら、怒りが沸いてくる。

相手は保育園児、イライラしていてはいけないと自分で自分を宥めながら冷静になる。


(怒れ……。怒れ……。その怒りは楽園の味ぞ)


こらこら、煽るな煽るな。

中の人が怒りを煽るような言葉を投げかけてくる。

彼女らのパンツを思いだしながら、中の人にイメージを移す。


(む?和め、頼んだらやらせてくれそうなランキング1位などと煽る癖に、こいつスパッツだ)


俺とまったく同じところに引っ掛かったようだ。

とりあえず怒りより疑問が勝ったようで心は落ち着いた。


「スカートなんか履いたら危険ですよ」

「そんなの聞いてない……」

「ブレザーって悠久先生が言うから……」


ジーンズを履いた松本先生の安全圏からのアドバイスに絵美と永遠ちゃんが泣き言を口にしている。

ヨルから「入れ」と指示され、タケルと一緒に再び教室に戻る。


「パンツ!パンツ!パンツ!」

「ちょっとー、男子ぃー。エロすぎぃぃ」

「なんかパンツ履いてない姉ちゃん居たー」


流石、ギャルゲーの世界だ。

保育園児でも頭ピンク男子ばかりの変態クラスである。

多分あいつ、スカート捲りたくて風のギフト覚醒させたな。

すぐそこにギフト渡す元凶が立っているのだが……。


「はいはい。ダメですよ、毒島君。ギフト使っちゃダメって毎日言ってるでしょ」

「へっ。僕が自分の力使おうが勝手でしょ。先生のはギフト持ってない僻みじゃん」


松本先生に叱られている園児の傲慢過ぎる性格と生意気が合わさり、将来的に明智秀頼2号になるのがわかってしまった……。


「あのガキ、バカ兄貴みたいで嫌いだわぁ」

「まあまあ、ヨル先輩。子供が吠えてるだけですよ。ああいう全部わかった気になっている人ってたくさんいるんですから」


不満タラタラなヨルと、ストッパーになっている星子の声がする。

絵鈴さんの問題児扱いも致し方なしである。


「なんだったらまたギフトでパンツ捲ってやる!ギフト『風』!ほぅら、いけぇ!」


パンツに執着心のある変態ガキ大将の毒島君がギフトを放ち、微風が床から吹き抜ける。

5秒後にはまた全員の下着が拝めると構えた時だ。


「『可愛くなっちゃえ』!」

「ぐぎゃっ!?」


風がパタリと止んだ。

そして、毒島君が立っていた位置にはカメのぬいぐるみがコロコロと転がっていた。


「あ、あれ!?ぶすじま君が消えたー!?」

「ぬいぐるみになったの!?」

「いやぁぁぁぁ!?」

「いつもの、毒島君のイタズラだよね?」

「このカメ、ミドリガメだ!」

「よっしゃぁぁぁ!毒島消えたぁぁぁぁ!」


園児たちは唐突に消えた毒島君事件に騒ぎだす。


「弱い癖にイキりやがって。可愛くない子供だ」

「何やってんですか千姫!?」

「ギフトに対しギフトで返り討ちにしました。松本先生、可愛くセーフだよね!?」

「残酷だけどセーフです。……戻せますよね?」

「『可愛くなくなっちゃえ』!」


千姫が再びギフトを使うと、カメのぬいぐるみがぼわっと人間の形に戻る。

「はぁはぁはぁ……」と5歳くらいの子供は汗まみれになりながら、膝が床に付いていた。

教室を出入口から覗く悠久は『うわぁ……』って顔で引いていた。

園児たちには恐れられ、みんな震えていた。

イキっていた毒島君も小さくなり、「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼していた。

一瞬だったとはいえ、かなりの恐怖体験をしたのは想像に難しくない。

この空気にヤバいと思ったのか、この中で1番背の低い赤坂乙葉が子供たちに媚びるように優しい声を出す。


「じゃあ、今から紙芝居の時間だよ!さぁさぁ、みんな集まってー!」

「そうですよー、集まってくださーい」

「楽しい楽しい読み聞かせはじめまーす」

「前に来ると特等席だ!あー、我も前で見たいなぁ!」


固い笑顔のままだったが絵美がフォローを入れる。

それに釣られ、三島とゆりかも子供たちに角を立てないで紙芝居の読み聞かせを勧める。


「『くまさんのおんじん』だよ。ほら、このクマさん可愛いね!」


読み聞かせをする理沙が紙芝居の表紙を見せる。

そこにはデフォルメされたテディベアのような親しみやすそうなクマさんのイラストが描かれている。

因みに理沙を推薦したのは俺、円、アヤ氏の前世持ち3人である。

理由は、理沙の中の人は滑舌が良く、色々な声を出す売れっ子のベテラン声優が演じていたので、間違いないと太鼓判を押したからである。


「可愛いあたしが可愛いイラスト描いたんだから可愛くて当然」

「千姫、お前は引っ込んでろ」

「そんなぁぁぁぁ!?」


ヨルに背中から持っていかれた千姫は廊下にポイっと捨てられた。

悠久が「あらあら」と彼女に哀れんでいた。

千姫が消えた途端に、警戒心が和らいだのか毒島君を先頭に全員が理沙の前に集まった。


「じゃあ、これから理沙お姉さんが読みますよー」

「り、理沙お姉さんです」


永遠ちゃんが優しい声で振ると、緊張しながらも理沙が乗る。

すると何人かの子供たちが騒ぎだす。


「リサだってー!ぐ●んげ歌ってー」

「炎だよ!ほむらぁ!」

「●ath sign」

「あの……、そのリサじゃないんですよ……」


理沙が困りながらも「『くまさんのおんじん』はじまりはじまり」と、理沙が心を落ち着かせる聖母のような声で物語が始まるのであった。










前回、絵鈴が初登場したのはこちら。

第16章 セカンドプロローグ

15、五月雨茜





Q.千姫のギフトで人がぬいぐるみになってしまった時、腕が千切れたらどうなるの?

A.秀頼が頼子になったとして、腕が千切れたら元の秀頼の腕も千切れます。

同じ原理でぬいぐるみの腕が千切れたら、リアル肉体にも反映します。

ただ、ぬいぐるみを縫えば元の身体にも縫った腕が身体にくっついています。

あと、ぬいぐるみになった人物は無の闇の空虚な時間を延々と漂うことになります。

1ヶ月間もぬいぐるみになっていれば確実に廃人になる可愛いギフトです。

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