25、ミドリは呼び止める

まぁ、そこそこ良い奴そうな鹿野であれば島咲碧を酷い目に合わせはしないだろう。

なんなら2人がくっつけばタケルが島咲碧の『本物の色』ルートが崩れるわけで、明智秀頼の死亡展開も回避出来る。


俺にとってメリットしかないので、是非とも後日も鹿野の背中を押し続けるのが打てる最善の手かもしれない。


そんな風に頭で島咲碧ルートを思い描いていた時であった。







『兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!』


元気な女の子の声が廊下に響く。

小学5年の区域に1、2年生くらいの小さいキッズが迷い込んだようだ。


…………キッズなんて言葉遣いをナチュラルにしてしまっている辺り、マスターの娘さんである咲夜の影響が出てしまったようだ。

あんな不思議ちゃんにいつの間にか毒されているらしい。


しかし、兄ちゃんか……。


豊臣光秀も、明智秀頼も1人っ子。

そんな兄弟、姉妹のいる人生も憧れる……。


めっちゃ可愛い妹がいる人生なら、甘えてしまう自信しかない。

まぁ、無いものねだりである。


叔父さんとおばさんの夫婦生活を見ても、もはや婚姻届を出しただけの男女2人としか言い表せないくらいに枯れた生活をしている。

弟と妹が出来ることは無さそうである。



『兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん』



幼い女の子の声がまた廊下に響く。

その甘えたような声は、兄貴に懐いているのかもと思わされる。

理沙ともまた違う、兄に対する愛情表現の違いを比べながら、次の授業の理科について考えていた。


天気がどうたらこうたらとかみたいな授業つまんないだよなー……。

理科だったら実験させろってんだよ。

天気の授業よりも、テレビで解決する前世の平成ゆとり世代のことを考えていた時だ。


『もう!止まってよ、兄ちゃん!』

「ん?」


何回か叫んでいたと思われる小さいキッズが、俺の胴体をぎゅっと捕まえる。

「お、俺に用事があったの……?」と、あまりにも予想が出来なかった来客に足を止めざるを得なかった。


エメラルドグリーンの目立つ髪色の女の子が、息切れをしながらも俺を離そうとしない。

円よりも、鮮やかで目立つ緑髪を比べていると、それが原作のキャラクター……、しかもヒロインであるのに気付いてしまった。




し、島咲碧の妹のミドリ!?




突然現れた彼女の存在に、さっきまで考えていた理科の天気の授業に関する愚痴はブラックホールにまで飛んで消えて、星になった……。




「え、えっと……み、……君は?」


初対面なのに名前を知っているのも変なので、ぐっと『ミドリ』と呼びそうになるのを堪える。


「ミドリはミドリだよぉ!兄ちゃんは!?」

「ひ、秀頼は秀頼だよぉ」

「そっか!ありがとう!秀頼兄ちゃん!」

「っ!?ちょ、ちょっとこっち来て!」

「???」


血の繋がりが一切ないミドリに兄ちゃん呼ばわりされて、辺りに変なこそこそをしている子が居ないか辺りを見渡す。

絵美やタケルたちに見られたら恥ずかしいを通り越して死ねるレベルなので、彼女の手を取り人気のない端へ移動させた。


「ふぅ…………」

「秀頼兄ちゃん大丈夫?」

「あぁ、多分大丈夫……」


3年生エリアの端まで来たら知り合いには会わないだろう。

後輩に知り合いも居ないしね。


「君、島咲碧さんの妹さんだよね?」

「わっ!凄い!クラス違うのに当たった!」

「あ、いや…………、ゆ、有名だから」

「えへへー。ミドリは有名でーす」


呑気ながらも、可愛らしい笑顔を浮かべてはにかんだ。

今の今まで島咲碧の存在に気付いてすらいないのに、有名だからとごり押してしまい、良心の呵責がズキズキと痛む……。

それに疑っていないミドリちゃんの笑顔が尚更痛みを倍増させる。


「実はミドリとお姉ちゃんはこれから転校するんです」

「…………え?転校すんの?」

「はい!色々な都合が重なり、お姉ちゃんもミドリのせいで虐められたりしていて学校がつまんないところだと思ってたんだけど……。秀頼兄ちゃんに助けられて嬉しかったってお姉ちゃんが言ってたよ!」

「そっか……」


転校する……、のか?

だから、主人公のタケルとは小学校が一緒でも知り合いじゃなく……。

ギフトアカデミーで出会うということなのだろう。


それだったらこの虐めを見捨てて、ギフトアカデミーで初対面を目指した方が良かったのか……?

いや、虐めなんか見捨てる人間にはなりたくない。

これで良かったじゃないか。


「…………」


さて、それはそれとしてギフトを発動しているミドリちゃんを見て、間に合わなかったのを痛感する。

本当なら、この悲劇は起こしたくなかった……。


「『秀頼兄ちゃんに助けられて嬉しかったってお姉ちゃんが言ってたよ!』ってあり得ないよね?あの時、教室には居なかったし、今俺が君のお姉さんを助けてそんなに時間が経っていない。もしかしてこれが島咲碧さんのギフトかな?」

「うわっ!凄いね秀頼兄ちゃん!うん!ミドリはミドリであってお姉ちゃんでもあるの」


これが、島咲碧のギフト。


「ミドリは死んじゃったからね……。お姉ちゃんの身体じゃないと生きられないの……」


碧はミドリに、ミドリは碧に移り変わる。

セカンドシーズン『本物の色』編の主題になるギフトだ。


「転校する前に、お姉ちゃんを、ミドリを助けてくれてありがとう!一生、……一生この恩は2人共忘れません」

「うん。…………そっか」







それから数日後、彼女は転校していった。







俺に残ったのは、島咲碧の件で知り合った鹿野という人間の縁だけであった。

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